第十五話 ラモン湾上陸戦闘

 ラモン湾へ向けて出港した輸送船団は波間に没せんとする夕陽を観ながら進み、やがて奄美大島の島影も薄くなってきた頃、甲板上の兵から歌声が徐々に大きくなり響き渡った。


 あああの顔で あの声で

 手柄頼むと 妻や子が

 ・・ ・・


「暁に祈る」という昭和十五年に封切の松竹映画の主題歌である。作詞は野村俊夫、作曲は古関裕而、歌は伊藤久男である。

 二番の歌詞に、


 「ああ堂々の 輸送船

  さらば祖国よ 栄えあれ

  遥かに拝む 宮城の

  空に誓った この決意」


 という詞があり、輸送船上でよく唱ったという。


 出港後部隊の行先が明らかにされた。各輸送船上で書類が開封され、ルソン島の二十万分の一の地図、ラモン湾付近の海図、英会話集、これだけ読めば勝てる、上陸作戦要領図などが入っていたという。

 船団は割合穏やかな海を南下していった。リンガエン上陸部隊と違い、大荒れの海ではなかった。が、南下するに従い、輸送船の中では熱帯の熱気に苦しんだようだ。

 十九日には潜水艦情報が届けられ緊張が走ったが、何事もなく航海は進んだ。二十三日一〇〇〇頃に再び船団の左舷方向に敵潜水艦を発見し、護衛艦の掃蕩と船団はこれを回避して突破し、二十四日と共に泊地に進入を開始した。


 船団はルソン島とかバレット島との間幅二・五浬程の狭い水道を通り泊地に進入し、歩兵第二十連隊第二大隊基幹の広部隊を載せた輸送船六隻が分離して、上陸するマウバンに向い、残りの主力部隊は午前二時頃に目的地アチモナン泊地に進入し投錨した。事前の天候予報では、季節風により波浪が激しくなると予想されたが、この日は予報外れで海は波もほとんどなく、上陸移乗には全く問題がなかった。


 作戦に参加した第十六師団の情報参謀の太田庄次少佐の回想によると

「情報参謀としてまっ先に上陸する任務を受け、北野丸甲板上に懸下された小発に、参謀部付下士官、護衛兵十数名とともに乗り移って、泛水発進を待っていた。そして、各船一斉発進の命令とともに、アチモナンの上陸点に向かった。

 揚陸作業隊から聞くところによれば、本船は陸岸にきわめて近く漂泊、泛水しているので、陸岸達着は十分もかからないだろうとのことであった。しかし、暗夜で陸地やタヤバス山系の山なみも確認できず、艇長は羅針を頼りに、これとおぼしき方向にエンジンをフル回転して突進した。

 ようやく浅瀬に到達したが、あたり一面は、マングローブに包まれた湿地帯であった。兵要地誌によれば、アチモナン上陸点付近は砂浜で、その奥五百メートルのところに自動車道が南北に走っているとのことであった。しかし、それらしい地形ではなかったので、ふたたび海面に引き返し、また新しく方向を定めて突進し、砂浜に到着上陸した。

 上陸と同時に銃声が聞こえたので、その方向に行って見ると、捜索連隊の一部が敵と対戦していることがわかった。ようやく東の空が明るくなると、その付近一帯に友軍が点々と散在していることもわかった」

     (丸別冊太平洋証言シリーズ「戦勝の日々」所収

       太田庄次著「第十六師団の比島攻略作戦」)


 第一大隊は「シアイン」地区に上陸を開始した。上陸点付近の敵情は、「ルセナ」付近い約一コ連隊があると思われたが、「シアイン」地区の敵情は全く不明であった。だが、レガスピーに上陸した木村支隊の進撃により後退している部隊もしくは戦場に到着するために移動している部隊と遭遇する可能性が考えられた。


