第二三話 第六十五旅団苦戦す

 十二日、旅団はマバタンの敵主陣地に攻撃を仕掛けたが、陣地は堅固で掩護の火網陣地が巧妙に造成されており、攻撃続行は難しい状況であった。

 奈良旅団長は砲兵隊に対し、その全力をもって陣地を変換して観測所を設置し第一線部隊を援護するよう命じた。

 奈良中将は前線の指揮官を司令部に集めて、前線部隊の状況を把握した。この報告は司令部の情報を一新したとともに、前線各部隊間の認識も深める要因となった。

 第十四軍司令部も旅団司令部も未だ米比軍の戦力防備については過小評価をしていた。マニラ陥落が予想以上に早かったことも起因する。米軍恐るに足らずである。


 十二日の各前線部隊の状況は次のようであった。


1、歩兵第九連隊第二大隊を基幹とする部隊は険難なる地形を克服しつつ逐次抵

 抗する敵を撃破して南進中にして同連隊主力は昨十一日の位置に在りて爾後の

 行動を準備せり

2、右翼隊(歩兵第百四十一連隊)は敵陣地の左側背を求めて西方に移動せるも

 地形の険難と敵の妨害とに依り攻撃意の如くならざりしが十二日一部を以てX

 八二〇・三ーY七九・二付近「ラバンガン」川北側台上の一角を夜襲を以て奪

 取せり

3、新に左翼隊として戦闘加入を命ぜられたる歩兵第百四十二連隊は十一日午後

 夏作命甲第四九号を受領するや折柄海岸道橋梁補修の任を解かれ来着せるニケ

 中隊を併せ指揮し直に前進を開始しい十二日早朝「カビアワン」川北部支流北

 側地区に達し一〇〇〇前記水流南岸に達せるも未だ左翼隊として全力を展開し

 攻撃を開始するに至らざりしが攻撃命令により直に攻撃準備に着手せり

4、砲兵隊は依然「ヘルモーサ」南方「オラニ」西方地区に存りて未だ全力展開

 を実施するに至らざりしが攻撃命令を受領するに及び両翼隊に電話網を推進し

 大隊長をして之と協定せしむる等諸準備に着手せり

5、戦車隊も亦「サマル」及其の北方地区に位置し敵情特に戦車通過の目的を以

 て地形の偵察に着手せり


 奈良旅団長はこの認識をもとに十二日夕刻新しい命令(夏作命甲第五十三号)を下達した。


 夏作命甲第五三号 

   第六十五旅団命令  一月十二日十六時

              「デナルピアン」

一、米軍を主体とする約一師団の敵は「カラギナン」川ー「サリアン」川間の地

 区に縦深に陣地を占領し其の左翼方面にありては巧みに「ジャングル」を利用

 して歩々の抵抗を行い右翼方面にありては準備せる砲火により極力我が前進を

 阻止せんと企図しあるものの如く其の判明せる砲兵陣地は「マバタン」西方同

 地西南方「アブカイ」西方各約四粁付近にありて兵力各々一中隊を下らず

 更に後方「バランガ」平地にも重砲を配列し主として本道方面よりする我が前

 進を阻止せんとしつつあり

二、旅団は更に攻撃準備を周到にして明十三日夕より攻撃を最興し一挙敵陣地を

 突破し之を戦場付近に捕捉殲滅せんとす

