第二一話 第六十五旅団の比島上陸

 第六十五旅団は、第四十八師団の蘭印攻略作戦転用のために占領した比島の警備にあたる部隊として編成されたものだった。故に、装備は機械化自動車部隊の第四十八師団と違い、装備も二級品に近く、兵も応召兵が多数を占めていた。

 第六十五旅団は、中国・四国地方で編成された部隊で、歩兵第一二二連隊は松山で、歩兵第一四一連隊は福山で、歩兵第一四二連隊は松江で編成され、その定員は約七千三百名であった。


 第六十五旅団

   旅団長   奈良 晃 中将

   高級参謀  鷲見 一男 中佐

   次級参謀  都築 正義 少佐

  歩兵第一二二連隊

   連隊長   渡辺 祐之介 大佐

  歩兵第一四一連隊

   連隊長   今井 武夫 大佐

  歩兵第一四二連隊

   連隊長   吉沢 正太郎 大佐

  旅団工兵隊

   連隊長   堀池 芳馬 少佐

(歩兵連隊は歩兵二コ大隊、一コ大隊は三コ中隊で編成)

 

 第六十五旅団は、十二月三十日、輸送船十四隻で高雄を出港。護衛するのは第六駆逐隊の駆逐艦「雷」と「電」の二隻、第二十一水雷戦隊の水雷艇「初雁」「友鶴」「真鶴」「千鳥」の四隻であった。他の護衛艦艇は、マレー方面作戦に転用されており、手薄であり広瀬少将は作戦の延期を求めていたが、高橋中将は予定通り出発させた。と云っても当初二十九日であったが、悪天候のために二十九日が三十日の出港となった。

 一月元旦にリンガエン湾マビラオ泊地に入港した船団は、上陸をはじめ二日上陸を完了し、部隊はタルラックに向い前進を開始した。

 この日日本軍はマニラを占領したので、元々警備を担当すべくマニラに向かったのであるが、バターン半島に立て篭もった米比軍を攻撃する必要が生じ、第四十八師団に代わって第一線部隊としての役目を負うことになった。


