第十話 レガスピー攻略
レガスピーはルソン島南東端のアルバイ湾に西岸にあり、比島東岸の海上交通の中心である。同地には飛行場も整備されており、比島東岸の戦略的価値は高いものがあった。
レガスピーという地名はフィリピンを征服したスペイン人ミゲル・ロベス・レガスピーからとっている。市街地には富士山に容姿が似たマヨン火山(二四六三㍍)がそびえている。
陸海軍としてはレガスピーを占領することは、比島の大部を航空制圧下に置くことができる重要な拠点であり、開戦日X+四日までに飛行場を手中に収めることが計画された。同地に台湾にある基地航空部隊の零戦を展開できれば、比島南部まで米航空部隊を遮断することができるのである。
レガスピー作戦に投入される兵力は陸海軍部隊は次のように編成された。
陸軍
木村支隊
指揮官 第十六歩兵団長 木村直樹少将
第十六歩兵団司令部
歩兵第三十三連隊(第一大隊欠)
連隊長 大佐 鈴木辰乃助
第二大隊 大隊長 少佐 安田治
第三大隊 大隊長 少佐 服部征夫
野砲兵第二十二連隊第四中隊
輸送船四隻 妙高丸 (五、〇八〇トン)
榛名丸 (一〇、四二〇トン)
靖川丸 (六、七七〇トン)
信濃川丸(七、五〇四トン)
海軍
第四急襲隊
指揮官
主隊 軽巡 長良
第二十四駆逐隊
駆逐艦 江風 海風 山風 涼風
哨戒隊 第十六駆逐隊
駆逐艦 雪風 時津風
哨戒艇 第三十四号、第三十五号
掃海隊 掃海艇 第七号、第八号
設置隊 蒼鷹
敷設隊 妙見丸(日本郵船徴用船)
補給隊 早鞆、いくしま丸
その他 漁船五隻
支援隊 第十一航空戦隊 水上機母艦千歳、瑞穂
第三十三連隊は十一月十七日駐屯地を出発し二十日に名古屋港にて乗船を完了し出港、二十七日パラオ島ガラスマオ港に到着集結し、十二月五日には出撃準備を完了していた。
レガスピー付近の敵兵力は不明であったが、上陸後の調査によれば、敵は歩兵第五十一連隊ないし第五十三連隊の兵約六〇〇と巡警隊の約五十名だけであった。
竹作命甲第六号
木村支隊命令 十二月五日
パ ラ オ
一、大日本帝国は敵性諸国に対し宣戦を布告し南方軍は海軍と協同し速かに南方
要域の攻略を期す
二、第十四軍は海軍と協同し先制空襲を以て作戦を開始し比島方面の敵を神速に
撃破し一挙に首都「マニラ」を攻略す
三、開戦劈頭第五飛行集団及海軍航空部隊は呂宋島方面の敵航空勢力を先制空襲
す
又海軍は同時比島方面敵艦艇を撃滅す
四、支隊は海軍と協同し「レガスピー」付近に上陸し航空基地を占領確保し海軍
の行う右基地整備に協同すると共に成し得る限り西北方に地歩を獲得せんとす
作戦開始の時機は別命せらる
五、各隊の乗船区分は概ね従前の如し
乗船区分の変更を要するものは関係輸送指揮官及該部に別命す
六、各隊は別冊木村支隊上陸計画に基き行動すべし
七、予は榛名丸に在り
上陸後「アルバイ」に到る
支隊長 木村直樹
支隊命令にある「木村支隊上陸計画」なるものを一部見てみよう。
第一 方針
一、支隊は護衛艦隊と協同し万難を冒して敵の抵抗を排除しつつ「レガスピー」
付近に強行上陸し成し得る限り徒歩部隊の大部を上陸第一日未明迄に上陸せし
め速かに航空基地を占領確保し海軍の行う右基地整備に協力し該地付近全兵力
及軍需品を揚陸すると共に勉めて西方に地歩を獲得し爾後の前進を準備す
二、海軍は輸送船隊の運行及揚陸動作を掩護すると共に自ら一部を上陸せしめ航
空基地の整備に任ず
三、(省略)
第二 上陸点
一、上陸点は「アルバイ」湾内レガスピィ付近とす
二、上陸点の細部は上陸開始時機迄に輸送指揮官及揚陸作業隊長に示す
三、上陸海岸付近の地点左の如し
地点番号 地点名 座標