 第一大隊長は木村少佐のため、混乱を避けるために上陸部隊の呼称は村部隊とされた。

 木村部隊長は、師団命令に基き、麾下部隊に対し、

「上陸後兵力の集結を待つことなく主力を以て速かに「ダマカ」以東に進出、爾後引続き「ホンダグワ」方向に前進し木村旅団前面の敵の背後を遮断」すべく命令を下した。

 そして第一中隊には

『山部隊となり「マリクボイ」方向に前進し師団主力の「ルセナ」方面へ進出を容易ならしむべし』

 と命じた。


 第二中隊の伊藤少尉には将校斥候を命じて「ホンダグワ」方面の敵情を捜索すべく命じた。

 第二中隊の主力は「シアイン」駅付近の敵小部隊を掃蕩して〇三四〇に駅を占領確保した。この確保により第一大隊は駅付近に集結して敵情を捜索しつつ「ホンダグワ」方面への進撃を準備した。近辺の住民は我上陸と共に遁走していたが、数名の住民を捕えて尋問した所、ここにいた少数の比軍は山中に逃げた模様で、「グマカ」という所には米軍将校一名と四、五十名の部隊があることを聞き出した。

 駅にある電話が鳴っているため、英語に達者な伊藤少尉が味方を装い応対し、以後の作戦に寄与する所もあった。現地通訳で配属されていた堀谷通訳は船中で発病して入院したため、伊藤少尉の活躍する所となった。


 駅付近に集結した部隊は、捜索連隊の自動車と付近より押収した自動車を準備して「ホンダグワ」方面に進撃すべく急いだ。〇六四〇には「グマカ」占領するために第二中隊の一コ小隊を自転車部隊として先遣させ、後発として自動車の準備が整い次第出発させ、「グマカ」占領にむけ進撃させた。


 〇八〇〇第二中隊主力は自動車の準備が完了したため、大隊の副官薮見中尉とと共に先遣隊を追及していった。

 〇八三〇頃先遣隊は「グマカ」東端の橋梁に差し掛かった。先遣隊は斥候を出して情況を確認すると、橋梁に地雷が敷設してあるのを発見したため、橋梁が爆破される前に確保占領せんと、地雷の除去作業を開始し始めた。すると正面十字路方面より機関銃による射撃を受けた。

 先遣隊は小隊の主力を右方に迂回させて敵陣地を攻撃すると共に、〇九〇〇に到着した後続の中隊主力を以て敵陣地に突入した。敵は遺棄死体六、其他銃弾薬を遺して遁走した。中隊は〇九三〇「グマカ」を占領した。仕掛けられていた地雷は全て除去した。


 村部隊は後続して「グマカ」に到着し、一一五〇には部隊の態勢を整えて「ホンダグワ」への進撃を準備した。

 それに先立ち、工兵の藤村軍曹は五名を率いて先頭車に乗り、敵を急追する形で突進した。橋梁の爆破を阻止するためである。敵は油断していたのか、急激な進撃に橋梁の爆破することもできず、日本軍は橋梁を確保していった。橋梁の確保は、自動車部隊の進撃にとって重要であった。でなければ、部隊は徒歩で進撃しなければならなかったからだ。さらに後続する砲兵隊の到着が遅延することになり、戦況に大きな影響を与える。

 第二中隊は「グマカ」の戦闘で兵三名戦死、八名負傷の損害を蒙った。

 村部隊は自転車と自動車の先遣隊により一五〇〇には「ロペス」を占領し、敵情を捜索しつつ「カラウアグ」に向け進撃の準備を整えた。


 一方、『マウバン」に上陸した広部隊の状況はどうだったのであろうか。

 広部隊の上陸計画では、

「第六中隊は別働隊となり海岸の敵を撃破し速に上陸点付近の要地を占領し山地に向う突進を準備すべし。

 右より第五中隊、第七中隊第一線海岸の敵を撃破したる後速に主要交通線上に進出し山地に向う突進を準備すべし。

 特に第五中隊は一部を以て所在の村落を掃蕩し機を失せず通信施設の破壊に任ずべし又自転車斥候を随時派遣し得るの準備にあるべし。第七中隊は交通線上にある要点を成るべく遠く占領すること努むると共に機を失せず自転車斥候を派遣し山地道に沿う地区の敵情地形を偵察せしむべし。

