第十三話 リンガエン湾上陸

二十二日上陸を前にして第九連隊第一中隊長の横田中尉は中隊命令を出して、それぞれに任務を伝えた。


   中隊命令   十二月二十二日  〇一〇〇

1、我陸海航空部隊竝田中菅野両支隊の猛攻を受けたる敵は逐次南下しつつあり

 諸情報を綜合するに敵は上陸点付近に点々と陣地を占領しあるものの如し大隊

 は神武必勝を期し敵前上陸を敢行せんとす

2、中隊は大隊の中第一線となり将校以下士気益々旺盛に第一中隊先鋒中隊たる

 の光栄に浴し殉忠髑髏の中隊精神を発揮し先づ水際付近の敵を粉砕し速かに椰

 子林前端の線に進出せんとす

3、第三小隊は右第一線となり速かに水際付近の敵を突破し椰子林前端の線に進

 出すべし

4、第二小隊は左第一線となり速に水際付近の敵を突破し椰子林前端の線に進出

 すべし

5、第一線両小隊は椰子林に進出後速かに各々一組の下士官斥候を派遣し中隊正

 面の敵情地形を捜索すべし

6、橋本軍曹は部下分隊を指揮し達着後速かに大隊本部に到り指揮を受くべし

7、高田少尉は部下九名を以て将校斥候要員となり達着後速かに大隊長の下に到

 るべし

8、機関銃小隊は第一線両小隊の中間地区を前進し椰子林の線に天明後の射撃を

 準備すべし

9、第一小隊の残余は予備隊となりMG小隊の後方を前進すべし

⒑森准尉の達着をば速かに大隊本部との連絡に任ずべし

⒒高木軍曹川原軍曹は夫々部下二名を以て下士官斥候要員となり指揮班の先頭を前進すべし

⒓余は第二小隊と共に爾後第一線両小隊の中間を前進す

            中隊長   横田中尉


 中隊は舟艇への移乗を開始したが、波が高く移乗は相当に困難であったが、何とか乗り移り予定の時刻より二時間ほど遅れての出発となった。

 月明かりはなく暗闇の中海岸を目指すが、海岸より五、六百メートルのところで敵の銃火器が猛然と射撃を開始した。接近するに従いその射撃はさらに熾烈を極めた。

 敵の銃砲火により舟艇内には無数の貫が空き、負傷者が増しつつあり、なおかつその孔から海水が侵入してきた。兵らは手拭いなどを使い防水に努めた。敵の火線は渚から約二十メートルほどの小高くなった陣地よりと判断できた。

 舟艇は渚から五、六メートル手前で止まった。上陸であるが、高波で舟艇が揺れに揺れ降りるのも大変であるが、その上に敵の銃弾が熾烈に飛んでくる。

「飛び込めッ!」

 の命令一喝、海中に飛び込む。だが、敵の銃弾を受けてそのまま斃れこむ者も続出した。

 上陸した時刻は七時十五分頃である。

 松尾少尉は、

「俺が先に飛び込む!続けッ!」

 とばかり、海中に飛び込み、それをみて部下等も次々の海中に飛び込んで海岸へと進んだが、敵の銃弾が松尾少尉らに注がれ、少尉以下数人がバタバタと斃れた。

「小隊長殿っ!」

 と駆け寄ったが、胸を撃たれ虫の息であった。

 それでも身の隠す所がない砂浜でへばりつきながら、機関銃を備え付けて、掩護射撃を開始した。軽機関銃の小気味いい音が響く。一瞬射撃が止む。

「突撃!」

 海岸はもう明るい。第一線陣地は後退したのか、銃撃の激しさはなくなってきたが、後方の椰子林の向こう側に敵の第二線陣地があり、今度はそこから銃弾が降ってきた。

 森准尉は一コ小隊を率いて第二線陣地を攻撃すべく前進した。掩護すべく擲弾筒を準備する。

「撃テッ!」

 擲弾筒が発射され、敵陣地付近に爆発音が上がる。

ワーッ!という喚声が響きわたる。森准尉らが敵陣へ突入したのだ。それを見て、中隊の各員は突進する。敵は群がるように逃げ出していく。遅れた数名が手を挙げていた。

 戦闘が終了したのが十時二〇分頃であるから、三時間ほど戦ったことになる。捕虜を集め、敵の兵器を収集すると共に、中隊の戦死者と負傷者を収容する作業に入った。


 中隊の戦死者は松尾少尉以下三十四名にのぼり、負傷者も白井少尉以下三十三名を数えた。大きな痛手であった。敵の遺棄死体は三十六名、捕虜は十八名であった。この第一中隊だけで、敵味方ほぼ同数の戦死者を出したのであった。