1 リドン河口 (座標数字は省略)
2 ビガ
3
4 ライス
5 ヤワ河口
6 レガスピィ港
四、上陸点の予定左の如し
第一回 2
第三回以降 6
第三 偵察 (省略)
第四 上陸日程
一、上陸日程を五日と予定し上陸第一日はX+四日と予定す
二、上陸第一日未明迄には第二回迄の上陸を完了し徒歩部隊の大部(MG(馬を
除く)を含む)を上陸せしめ速に任務に向い分進せしむ
三、上陸第一日第三回以降はレガスピー港に於て重火器自転車馬自動車及軍需品の揚陸を行う
四、「レガスピー」港に於ける揚陸順序の細部は兵站司令官に別示す
第五 上陸開始の時刻
一、第一回上陸部隊の上陸開始時刻
上陸当日 0000
(第六から第十迄省略)
第十一 上陸戦闘動作
一、各輸送指揮官は泊地投錨予定時刻を承知し泊地進入と共に上陸行動を開始す
るに支障なき如く部署す
二、輸送船泊地に投錨せば揚陸作業隊は別命なく直に舟艇の泛水を行い第一回上
陸部隊は予定計画に基き移乗す
三、第一回上陸部隊移乗完了せば各輸送指揮官は機を失せず無線及視号通信に依
り支隊長に報告し移乗舟艇を逐次榛名丸基準艇の許に集合せしむ
四、第一回舟艇隊形は各輸送船毎の単縦列を併列したるものと予定し各列五隻に
なる如く適宜編合す細部は舟艇隊長に指示す
各舟艇間の距離間隔は各三十米とす
之が為榛名丸を基準とし敵に対し碇泊せる船舶の順序に逐次集合するものとす
五、第一回上陸部隊舟艇群は誘導艇長之を指揮し陸岸に向い前進し適宜の地点に
於て各縦列を約二五〇米間隔に排開し陸岸に突進達著し上陸せしむ
六、上陸部隊は夜間に於ては所名の地点に進出する迄は仮令敵の射撃を被るも応
射せざるものとす
七、第一回上陸部隊のため陸岸に於ける標識は之を設置せず。第二回以後上陸部
隊のため必要の標識は揚陸作業隊之を設置す
八、煙幕を使用する場合は陸海軍協定に依り主として揚陸作業隊之を行う
九、水際障碍物は之を回避せざるを本旨とし之が破壊は揚陸作業隊主として之に
任ずるも第一回第二回上陸部隊は右の外各舟毎に水際障碍物に対する破壊班を
準備するものとす
十、第一回上陸部隊上陸せば其の指揮官及陸岸達着の揚陸作業の長は無線又は視
号を以て速に支隊長に報告す
(以後省略)
別紙にて上陸部隊区分と任務が分けられている。
右側支隊 第一回上陸後速に「スロク」を占領し支隊主力の右側背掩護に任ず
挺身隊 第一回上陸後速に「カウグナン」に挺身し鉄道及道路を占領し「レガ
スピィ」の方向の敵の退路遮断及「ナガ」方向より増援拒止之が為鉄
道及道路の破壊準備
支隊主力将来の西方前進情報収集及進路偵察
左翼隊 上陸後速に「レガスピー港」を占領し一部を残置し兵站司令官指揮に
入り其の他は「アルバイ」東南方地区より同地を攻撃し右翼隊と協力
し航空基地の占領を期す
同地占領後は主力を以て「レガスピー」港に位置し一部を以て南方高
地線を占領し警戒し状況之を許せば更に「レガスピー」港の揚陸ウィ
援助す
右翼隊 上陸後速に一部を以て飛行場北方高地を占領せしめ主力を以て「ダラ
ガ」北方鉄道橋付近より「ヤワ」河を渡河し「ダラガ」及「アルバ
イ」の敵を攻撃し左翼隊主力と協力し航空基地の占領を期す
占領後は主力を以て「アルバイ」一部を以て「ダラガ」に位置し南方
及西方要点を占領し支隊主力の揚陸を掩護す
海軍上陸せば航空基地整備に協力す
歩兵団司令部 第二回上陸し左翼隊戦闘の進渉に伴い概ね連隊本部と共に「レガ
スピー」港を経て「アルバイ」に到る
(他部署 省略)
左翼隊の隊長である鈴木大佐は七日乗船している信濃川丸にて左翼隊命令を出した。
左翼隊命令 十二月七日信濃川丸
