第二二話 第六十五旅団バターン戦への序章

奈良旅団長が八日夕刻迄に入手しえた情況は次のようであった。


1、「ヘルモーサ」及其の西方高地の敵は本朝来逐次兵力を減少しあるものの如

 し

2、「カビアワン」川河畔の敵陣地に関しては未だ詳報を得ざるも「ヘルモー

 サ」付近の敵にして大なる抵抗を企図せざるものとせば敵の主抵抗は「カビア

 ワン」川の線なりと判断せざるベからず

3、敵砲兵は特に平地方面に火力を発揮しつつあり

4、地形は一般に密林多く谷地地隙各所に在り「デナルピアン」より南方「ナグ

 ピラピル」方面に通ずる道路は自動車を通ぜず逐次小径となり爾後の状況不明

 なり


 この状況を以て新たなる命令を下達した。

  夏作命甲第四二号

     第六十五旅団命令    一月八日十八時

            「フロリダブランカ」

一、当面の敵は一部を以て「デナルピアン」南方高地より「へルモーサ」南方高

 地に亘る線に主力を以て「サンタローサ」山東麓付近より「アブカイ」に亘る

 線い陣地を占領し其の中間地区にも所々陣地を構築し逐次抵抗を企図しあるも

 のの如し

 砲兵は「オラニ」「ブタレーロ」(「オラニ」西方約十キロ)付近より時々我

 を射撃す

 又敵の一部は「オロンガボ」方面に退却せるものの如し

 「サマット」山東北方高地端竝に「バガック」付近には敵陣地あるものの如き

 も詳ならず

二、旅団は九日午後主力を以て先づ「デナルピアン」「ヘルモーサ」各南方高地

 線の敵陣地を攻撃して「アルブム」付近より「カラギナン」川河口に亘る線に

 進出し敵主陣地に対する小攻撃を準備すると共に一部を以て「オロンガポ」を

 占領せんとす

 攻撃の重点を右翼隊正面に指向す

三、右側支隊は十三時迄に「デナルピアン」北側地区に於て前進を準備し右翼隊

 当面の敵陣地に突入せば直に行動を開始し「デナルピアン」ー「オロンガボ」

 道に沿う地区を前進し「オロンガボ」を占領すべし

 占領後は「モロン」を経て「バガック」方向に対する前進を準備しあるべし

 配属野砲兵大隊をして前進準備間「デナルピアン」付近に於て右翼隊の同地南

 方高地に対する攻撃に協力せしむべし

四、右翼隊は十四時迄に「デナルピアン」南側水流南方高地端に展開し当面の敵

 陣地を攻撃し「アルブム」東西の線に進出すべし

 特に重点を右に保持し敵の左翼を席捲する如く攻撃すると共に一部を敵側背に

 迂回せしむべし

 又常に左翼隊の右前方に進出する如く攻撃を実行すべし

 攻撃の当初野砲兵第二十二連隊第二大隊(第四中隊欠)をして其の戦闘に協力

 せしむ

五、左翼隊は十四時迄に概ね「デネルピアン」ー「ヘルモーサ」道の線に展開し

 当面の敵陣地を攻撃し「カラギナン」川の線に進出すべし

六、両翼隊戦闘地境は「デンルピアン」東南丁字路ー「ムラウイン」ー「マラウ

 アン」(「バランガ」西南四粁)の線とし線上は左に属す

七、攻撃前進の時機は十五時と予定するも別命す

八、砲兵隊は十四時迄に主力を以て「ヘルモーサ」北方地区へ一部を以て「デナ

 ルピアン」付近に陣地を占領し対砲兵戦に任ずる外両翼隊の戦闘に協力すべし

 射撃開始の時機は十五時と予定するも別命す

 本戦闘間使用し得べき弾薬は携行弾薬の約三割とす

 第一線の攻撃進捗に伴い速かに「オラニ」西方地区に陣地を推進すべし

 特に「マニラ」湾方面よりする敵の砲撃制圧を顧慮するを要す

九、戦車隊は「フロリダブランカ」を経て十四時迄に「デナルピアン」南方地区