三、歩兵第九連隊は部下連隊(第三大隊欠)を以て迂回隊となり遅くも明十三日

 十二時迄に現在地出発「アルブム」「ナグピラピル」付近を経て「サリアン」

 川河谷を「アブガイ」付近に向い前進し敵の退路を遮断すべし

 同隊第二大隊は速に之を掌握し爾後成るべく「バランガ」方向に進出し敵退路

 を遮断せしむべし

 諸隊は山地進出に適する如く軽装を行わしめ携行し得ざる人馬物件は予備隊長

 の指揮に入らしむべし

 山砲隊第四十八連隊第二大隊、旅団無線一分隊を属す

四、歩兵第百四十一連隊(配属部隊如故)は更に攻撃準備を周到にし明十三日薄

 暮を利用し当面の敵陣地を奪取し爾後引続き所在の敵陣地を攻略して先づ「サ

 リアン」川の線に進出すべし

五、歩兵第百四十二連隊[独立速射砲第九中隊。野砲兵第二十二連隊第二大隊

 (第四中隊欠)旅団工兵一小隊属]は更に周密に準備を整えたる後主力砲兵協

 力の下に明十三日夕攻撃を再興して当面の敵陣地を奪取し爾後引続き所在の敵

 陣地を攻略して先づ「アブカイ」西南方地区に進出すべし

六、第一線両連隊の戦闘地境は「タプラオ」(「ヘルモーサ」東南)ー「テナへ

 ロス」(「バランガ」西南)を連ぬる線とし線上は左に属す

七、砲兵隊は明十三日全力を挙げて敵砲兵の撲滅に努むるの外有力なる一部を以

 て同日夕以降歩兵第百四十二連隊の戦闘に直接協同すべし

八、戦車隊は成るべく多くの兵力を以て歩兵第百四十二連隊の攻撃に協力すべし

 第一線に使用せざる戦車は「デナルピアン」以東に集結し整備すべし

九、工兵隊は依然夏作命甲第五一号に基く任務を続行する外第一線の進出に伴い

 海岸道の補修に任ずべし

一〇、通信隊は十三日十時迄に「ヘルモーサ」旅団司令部と歩兵各連隊、砲兵

 隊、予備隊、軍司令部、軍飛行隊間の通信連絡に任ずべし

一一、第十六師団衛生隊三分の一は歩兵第百四十一連隊方面の患者の収容に任ず

 べし

一二、歩兵第九連隊第三大隊は予備隊となり現在地付近に位置すべし

 同大隊長は歩兵第九連隊主力の残置人馬物件及独立自動車第三十八大隊第四中

 隊の一小隊を併せ指揮すべし

 明十三日正午迄に「ヘルモーサ」旅団司令部に連絡すべし

一三、爾余の諸隊は現任務を続行すべし

 但し右側支隊長は「デナルピアン」に於て野砲兵第二十二連隊第二大隊(第四

 中隊欠)を歩兵第百四十二連隊長の指揮に属せしむべし

一四、予は「デナルピアン」に在り

 明十三日十時出発「ヘルモーサ」に到る

            旅団長  奈良中将


 十三日一二〇〇に右翼隊長より

「左翼隊正面にある第二大隊は敵が攻勢に出て交戦中なり」

 という報告が入った。

 旅団長は第二大隊が「アブカイ」付近に進出して「アバタン」付近にいるものと判断したが、詳細はわからず、航空隊の偵察を以て部隊の位置状況を把握しようとし、また部隊が敵中に孤立あるを恐れてこれを救助するために、左翼隊、戦車隊、砲兵隊に支援を命じた。