 戦死者収容所には第一大隊の戦死者柄崎中尉以下五十三名が安置され、負傷者の手当を行った。

 第一中隊の戦死者が六割以上を占めていたことになる。


 二十三日五時三十五分中隊整列して戦友の告別を行い荼毘に付した。負傷者は第十六師団の衛生隊に入院させる者と病院船瑞穂丸と蓬莱丸に収容する者とに分けられた。

 上島支隊に前進命令が下されたのは、二十五日であった。

 輸送船からの物資の輸送が初回と二回目の上陸時に荒波により舟艇の損壊が相次いだからで、予定より相当遅れたことによる。揚陸作業は二日遅延したことになる。


 左側主隊である第九連隊の菅野支隊はどうであったであろうか。

 菅野支隊に与えられていた命令は次の如くであった。


 菅作命第三号

   左側支隊命令    十二月八日一二〇〇

              楠 山 丸

一 大隊(編組左記の如し)は左側支隊となりX日「サンチャゴ」西方海岸に上

 陸し当面の敵を撃破しつつ「バウアン」付近を経て速に「ナギリアン」に到り

 同地飛行場を占領し第三飛行場整備部隊の同飛行場整備を掩護すると共に「バ

 ギオ」に向う進撃を準備せんとす

    左 記

  歩兵第九連隊第三大隊

  歩兵第九連隊歩兵砲中隊二分の一

  歩兵第九連隊速射砲中隊(二分の一欠)

  独立工兵第三連隊の一中隊

  独立無線第五十三小隊(二分の一欠)

二 各隊は別紙左側支隊上陸計画要領に基き上陸を準備すべし

三 余は楠山丸に在り上陸に際しては第十一中隊第一回上陸部隊と共に上陸す

           支隊長   菅野少佐

   菅作命第三号別紙

     左側支隊上陸計画要領

一、本要領は左側支隊の上陸計画要領を定む

二、楠山丸、白鹿丸、「モントリオル」丸、彼南丸の敵地海岸に於ける碇泊隊形

 左の如し

  [楠] [モ] [白] [彼] (其の他は不明)

 前方に在る輸送船航海中事故ある場合には逐次前方位に占位するものとす

三、第十一中隊(1㆒4MG属)第九中隊、第十中隊(1㆒4MG属)は第一線

 となり海岸の敵を撃破し概ね街道の線に前進し当面の敵情を捜索し爾後「バウ

 アン」方向に向う前進を準備す

 第一線中隊の関係位置は右より前記の順序とす

四、機関銃中隊主力は第一回に引続き第十一中隊の正面に上陸し先づ同中隊の戦

 闘に協同す

五、前進は第十一中隊の舟艇を基準とす

六、楠、白、モ、彼、各船の舟艇は移乗完了に伴い各其船艉(楠山丸の「ヤンマ

 ー」は彼南丸、白鹿丸の「ヤンマー」は「モントリオル」丸)に集合して発信

 を準備す

 発進は舟艇群毎に其先任指揮官の命令に依る

七、独立工兵中隊は其乗船輸送指揮官の揚陸計画に拠り支隊上陸点に上陸し成し

 得る限り速に追及す

八、大隊砲小隊及連隊砲小隊は第一回上陸部隊と共に其観測要員を上陸せしめ次

 で第十一中隊の上陸海岸に上陸し第一線中隊の戦闘に協同する為特に大隊砲は

 速に右翼前に、又連隊砲は速に左翼前に対する射撃を準備す

九、速射砲中隊は其乗船輸送指揮官の揚陸計画に拠り支隊上陸点に上陸して速に

 追及し対機甲戦闘を準備す

十、独立無線小隊は第一回上陸部隊と共に上陸し速に支隊本部の位置に通信所を

 開設し軍司令部との連絡に任ず

十一、上陸順序及上陸時携行すべき定規外弾薬等に関しては輸送指揮官の定むる

 ところに依る

十二、左の如く第一回上陸部隊と共に左記勤務員を上陸せしめ上陸指導及連絡に

 任ず

    各隊命令受領者ー第十一中隊海岸

   上陸指導将校は藤野中尉とす

十三、舟艇の航行隊形左の如し

  第二群  [イ][ロ][ハ][ニ][ホ]

  第一群  [1][2][3][4]

  第三群  [ヘ][ト][チ][リ][ヌ]

十四、第一群敵岸達着時に於ける隊形左の如し

   [3]   舟艇の横間隔四〇米

   [2]

   [1]

   [4]

十五、合言葉は「菅」「松」とす

十六、各舟艇群の達着時に於ける占有正面は一五〇米とす

        (以下略)


 菅野支隊の上陸地区は、菅野支隊が得ていた情報では、「ナギリアン」付近に比軍約三〇〇名、「バギオ」に米正規軍一八〇名が存在すると思われた。

 上陸する正面海岸は砂浜であり、椰子林が点在しており、村落や東方高地には熱帯樹林があるが、歩兵の戦闘には妨害するものではなかった。上陸時、波浪は高く上陸は困難を極め、大発二艇や艀舟三艘は転覆し破損していた。