 に進出待機し左翼隊の攻撃前進に伴い主として海岸道西側地区に於ける同翼隊

 の戦闘に協力すべし

 爾後「サンローケ」西側地区に集結すべし

一〇、工兵隊は砲兵隊の陣地占領に協力する外左翼隊の前進に伴い「ヘルモー

 サ」ー「バランガ」道の重車両通貨設備に任ずべし

一一、予備隊は十四時迄に「デナルピアン」北方地区に位置し戦闘の進捗に伴い

 右翼隊の後方を「マキーボ」ー「ナグピラピル」道に添い前進すべし

 別に将校以下所要の人員を以て交通整理班を編成し「デナルピアン」南方丁字

 路に於ける交通統制に任ぜしむべし

 其の細部に関しては参謀をして指示せしむ

一二、旅団通信隊は旅団司令部と右側支隊、両翼隊、砲兵隊、予備隊、軍司令

 部、軍飛行隊間の通信連絡に任ずべし

一三、旅団野戦病院は十四時迄に「デナルピアン」に位置し其の第二半部を以て

 同地に開設を準備し第一半部は常に海岸道方面に前進し得るの準備にあるべし

 又担架班を以て主として左翼隊方面の患者収容に任ぜしむべし

一四、第八防疫給水部は海岸道を前進し防疫給水に任ずべし

一五、独立輜重兵第五十一中隊は別に指示する所に従い「フロリダブランカ」ー

 第一線間の軍需品輸送に任ずべし

一六、独立自動車第二百五十九中隊は別に指示する所に従い兵站末地より「グア

 グア」を経て「デナルピアン」南方丁字路の軍需品輸送に任ずべし

一七、諸隊は「デナルピアン」以南海岸道に於ては自隊諸車両をして真に戦闘に

 必要なる最小限の軍需品輸送に任ぜしめ其他は別命ある迄同地以東に待機せし

 むべし

一八、予は一月九日十三時「デナルピアン」に到り爾後第一線の前進に伴い戦闘

 司令所を「クリース」(「ヘルモーサ」西方)南方高地に設置す

              旅団長  奈良中将

  夏作命甲第四二号別紙

     軍隊区分

右側支隊 

  長 歩兵第百二十二連隊長  渡辺大佐

  歩兵第百二十二連隊主力

  野砲兵第二十二連隊第二大隊(第四中隊欠)

  旅団工兵一小隊

  旅団無線一分隊

右翼隊

  長 歩兵第九連隊長  武智大佐

  歩兵第九連隊(第九中隊、第三機関銃中隊の一小隊欠)

  独立速射砲第九中隊

  山砲兵第四十八連隊第二大隊

  旅団工兵一小隊

  旅団無線一分隊

  独立自動車第三十八大隊第四中隊の一小隊

  第十六師団衛生隊の三分の一

左翼隊

  長 歩兵第百四十一連隊長 今井大佐

  歩兵第百四十一連隊

  独立速射砲第三中隊

  山砲兵第四十八連隊第三大隊

  旅団工兵隊(二小隊欠)

  旅団無線一分隊

戦車隊

  長 戦車第七連隊長 園田大佐

  戦車第七連隊

砲兵隊

  長 野戦重砲兵第一連隊長 入江大佐

  野戦重砲兵第一連隊

  野戦重砲兵第八連隊

  独立重砲兵第九大隊

工兵隊

  長 工兵第十六連隊長 加藤中佐

  工兵第十六連隊主力

  独立工兵第二十一連隊の一小隊

予備隊

  長 歩兵第百四十二連隊長 吉沢大佐

  歩兵第百四十二連隊

旅団直轄部隊

  旅団通信隊[無線三分隊欠、電信第二連隊の一小隊(二分の一欠)属]

  旅団野戦病院

  第八防疫給水部の一部

  独立輜重兵第五十一中隊

  独立自動車第二百五十九中隊


 九日一五〇〇時を以て部隊は前進を始めたが、米比軍の砲撃は、「デナルピアン」東南三叉路、「サンイシドロ」付近に猛烈に砲弾にさらされ、硝煙が一帯を覆った。不運にもその一弾が砲兵隊本部に命中し、その指揮系統の主要部分の大半を失う損害を受けたことは、悪い前兆を感じさせた。