一、支隊は海軍と協同し○○日未明「レガスピー」北方海岸に強行上陸し航空基
地を占領確保して海軍の行う右基地整備に協力すると共に為し得る限り西北方
に地歩を獲得す
第三大隊主力は右翼隊となり「ビガ」南側付近に上陸し西方へ楔入して「ダ
ラガ」「アルバイ」の敵を攻撃す 第七中隊は挺身隊となり上陸後速かに
「カリアグナン」に挺身し「レガスピー」方向の敵退路を遮断し「ナガ」方向
よりの増援を拒止す
1/35は右側支隊となり上陸後速かに「スロク」を占領し支隊の右側背掩護に
任ず
二、連隊主力は左翼隊となり「ビガ」北側海岸に奇襲上陸し先づ道路の線に進出
し爾後速かに「リボグ」ー「レガスピー」道に沿う地区より「レガスピー」を
攻略せんとす
残りは上陸迄支隊直轄となり船上に在りて掩護射撃に任じ上陸後予の指揮に復
帰せしめらるる筈
三、第二大隊は第一線となり上陸後速かに道路の線に進出し爾後道路に沿う地区
を南下し「レガスピー」港に向い突進し同地を占領すべし
四、第十一中隊は第一線となり上陸後速かに道路の線に進出し爾後第二大隊主力
の超越前進に伴い予備隊となり第二大隊の後方を前進すべし
五、第一線部隊は上陸成功せば第二大隊は信号弾第十一中隊は青色燈を点滅し報
告すべし
六、通信隊は主力を以て連隊本部と共に第二回上陸し歩兵団司令部と連隊本部右
翼隊間の連絡に任ずべし
右側支隊、挺身隊及第三大隊に五号無線機各一機を配属すべし
七、軍旗小隊は予と共に第二回に上陸し上陸後速かに上陸海岸付近に集結し前進
を準備すべし
八、(省略)
九、服装は背嚢を用い編上靴防暑帽を携行し又各自弾薬約半数を増加するの外成
るべく多くの手榴弾発煙筒戦車地雷赤筒手投マル瓶竝に弁当二食分セロハン二
日分携帯口糧甲乙各一日分及成るべく多くの飲料水を携行すべし
(以下省略)
(筆者註。五号無線機は重力約四〇キロ、通信距離約一〇キロの近距離通信用)
右翼隊隊長服部少佐が靖川丸から発信した命令がある。
右翼隊命令 十二月七日靖川丸
一、支隊は海軍と協同し「L」市航空基地を占領すると共に為し得る限り西方方
に地歩を獲得す
連隊主力は左翼隊となり「L」港付近を占領する筈
支隊の重点方向とす
二、第三大隊は右翼隊となり「2」地点に奇襲上陸し概ね鉄道の線を確保したる
後速に飛行場辺を占領せんとす
三、第九中隊、第十中隊は第一線となり海岸の敵を撃破して道路の線に進出し当
面の敵情地形を捜索すべし
両中隊関係位置は右より前記の順序とす
四、機関銃中隊は両中隊の中間地区に進出し第一線に協力すべし
五、工兵隊は第一線両中隊と共に上陸し水際障碍排除に任じたる後道路の線に於
て大隊本部の位置に至るべし
六〜九省略
十、合言葉は「津」「久居」とし標識は大隊連絡規定に依る
(以下省略)
木村支隊は八日〇九〇〇「ガラスマオ」港を出港、海軍の護衛部隊は輸送船隊を護衛し針路を進めた。九日、十日と天気快晴で波浪も静かな航海をしていたが、十日輸送船隊は敵潜水艦からの攻撃を受けた。
十一日夜島嶼を発見し所定の碇泊場所に碇を入れた。揚陸に向けての作業は進み、十二日〇一一〇舟艇群は榛名丸の船尾に集結した。月夜に照らし出されるレガスピー港南側の高地は良い目標として捉えられた。
第一回上陸部隊は〇二四五「ビガ」東海岸に到着し上陸して道路の線まで進出。敵の姿は全く見なかった・
第一回揚陸部隊が発進したので、輸送船は第二泊地に向け出発。〇二四五ビガ東海岸に達し上陸部隊の揚陸作業を開始した。
第二大隊は道路の線まで進出を果たすと部隊を整頓し、右翼隊が道路の線まで進出すると、第二大隊は南方に向い前進を開始した。