 一月七日〇八〇〇第十四軍はバターン半島攻略に対する命令を下した。


一 第四十八師団は、第六十五旅団の進出に伴い、戦線を同旅団に委譲する。戦

 車第七連隊、山砲兵二コ大隊。野戦重砲兵第一連隊、野戦重砲兵第八連隊の一

 コ大隊をパンパンガ河右岸地区において同旅団に転属し、また、独立工兵第三

 中隊を現在地において軍直轄とする。時余の諸隊は、大六十五旅団との戦線交

 代後、すみやかに転進を開始し、主力をマニラ付近に集結して次期作戦を準備

 する。

 転属部隊の指揮移転は八日一八〇〇とする。

二 第六十五旅団は、部隊の進出に伴い第四十八師団とその戦線を交代し、前任

 務を続行する。なお、高橋支隊所属の独立工兵第三連隊の一コ中隊を、状況の

 許す限りすみやかに原所属に復帰させる。


 第六十五旅団は、この軍命令に基づき、同日一二〇〇奈良旅団長は次の命令を下達した。


  夏作命甲第四〇号  

    第六十五旅団命令     一月七日十二時

                 「アンヘレス」

一、当面の敵は一部を以て「オロンガボ」方向主力を以て「バランガ」方向に退

 却せしものの如く其の一部は尚「ヘルモーサ」付近より「デナルピアン」西南

 方高地に亘り稍々やや堅固に陣地を占領しあるものの如し

 土橋兵団は近く他方面に転用せらるる筈にして其の第一線たる今井(一)部隊

 (歩兵四大隊基幹)は昨六日夕迄に「デナルピアン」付近より「ヘルモーサ」

 北側地区に亘る線に進出しあるも其の詳細は不明なり

 我が高橋支隊は昨夕迄に「デナルピアン」北方地区に進出し当面の敵情地形の

 捜索中なり

 第五飛行集団長に配属中なりし歩兵第百二十二連隊主力(大隊長の指揮する歩

 兵二中隊欠)は近く「アンヘレス」に到着し予の指揮に復帰せしめらる

二、旅団(編組別紙第一の如し)は当面の敵を撃破し成るべく速に一部を以て

 「オロンガボ」主力を以て「バランガ」付近に進出する目的を以て先づ「ヘル

 モーサ」及其の西方高地にある敵陣地に対し攻撃を準備せんとす

 新配属部隊別紙第二の如くにして其の内土橋兵団よりの転属部隊転属の時期は

 一月八日十八時とす

 軍飛行隊は本戦闘間旅団の戦闘に協力する筈

三、歩兵第百四十一連隊長は部下連隊を到着に従い逐次第一線に推進し土橋兵団

 今井(一)部隊と警備を交代し当面の敵情地形を捜索すべし

 交代にあたり現に今井(一)部隊配属中の左記部隊を継承し併せ指揮すべし

  山砲兵第四十八連隊第三大隊

  独立速射砲第三中隊

  第八防疫給水部の一部

 交代完了の時機は一月八日十八時とす

 「キャンプストッチエンバーグ」及「クラーク」飛行場警備小隊は当方現任務

 を続行せしむべし

四、歩兵第九連隊長は部下連隊及左記部隊を併せ指揮し夏作第三九号に基く高橋

 支隊の現任務を継承すべし

  独立速射砲第九中隊

  第十六師団衛生隊の三分の一

  独立自動車第三十八大隊第四中隊の一小隊

 高橋支隊との任務継承完了の時機は一月八日零時とす

五、第一線両歩兵連隊の戦闘及捜索地境は「サンホセ」ー「デナルピアン」東南

 T字路ー「サマット」山(「バランガ」西南約十粁)の線とし線上は右に属す

 但し「サンホセ」ー「デナルピアン」道は歩兵第百四十一連隊に於て推進のた

 め優先使用するものとす

六、入江大佐は左記部隊を併せ指揮して砲兵隊長となり一部を以て第一線両歩兵

 連隊に協力すると共に主力は「トウカル」(「デナルピアン」西北約三粁)ー

 「プラード」(「ベルモーサ」北方約四粁)ー「サンタマリア」(「プラー

 ド」東北約五粁)ー「グダット」(「サンホセ」西南約五粁)間の地区に集結

 し爾後の行動を準備すべし

 特に「ヘルモーサ」及其の西方敵陣地攻撃のため諸偵察を実行すると共に一月

 八日夕迄に砲兵使用に関し意見具申を提出すべし

    野砲兵第二十二連隊第二大隊(第四中隊欠)

    山砲兵第四十八連隊第二大隊

    野戦重砲兵第一連隊

    野戦重砲兵第八連隊

    独立重砲兵第九大隊

    旅団工兵隊の一小隊

七、戦車第七連隊は「バタン」半島東海岸道方面よりする敵戦車の出撃に対し臨

 機応戦するの準備を整えつつ現在地付近に集結して爾後の行動を準備すべし

 特に「オロンガボ」及「バランガ」方向に対する爾後の行動を顧慮し諸偵察を

 実施すべし

八、旅団工兵隊は一部を以て成るべく速に「フロリダブランカ」ー「グアグア」

 道を諸車輌の通過に適する如く補修し主力は一月八日夕迄に「フロリダブラン

 カ」付近に集結すべし

 一小隊を一月八日十二時「フロリダブランカ」に於て砲兵隊長の指揮に入らし

 むべし

 独立工兵第二十一連隊の一小隊を其の指揮に入らしむ

  (以降省略)

 別紙第一

    旅団の編組

 第六十五旅団

  長 奈良中将

     歩兵第百二十二連隊(歩兵二中隊欠)

     歩兵第百四十一連隊

     歩兵第百四十二連隊

     旅団工兵隊

     旅団通信隊

     旅団野戦病院

     歩兵第九連隊(第九中隊及

          第三機関銃中隊の一小隊欠)

     独立速射砲第三中隊

     独立速射砲第九中隊

     戦車第七連隊

     野砲兵第二十二連隊第二大隊(第四中隊欠)

     山砲兵第四十八連連隊の第二、第三大隊

     野戦重砲兵第一連隊(十五榴)

     野戦重砲兵第八連隊(十加)

     独立重砲兵第九連隊(十五加)

     独立臼砲第十五大隊(三十糎)

     工兵第十六連隊の主力(一コ中隊半)

     独立工兵隊第二十一連隊の一小隊

     電信第二連隊の無線一小隊

     独立自動車第二百五十九中隊

     独立自動車第三十八大隊第四中隊の一小隊

     独立輜重兵第五十一中隊(駄馬)

     第十六師団衛生隊三分の一

     第八防疫給水部の一部

       (第六十五旅団「戦闘詳報」より)

(別紙第二は別紙一のうち、新たに配備された部隊の内訳であるので省略する)


 第六十五旅団が上陸後把握していた情況は次のようであった。

一、わが軍主力の南北より相呼応する「マニラ」攻略戦に於て北部中部呂宋及

 「マニラ」付近より「バタン」半島に向い予定の退却をなせる敵は一部を以て

 一月上旬「ボラック」「グアグア」に線に於て一戦を交えたる後更に一部を

 「デナルピアン」「ヘルモーサ」各南側高地の線に配置し我が前進妨害に当ら

 しめ主力は「マウバン」「ナチブ」山「マバタン」の線に在る既設陣地に拠り

 真面目の抵抗を企図し又一部を第二陣地たる「バガツク」「サマット」山「オ

 リヨン」の線に配置し陣地の強化に努めつつあり

 其の配備の概要付図第一の如し(省略)