 奈良旅団長は、砲撃の中「クリース」南方高地に前進して第一線の戦況を視察したが、海岸道方面は砲撃により上がる砲煙を一望するだけであり、かつむ密林に覆われた戦場はその詳細は全くわからない状況であった。

 だが、部隊が前進すると敵はすでに退却した模様であり、第一線部隊はその敵を追っていった。が、無線連絡は通じず日没となっても前線の戦況は不明であった。


 奈良旅団長は戦況確認と命令伝達のために、参謀らを左右両翼隊に派遣した。その直後、前線から伝令が到着し、前線の状況が判明した。敵の砲撃以外はさしたる反撃もなく、一七〇〇頃には「マンガ」及「ヒヌカイ」南方高地を前進中であるとのことで、其後参謀らが前線より帰還して状況を報告した。


 右翼の武智隊(第九連隊)は「デナルピアン」を出発し各展開位置につき、予定の時刻一四〇〇に前進を開始した。

 一七三〇ジャングル地帯を開拓しながら先頭部隊は「マンガ」に進出。同地に敵兵の姿はなく、引き続いて前進し二〇〇〇時に「アルブム」まで進出した。同地は闇に包まれ、ジャングル地帯で道路なく、前進が不可能なために同地付近で夜を徹した。捜索隊の第六中隊が本隊に帰還し、付近には敵兵の姿がないこと。また南方高地には兵力未詳ながら敵陣地があることを報告した。

 また矢野将校斥候は十日〇一〇〇頃少数の敵と遭遇し、敵は退却した。

 

 十日になっても海岸道方面への敵の砲撃は熾烈を極めた。砲兵隊は陣地を前進させ、敵砲兵陣地の発見に努めたが、容易に発見できず、また第一線部隊との通信網の設置に努めたが、密林内のために携行した有線が不足し、かろうじて無線により通信を確保するしかなかった。

 戦車隊も前進していたが、橋梁の破壊と砲撃とによりその前進は阻害されていた。

 右翼隊は〇七三〇「アルブム」を出発し、敵の左翼を求めて前進を続け、第二大隊が〇九三〇南側高地に進出した所、前方高地に敵監視兵を発見し、敵陣地を捜索した所、およそ四百名内外の敵左翼陣地であると思われた。

 武智大佐は右翼隊命令を発した。


  右翼隊命令    一月十日一〇四〇

            アルブム

一、尖兵中隊は機関銃を有する約四〇〇の敵と対戦中なり

二、右翼隊は直ちに当面の敵を攻撃し敵陣地後端に進出せんとす

三、第二大隊依然第一線となり直ちに当面の敵を攻撃し敵陣地後端に進出すべし

四、第三大隊は連隊本部西側高地を占領し第二大隊の攻撃に協力すべし

五、第十一中隊は第三機関銃中隊の右の高地を占領し第二大隊の攻撃に協力すべ

 し


 第二大隊は命令により一一〇〇前進攻撃を開始したが、地形峻険にして歩兵部隊の通行も容易ではなかった。敵陣地の前面は開けているが、敵からは丸見えであった。山砲隊は陣地選定が終了するや砲撃を敵陣地に開始し、第二大隊は敵陣地の突入し、これを占領した。

 武智隊が捕虜にした兵の情報によれば、「ナグピラピル」の東南側高地に相当堅固なる陣地があり、戦闘司令所と砲兵観測所がある模様であった。

 武智隊は十日夕刻受領した旅団命令に従い、攻撃計画を変更した。

 部隊は迂回して敵の左側背に殺到し、一挙に「バンダム」に向けて追撃する計画で、それにむけ準備を整えたが、帰還した二組の将校斥候の報告によれば、進路方向に通ずる道なく、ジャングルに覆われて通行は困難であること。山地沿いに「バンダム」に向けて追撃することに決した。

 夜に入り行動を開始したが、敵の砲弾は前進路付近に間断なく炸裂し、曳光弾を伴う銃弾が頭上を飛び交っていた。 


 第一線部隊からの報告は極めて順調に進んでいるとのことで、右翼隊は「ナグピラピル」まで進出し、左翼隊は「ムラウィン」東南三粁の「カラギナン」川南方まで進出していた。