 第二大隊(服部大隊)は十二日未明より敵の主陣地の一角に突入したが、敵の反撃も猛烈で大隊長以下多数が死傷し、孤立しながらも持ち堪えていた。

 左翼隊長は第五中隊を救援に急行させるとともに、砲兵隊をもって敵部隊を砲撃し、また航空隊は付近の敵陣地に対し爆弾の雨を降らせた。

 右翼隊は薄暮攻撃を開始しようとするが、ジャングルの地形は思うに進めず、左翼隊はどうにか敵陣地の一角で踏み止まっていた。


 第十四軍司令部は第六十五旅団の戦況がよくないことをみて、第十六師団の一部の兵力をバターンに増強することを企図した。十三日二一〇〇第十六師団長に対し、

「歩兵団長の指揮する歩兵少なくも二コ大隊を基幹とする部隊をなるべく速にヘルモサ地区に派遣すべし」


 十四日には旅団司令部と第一線との連絡は杜絶し、旅団司令部では戦況が不明となった。為に奈良中将は参謀らをして左右両部隊に派遣した。

 参謀は昼頃には左右翼隊に到着して、歩兵砲兵戦車との協同しての策を講じていた。把握しえた十四日の前線部隊の状況は次の様であった。


1、迂回隊は十三日夜Y七九・七の線の敵陣地を奪取し引続き密林の障碍を克服

 して十四日夕概ねY七八・六付近の敵を撃破して該線に進出した

2、右翼隊は十四日朝一部を以て敵の不意をついて「ラバンガン」川北岸台上の

 陣地に突入し、主力はやや遅れ猛烈なる敵の砲撃に晒されながら該線に進出

 し、南岸の敵に対する攻撃を準備。

 一方「マバタン」付近で敵の逆襲を受けた左第一線正面は左翼隊より救援に駆

 けつけた歩兵第百四十二連隊第五中隊の到着を受けて陣地を確保した。

3、左翼隊は歩兵砲兵の協力により一四四〇に「カビアワン」川南部の支流を渡

 河し突撃を敢行。部隊は猛烈な敵銃砲火の中を突撃。激戦二時間。鉄条網を乗

 り越えて敵を排除し、「マバタン」より西方に通ずる自動車道凹地の線まで進

 出した。


 奈良旅団長は有利に展開してきた戦機を捕捉して戦果を拡張すべく前線部隊を督励した。

 敵砲兵部隊の砲撃が止み、敵部隊の退却も予想されたので、奈良旅団長は第一線部隊に対し追撃の準備をするよう促した。


 十五日奈良旅団長は次の命令を下達した。


 夏作命甲第六五号

   第六十五旅団命令   一月十五日九時

               「ヘルモーサ」

一、敵の主抵抗地帯(大隊陣地)は我が第一線の勇敢なる突撃に依り殆ど之を奪

 取し敵の後方機関等は退却に就きつつあるが如きも其の第二(連隊)及び第三

 (師団)陣地帯の敵は尚余喘を保ちて頑強に抵抗しつつあり

二、旅団は益々戦果を拡張して敵第二線陣地帯以下を突破し既定の如く追撃せん

 とす

三、迂回隊は敵陣地の正面衝突するを避け努めて西方より迂回して前任務を続行

 すべし

四、第一線両連隊は益々戦果を拡大して敵第二陣地帯以下を突破すべし

 特に歩兵第百四十二連隊は砲兵隊主力との協同を密にして攻撃すべし

 又同連隊に工兵第十六連隊の一中隊(二分の一欠)を「マバタン」西方地区に

 於て配属す

五、砲兵隊は敵の残存砲兵を撲滅するの外一部を以て右連隊主力を以て左連隊の

 攻撃に直接協同すべし

六、戦車隊は当分現在地付近に在りて戦機の熟するを待って前命令に基く任務を

 遂行すべし

七、工兵隊は一部を以て現に構築しある道路の補修増強に任ずる外主力は「サマ

 ル」付近に集結し同方面本道の補修に任ずべし


 中隊長の指揮する工兵半中隊を成るべく速に「マバタン」西方地区に在る歩兵

 第百四十二連隊長に配属すべし

七、爾余の諸隊は現任務を続行すべし

八、余は当分現在地に在り

             旅団長  奈良中将


 十五日迂回隊は激戦の上、正午には「バンカル」高地に進出し、右翼隊は「ラバンガン」を渉って敵陣地を攻撃し、一六〇〇南岸台上を占領したが、敵の砲撃は占領した陣地付近に着弾し、死傷者は増加した。

 左翼隊はジャングルを利用して側方及び後方から攻撃を加える敵を予備隊を動員して掃蕩につとめつつ、敵陣地への高下準備を進めていた。

 奈良旅団長は各諸隊の報告により、敵の後方陣地まで突進したものと判断し、追撃前進の命令を与えた。

 工兵隊は野砲兵運搬のための道路を完成させ、これが為に野砲の第一線への前進が可能となった。

 歩兵第九連隊の第九中隊と第三機関銃中隊の一小隊が復帰したため、予備隊の第十中隊の指揮下に入らせた。

 軍は第十六歩兵団長木村少将に対して命令を下した。

 渡集作命甲第一六七号 

      第十四軍命令  一月十五日二二〇〇

三、木村少将は左記部隊を指揮して木村支隊となり「オロンガボ」ー「モロン」ー「バガック」道方向より先づ速に「バガック」に進出すべし

    左 記

  第十六歩兵団司令部

  歩兵第二十連隊(第一大隊欠)

  歩兵第百二十二連隊(北部呂宋地区残置部隊欠)

  歩兵第三十三連隊の連隊砲中隊(二分の一欠)

        及速射砲中隊

  野砲兵第二十二連隊の一中隊

  独立工兵第二十一連隊の約一小隊

  電信第二連隊の無線一分隊

  独立無線第五十四小隊(半部欠)