 而して敵主将は「ナチブ」山「マバタン」の主陣地は難攻不落にして日本軍と

 雖も到底攻撃成功し得るものにあらずと豪語せり

二、「ナチブ」山「マバタン」を結ぶ陣地は相当長期に亘り準備せられたるもの

 の如く野戦陣地としては最強度のものに属し第五十一師団正面に於ては比較的

 僅少なりしも其の他の正面に於ては陣地の前方及内部には網状に屋根型鉄条網

 及有刺鉄線の鉄柵を囲らし全正面掩蓋銃座竝に掩蓋機関銃座を構築し之を以て

 火網組織の主体とし此の間狐穴(上部中径約四〇糎深さ一米を超ゆる各個掩

 体)を配し射界を清掃し陣地の偽装を完全にし後方の交通網を完備し「ナチ

 ブ」山付近に近く第五十一師団を平地方面に第四十一師団を海岸方面比島「ス

 カウト」五十七連隊を配置し、第二十一師団を予備として控置し又「マニラ」

 湾に対し第十一師団を充て「アブカイ」西方地区に配置し克く「デナルピア

 ン」「ヘルモーサ」北方地区を火制し、其の野山砲は第一線歩兵陣地内及其の

 後方に在りて少くも七・八〇門に及ぶものの如く、望千里を収むる観測地帯性

 格なる側地標定十分なる射撃準備及既往演習場としての熟知を利用し一人一馬

 をも射撃し得る状態に在り。

三、「グアグア」「ポラック」の線に於て頑強なる抵抗を試みたる敵を撃破し敗

 退せる敵に尾して追撃に移れる我が第四十八師団主力は一月六日夜台湾歩兵第

 一連隊主力を以て「デナルピアン」東方丁路路(「デナルピアン」東南方約三

 粁)「ヘルモーサ」の線に歩兵第九連隊主力を以て六日夕「フロリダブラン

 カ」南側地区より「デナルピアン」に推進し敵と対峙しつつあり

四、是より先軍の第二次輸送部隊として一月一日「リンガエン」湾に上陸を開始

 せる第六十五旅団は揚陸作業未だ進捗せざるに二日「サンフアビアン」を発し

 三梯団となり主力は徒歩行軍を以て炎天酷熱を冒して昼夜兼行行軍を継続し第

 一梯団(歩兵第百四十一連隊主力)を以て七日夕「ポラック」に、爾余の主力

 を以て同日夕「ダウ」及「アンヘレス」付近に概ね集結を完了せるも部隊は靴

 傷と疲労とに悩まされあり

五、当時旅団長は幕僚をして諸方面に連絡せしめ或は空中偵察を実施せしむる等

 各種の手段を講じ概ね左の如き敵情地形を知得し同時渡集団命甲第一三八号を

 受領せしを以て旅団は当面の敵を撃破し成るべく速かに一部を以て「オロンガ

 ポ」主力を以て「バランガ」付近に進出する目的を以て先づ「ヘルモーサ」及

 其の西方高地の敵陣地に対し攻撃を準備するに決し一月七日夏作命甲第四〇号

 を下達し先づ速かに歩兵第百四十一連隊をして台湾歩兵第一連隊と交代し敵情

 地形を捜索せしめ爾余を以て攻撃準備に着手せしめたり

 而して当時迄に旅団長の知得せし状況の要旨左の如し

 1、「バタン」半島は「デナルピアン」「ヘルモーサ」以北に於ては開豁せる

  も其の以南は北部海岸道を除くの外一面の密林地帯にして只「アブカイ」西

  北方及北方に於て僅に開豁し又「バランガ」平地の開豁しあるのみ「ナチ

  ブ」山及「マリべレス」山は頂上に於て急に屹立きつりつし其の山麓は傾斜緩なり

 2、敵は「デナルピアン」及「ヘルモーサ」南側高地の線に陣地を占領しあり

  て「アブカイ」西北方地区には敵陣地あるが如きも未だ以て詳かならず「バ

  ランガ」西方及西南方地区には敵陣地あるものの如し

  即ち敵は一部を以て「オロンガボ」方面に退却し西海岸方面を守備し主力を

  以て東海岸方面に於て右陣地及密林地帯を利用し逐次抵抗を企図するならん

  時に北部「バタン」に於ては「カビアワン」川の線に於て主抵抗を企図する

  ことあるを以て注意するを要す

  而して敵軍の戦力に関しては「マニラ」攻略戦の経験に徴し極めて薄弱なる

  ものと一般に思惟せり

六、 省略

七、 省略

            (前掲、戦闘詳報より)


 六十五旅団の歩兵部隊は強行軍の行程でヘトヘトであった。応召兵主体であるから尚更である。また、諸部隊の兵力で未到着の部隊もあった。これに対し、軍参謀の中山高級参謀は、速やかなる攻撃を欲しており、奈良旅団長にもその旨を伝え、奈良中将はその意見を入れ、速やかなる攻撃を決した。

 奈良中将は八日戦闘司令所を「フロリダブランカ」に推進して一八〇〇新たなる命令を下達した。

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