 左翼隊の正面では敵からの銃砲火の激しい音が聞こえたが、これまでの教訓から、敵部隊の退却の兆候ではないかと思われた。軍参謀長からの報せによれば、飛行隊の偵察によれば、敵陣地と思われる地区に敵兵の姿なく、敵の自動車の通行の状況から退却に移っていると思われるとのことであった。

 日本の第一線部隊も地形地点の誤りで、実際には報告した場所にはまだ進出していないことが判明した。

 

 

 十一日第一線部隊は十日夕刻から更に激しくなった砲撃の下前進を続け、両翼隊は敵陣地にあたり、敵は頑強に抵抗した。掩護にあたる戦車隊もジャングルの地形と砲撃により前進を阻止されていた。頼みとなる砲兵隊も第一線部隊の所在と敵砲兵部隊の位置を確認し得ず、その制圧するには困難な状況であった。


 奈良旅団長は前線の状況から

「我が第一線は恐らく「カビアワン」川には進出してはおらぬだろう。敵陣地は「カビアワン」川ではなく、地図上の「パリワス」川の線上にあると思われる」

 と判断を下し、敵を殲滅して「バンダム」付近に向い追撃に及ぶよう指示を与えた。

 しかし、追撃にあたる右翼隊は東方より進んだが、進路を誤りて目的地と外れ、奈良中将は右翼隊を予備隊とし、戦機を逸しないために歩兵第百四十二連隊を第一線部隊として投入した。また歩兵第九連隊第二大隊を迂回隊とし、左翼隊を右翼隊に改め、旧予備隊を左翼隊とし、第九連隊主力を一時予備隊とした。

 第一線部隊からの新しい情報では、敵陣地はジャングル地帯を利用し数線にわたって防衛線を備ており極めて堅固なものと思われた。参謀も敵陣地を視察して「カビアワン」川の線を中心に相当堅固であると判断した。

 奈良中将は攻撃準備を進め、歩兵戦車砲兵の協同のもとに一斉攻撃を加えることに決した。


 第一線部隊の配備状況は、旧左翼隊(歩兵第九連隊)は十日「オラニ」川(歩兵第九連隊の戦闘詳報には「サマル」川とあり)南側付近の微弱なる敵を攻撃し、第二大隊は同夜「オラニ」川南岸に進出し連隊主力は十日夜東方に前進し追撃を準備した。


 旧左翼隊(歩兵第百四十一連隊)は十日一部を以て「マパト」高地を奪取し主力は十日早朝現在地を発し、敵陣地の左側背を求めて西南方に向い微弱なる敵を駆逐しつつ前進し、十一日一五三〇頃集結して海岸道を突進した。

 左翼隊の左第一線の服部大隊(第百四十一連隊第二大隊)は九日夜半「サンタルシャ」川の敵監視部隊を駆逐し十日夜「カビアワン」川敵前進陣地の隙間より潜入して十一日早朝「マバタン」付近敵主陣地に対し攻撃を開始したが失敗に終わり、同線北側にて攻撃再興の準備を整えた。

 予備隊は十日早朝「マキーボ」を出発し「ムラウイン」付近に進出して次の行動に備えた。

 戦車隊は「サマル」「オラニ」間の地区にあって、砲兵隊は一部を以て「クリース」南側に進出、主力部隊は「オラニ」西方地区に陣した。

 旅団主力は未だに敵主陣地の前面に進出したに過ぎず、配属されている第四十八連隊の山砲兵二コ大隊は転用部隊として配属から外れることが予想され、旅団としては後方にある戦車隊、砲兵隊の使用が即戦できないことが、戦力として大きな問題点であった。前面の敵砲兵部隊の猛威を制圧するには、戦力の集結を待たざるを得ないのが作戦実施に不都合を生じていた。

 また、海岸道路橋梁が徹底的に破壊されており、車両部隊の移動、補給などに困難をきたしていた。このことで百四十二連隊の一部を補修の任務にあたらせようとしたが、十日午後ようやく工兵第十六連隊が集結してきたため、十一日歩兵第百二十二連隊の二コ中隊を補修部隊として派遣し、速やかに重車両の通過を果たすべく補修すべしと命じた。

 この間にも敵の砲撃により、補給部隊や連絡兵には死傷者を生ずることもあった。

 奈良旅団の戦況はおもんばしくなかったのである。

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