 菅野支隊の上陸地点の反撃はほとんどなく上陸に成功した。敵は約五〇〇名ほどが、「バウアン」河西岸地区に布陣していると思われ、その敵を撃破して「ナギリアン」方面に向うため準備を整えて、支隊は出発した。


 一方中心部隊である第四十八師団の第一回目の上陸部隊は〇四三〇舟艇移乗を完了して発進した。右翼隊の歩兵第四十七連隊の歩兵二個大隊、戦車第四連隊、捜索第四十八連隊、山砲兵第四十八連隊第二大隊、野戦重砲兵第八連隊等が〇五一七には上陸してアゴーを占領、左翼隊の第四十八歩兵団司令部、台湾歩兵第一連隊外は〇五三〇にアリンガイ付近に上陸した。

 右翼隊は後続の車両を待つことなく前進を開始し、ロザリオ村付近を占領する数百の米比軍を撃破して一九三〇ロザリオ村を占領した。

 左翼隊主力は海岸道を南下し一六〇〇頃ダモルテス地区に進出し、ここを守備する米比軍を撃破して占領した。


 第十四軍の上陸部隊を支援する陸軍の第五飛行師団は、ルソン北部の飛行場占領後、同地飛行場に進出してマニラ近郊の飛行場制圧を図った。

 十七日以後は、リンガエン湾上陸支援のために、飛行第二十四戦隊、飛行第五十戦隊、飛行第八戦隊、飛行第十六戦隊、第十独立飛行隊の爆撃機、戦闘機を以てマニラ周辺の敵機を求めて進攻した。

 十八日、第十六戦隊はニコルス、サブラン両飛行場を攻撃して、大型機四機、小型機四機の撃破を報告し、第八戦隊はサブラン飛行場を攻撃し、大型機四機、小型機三機の撃破を報告した。十九日、二十日と各飛行場や設備を攻撃して、戦果を拡充した。

 二十一日以降は船団上空の哨戒とリンガエン湾内の上空哨戒に当たった。


 海上の船団上空は、夜明けと共に敵機の空襲が予想された。〇六四五爆撃機二機が来襲したが被害はなく、〇七一五敵戦闘機二機が来襲して銃撃を受け、駆逐艦「長月」は戦死一名、負傷者五名、掃海艇第十七号は負傷者下士官一名、兵二名を出した。

 船団上空には山陽丸と讃岐丸の水偵機八機を繰り出して、対戦警戒を行い、陸軍の第五十戦隊と第二十四戦隊の戦闘機延七十一機で終日上空警戒を行ったが、米軍機の襲来はなかった。

 長月は掃海艇第十七号の負傷者を収容して馬公へと向かった。


 二十三日〇七〇〇には米軍のB17爆撃機六機が来襲したが被害はなく、其後陸軍戦闘機が上空を警戒したが、米軍機の襲来はなかった。


 それよりも神経を尖らせたのは潜水艦の出没であった。何隻から雷撃を受け、実際「巴洋丸」が沈没した。他にも目撃情報が多く、探知攻撃が各所で行われたが、効果は不明で在り、二十三日には駆逐艦「皐月」が対戦攻撃中魚雷一本が艦首を通過していった。


 敵潜の出没は、二十二日が

〇七五五 神津丸が敵潜の雷撃を受ける。魚雷五本艦尾通過。

〇九一〇 巴洋丸敵潜の魚雷一本命中、大破後沈没。

二〇五〇 若鷹がサンフェルナンド灯台の一九〇度四千米に敵潜水艦を探知、爆

 雷攻撃効果不明。

 二十三日には

〇三一五 朝風がサンフェルナンド灯台の三四〇度十五浬に於て浮上潜水艦発

 見。爆雷攻撃効果不明。

〇八〇五 第三十三号砲艦サンフェルナンド灯台の二八〇度十五浬にて敵潜より

 雷撃を受けるも被害なし

一四三〇 那珂、村雨、五月雨が湾外二〇浬にて敵潜探知、爆雷攻撃効果不明。

一五〇〇 皐月リリパヤン灯台の三二三度十九浬にて敵潜潜望鏡を発見。水無月

 と共に爆雷攻撃。魚雷一本皐月の艦首を通過。海面に油多量に湧出。撃沈確

 実。


 というように、米潜水艦の出没は活発であったが、被害は輸送船一隻にとどま

っていた。

 米潜水艦については撃沈された記録がないことから、損傷は与えても沈没には

いたらなかったようだ。

 米軍の潜水艦魚雷については、開戦当初各潜水艦より不具合が報告され、不発や針路不安定が数多く発生していた。


 マニラの米軍司令部は日本軍がリンガエン湾に大挙上陸してきたとの報告を受け、定石通りの上陸だと見ていたが、二日後東部のラモン湾に新たな日本軍が上陸したことを受け、日本軍の戦略が明らかになった。

 マッカーサーは新たなる防衛計画を立てなければならなかった。

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