機関銃中隊主力及び大隊砲小隊は主として第五中隊の戦闘に協力すべし」

 と定めていた。


 輸送船団は二十四日〇一〇〇泊地に進入し星明りを頼りに泛水作業を開始し、〇一三〇には第一上陸部隊の小発が海岸より百五十メートル程手前で飛び込んで陸岸に殺到し上陸成功の信号を上げた。

 間もなくすると前方左右より機関銃の射撃を受け、後続する大発は敵の銃砲弾を船体に受けて、損傷するもの、擱座するもの相次いで多数の死傷者が出ている模様であったが、兵らは海中に飛び込み陸岸目指して突進した。


 右第一線の第五中隊は、


『中隊長植本中尉は「モウバン」河右岸の丘を占拠するを有利なりと判断し酒井少尉以下少数の手兵を率い「モウバン」河を強行渡河し敵陣に突入し壮烈鬼神を哭かしむる戦死を遂ぐ。次で酒井少尉亦重傷を負いて立つ能わず、大隊長は足立准尉の決死的連絡により本情況を知り山口少尉をして第五中隊の残部を指揮せしめ「モウバン」河を渡河、敵の後方に進出して一挙に敵の側背に突入し先にありし第五中隊の一部を併せ指揮し戦果を拡張せしめたり』

           (「第二大隊戦斗業務詳報」より)


 「第二大隊の陣中日誌」ではマウバン上陸戦で第五中隊が戦死十三名、戦傷二十五名、第六中隊が戦傷二名、第七中隊が戦死七名、戦傷九名」と報告されている。第五中隊の上陸地点が激戦だったことがわかる。第五中隊は上陸戦で中隊長の植本中尉、大江少尉の戦死の痛手を受けた。 

  

 第五中隊の第二小隊長である大江季雄少尉は二十四日戦死するが、大江少尉はベルリンオリンピックで棒高跳で銅メダルを獲得した選手であった。第四野戦病院にいた軍医である太田泰臣予備軍医少尉は偶然同地に上陸しており、実兄でもあり手当にかけつけている。さぞや上陸初日に戦死とは無念であったことと思う。その兄も後にレイテ戦で散華している。大江少尉は東京オリンピックで金メダルをとるという夢があったというがその夢は叶うことはなかった。この話を聞くと戦争という行為が全てを引き裂いてしまうことを実感する。大江選手にはこの大会で銀メダルだった西田選手との逸話がある。それは銀メダルと銅メダルとを二つに分け、銀銅メダルを二個作製してお互いの健闘をわかちあうと共に、当時のオリンピックルールに抗議する意味もあったという。


 第七中隊は第五中隊を掩護するために右第一線に向い、敵の海岸陣地の攻撃を繰り返して突撃し白兵戦を展開して第五中隊と共に攻略に成功。第六中隊は上陸後迂回戦法のためにジャングルに入り、湿地帯を進という悪路の中を突破して夜明け前に「モウバン」高地北側に到着し、高地にある敵陣地を襲撃、敵は百名ほどと思われたが、敵は退却して同高地を占領した。

 モウバンの占領は〇八三〇であった。


 第五中隊は損害が大きかったため、現地で回復にむけ戦死者と負傷者の収容に努めるため現地に留まり、第七中隊は集結を終えると、次の目標「ルクバン」に向け前進を開始した。大隊砲小隊も第七中隊と行動を共に出発した。