  第六十五旅団無線一分隊

  工兵第十六連隊の一中隊

  独立輜重兵第五十一中隊

  独立自動車第三十八大隊の一小隊

  第十六師団衛生隊六分の一

  第十六師団第一野戦病院の二分の一

             (一部抜粋)

 木村支隊は十六日夕刻、オロンガボに集結を完了した


 十六日、追撃命令を出したものの、右翼隊は占領した「ラバンガン」川南側高地にて敵の逆襲を受け、その攻撃も執拗に及びその地を確保するのが精一杯であった。

 左翼隊も攻撃前進しようとするも阻止され、戦線は全く進展しない状況であった。迂回隊は自動車道まで進出したが、堅固なる敵陣地と遭遇した。為に敵情地形を捜索して更に西方に迂回して陣地薄弱なる部分より攻撃を加えるべく、夕刻に至り前進を開始した。

 「マバタン」西側地区にて孤立した服部大隊を救援すべく向かった第百四十二連隊第五中隊は現場に到着し、敵を撃退して同地の確保に努めた。奈良旅団長は負傷した大隊長に代わり、第百四十一連隊の赤木大尉を派遣して服部大隊の指揮を命じ、同地の死守を命じ、部隊は二十日まで同地を確保した。


 十七日、迂回隊は転進を開始しこの日「ナチブ」山頂近く其の東麓において敵戦線内に進入し「アボアボ」川河谷を南方に向けて前進していた。

 尖兵隊は前進中敵斥候と遭遇したが、敵は退却。一五三〇頃尖兵隊の山本伍長以下十名が斥候中「ツーヨ」西側約七キロ付近の凹地に入るや敵からの猛射を受けて死傷者が出た。付近はジャングルに覆われ見通しが悪く敵前五、六十メートルで射撃を受けた。

 尖兵隊の第二中隊を第一線として反撃を開始したが、密林のために視界も悪く敵の抵抗も激しかった。

 迂回隊隊長の武智大佐は薄暮攻撃にて敵陣地を攻略すべしと命じ、第二中隊はジャングル内と迂回して一八四〇時に敵陣に突撃し陣地を占領した。第三中隊が二中隊の突撃を掩護した。その夜は現状態勢にて徹した。第二中隊の損害は戦死八、負傷一である。俘虜は三十五名。


 右翼隊は相変わらず敵の抵抗が激しく戦況の好転は見られなかった。左翼隊の進撃が予定通りでなく、奈良旅団長は同部隊に対し攻撃の督励をし、左翼隊は薄暮攻撃を実施すべく準備を進めていたが、午後一時頃敵の反撃が始まった。左翼隊隊長は戦機を逸すべからずと、歩兵砲兵協同の元に左第一線たる第二大隊は総攻撃をかけ敵を撃退し、敗走する敵を追尾して突撃して敵主陣地を奪取した。

 この突撃により分断された敵は「アブカイ」方面に退却を開始したため、追撃の好機なりと奈良旅団長に意見具申を行い、旅団長はこれを是認し、一八〇〇追撃命令を出した。

 この日、旅団司令部に本間軍司令官が訪れ、戦線の状況を聞き展望した。軍司令官の訪問は当然旅団の士気が上がった。


 十八日、迂回隊は「アボアボ」川河谷に入り険難なる地形の中南進を続け「トング」山東北側地区に達した。しかし、部隊としては、進出位置は不詳で持参する二〇万分の一の地図ではその地点を明確にすることは不可能だった。

 右翼隊は戦況は混沌とし正面攻撃は断念して迂回攻撃すべく策を練った。しかし、こちらの戦況も司令部は把握不能であった。

 左翼隊も敵陣地の一角に突入したものの、敵銃砲火に見舞われ、動くに動けず死傷者続出するのみでった。第二大隊は攻撃続行中に側背攻撃を受け死傷者多数を生じ、部隊は一旦南方及び東方に退却を開始した。しかし、敵は増援部隊があってか、更なる攻撃を加えてきた。防衛するに精一杯であった。更に派遣参謀も負傷し、戦闘指導は困難となった。

 予備隊の歩兵第九連隊第一中隊を応援に派遣したが、戦線の状況に変化はなく、旅団全体の死傷者数も多数に上り、戦況の見通しはゆき詰まりの状況となっていた。

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