 先遣隊となった第七中隊は一五三〇頃「サンパロック」の東方約三キロのところで銃砲撃を受けた。敵の数は約三〇〇名程と思われ、橋梁とジャングルの地形を利用して頑強に抵抗し部隊に前進は阻止された。中隊長は度々前進攻撃を命じたが、機関銃陣地と砲撃に阻止され、死傷者も発生していた。一時間後ようやく部隊本隊が到着した。この時点で戦死六名、負傷者三名を出していた。


 第二大隊長は一七〇〇頃戦線の情況を把握し、薄暮攻撃を命じ、第七中隊は「モウバン」河右岸より、第六中隊は左岸より前面の敵を攻撃してこれを占領したが、第二線陣地からの猛烈な射撃により、部隊は一旦戦線を整理して夜間攻撃することに決し、敵情を捜索した上で第二線陣地に迫った。

 翌朝には第七中隊は正面より、第六中隊は左側背より突撃を敢行して一二〇〇頃第二線陣地を突破した。戦線の整理が終了したのは一七〇〇頃となった。この戦闘で戦死一名、負傷二名を出した。


 部隊は第六中隊を尖兵中隊として出発。第六中隊は本隊の前方約五百メートル程を前進していった。一七三〇頃、「ピース」東方約二百メートルに達した時、前方より敵装甲車二台が突進してきて中隊に向け射撃を加え、乗車している歩兵が道路両側に展開して攻撃してきた。中隊は死傷者が出たものの、大隊砲、機関銃を以て反撃し、装甲車一を破壊、敵は二十分後には退却を始めた。


 長谷川少尉は将校斥候として自転車を以て、「ルクベン」方に偵察に出かけ、四キロ程前方に敵の機械化部隊を発見したことを報告したため、対戦車戦闘の準備を命じつつ夜を徹した。翌朝〇八〇〇案の定エンジン音と共に敵戦車が進出してきた。 

 手持ちの火砲を集中して砲弾を浴びせ、先頭の戦車は撃破した。続く二両目は水田に落ちた。だが、敵は歩兵を道路両側に展開して猛烈に射撃を浴びせてきた。足立小隊と第五中隊は敵の右側背後に回り突入したため、敵は退却していった。

 一一〇〇頃には戦闘は終了した。日誌を見ると、マレー戦線と同様に自転車を活用していたことがわかる。

 この戦闘により戦死兵十一名、負傷者少尉三名、兵十七名に達した。


 マッカーサーはこのラモン湾の日本軍上陸の報告を受けると戦略の見直しをせざるを得なくなった。「大戦回顧録」には


「リンガエンでの大量上陸の二日後、日本軍の別な大部隊が二十四隻の輸送船で南ルソン東海岸のラモン湾にあるアチナモンに上陸してきた。これは日本軍が最初に上陸した、はるか南のレガスピよりは、ずっとマニラと中部ルソンに近かった。

 この一連の上陸で、本間将軍の戦略は立ちどころにはっきりした。本間将軍がリンガエンに上陸した主力とアチナモンに上陸した別働隊で、われわれをはさみ打ちにするつもりであることは明白だった。

 この両部隊が急速に接近すると、私の主力部隊は、中部ルソンの遮蔽物の少ない平野で、敵に前後を挟まれて戦わねばならなくなる。日本軍の戦略はルソンの防衛を、短期に完全に粉砕することを想定したものだった。フィリピン群島の最も重要な島を支配下に置けば、日本軍は労せずしてその他の島を落とせるだろう。それはまことに非の打ちどころにない戦略構想だった。私の兵力はジョーンズ将軍に第二軍団と、ウエーンライト将軍指揮下の第一軍団が二つに断ち切られ、両軍団が別々につぶされそうな情勢となってきたのである」

    (ダグラス・マッカーサー著、津島一夫訳

    「マッカーサー大戦回顧録」中公文庫 より)


 マッカーサーは二十四日マニラ撤退を決意し、部隊のバターン半島への移動を命じた。

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