〇三四五時に第二回上陸部隊は移乗作業を完了して出発。〇四〇五上陸に成功した。連隊本部も〇四三〇には道路の線まで進出し、第二大隊の後方を「レガスピー」に向け前進を開始した。
第十一中隊は兵力を集結次第前進を開始。第二大隊は「ラウイス」南側にて乗用車の巡警隊五名を捕虜とし、〇六五〇には「レガスピー」北端三叉路に至り、第五中隊の一部にて港を占領させ、連隊本部と第十一中隊は三叉路に到着。木村支隊長も三叉路に到着し、連隊長より次の状況を把握した。
1、「アルバイ」飛行場には約五〇名の巡警隊が警備している模様
2、「レガスピー」港は第五中隊の一部で占領している
3、市街は平穏
木村支隊長は主力を以て
『「ダラガ」に向け前進すべし』
との命令を下した。之をうけ連隊長は、帯同していた大隊長と第十一中隊長に対し命令を伝えた。
第二大隊長に対しては
『第二大隊は速かに「ダラガ」に向い前進すべし。
「レガスピー」港占領部隊は第十一中隊と交代せしむ』
第十一中隊長に対しては
『第十一中隊は其の一小隊を以て「レガスピー」港の警備を第五中隊と交代し主力は連隊本部と共に「ダラガ」に向け前進すべし』
連隊主力は「ダラガ」に向い前進し〇八三〇には「ダラガ」東端橋梁付近に達し前方を前進中の第二大隊長に警備に関して所要の事項を命ずるとともに、第十一中隊通信隊を率いて一〇〇〇に「ダラガ」兵営に到った。
飛行場占領に向かった第九中隊、第六中隊の一部は敵の抵抗を全く受けることなく〇九〇〇には飛行場を占領し、一五〇〇に海軍陸戦隊と警備を交代した。
右側支隊は〇八〇〇に「スロク」を占領した。
一二〇〇第二大隊は警備状況を報告すると共に、「レガスピー」銀行税務所、麻工場等を占領。州知事は宣撫工作中にて監禁中の邦人を解放し、我が軍に協力中であることを報告した。
レガスピー上陸は全く無血上陸であった。戦闘詳報によっても一人の戦死傷者もいない。
木村支隊長は十二日一五〇〇情況を把握し支隊命令を発した。
木村支隊命令 十二月十二日 一五〇〇
ダ ラ ガ
一、敵は「ダラガ」訓練所に於て八月末四十の土人軍を訓練の後逐次「バタンガ
ス」「マニラ」方面に輸送し其の最後輸送部隊は十二月八日出発せり
約五十名の憲兵隊は本早朝上陸を察知し「ナガ」方向に遁走せり 「ソルソ
ゴン」付近には有力なる海岸警備隊及憲兵隊あるものの如し「ナガ」兵営にも
若干兵及憲兵隊あり
二、支隊は「レガスピー」ー「タラガ」付近に兵力を集結し海軍航空基地整備に
協力すると共に「ソルソゴン」ー「ナガ」方面の敵情を捜索し爾後の作戦を準
備せんとす
三、右側支隊は依然現在地に位置し明後十四日自動車を以て「オゴ」「タバコ」
方向の捜索を準備すべし
四、挺身隊は依然現在地に守備し明後十四日自動車を利用して「ナガ」方向に対
して行う挺身を準備すべし
五、右側支隊及挺身隊(夫々配属部隊を含む)以外の歩兵隊(配属如故)は従来
の軍隊区分を爾歩兵隊と改め鈴木大佐指揮すべし
六、歩兵隊は大隊長の指揮する有力なる部隊を以て明後十四日自動車を以て「ソ
ルゴン」州敵情を捜索し同方面の粛清に任ぜしむべし
七、兵站司令官は竹作命甲第六号戌支隊上陸計画揚陸順序に依ることなく明十三
日中に前項迄の部隊に使用する自動車を揚陸すべし
数量其の他の細部は別に示す
八、各隊は別紙要図の如く露営し爾後の作戦を準備すべし「ダラガ」露営司令官
は鈴木大佐「レガスピー」露営司令官は新納中佐とす
警戒に関しては特に「ナガ」方向に対し厳重なるを要す
九、予は「ダラガ」元兵営境内新聞社に在り
支隊長 木村直樹
部隊は次期作戦の準備をするに至った。
海軍部隊も主隊の軽巡長良と第二十四駆逐隊は、次期ラモン湾上陸作戦のために奄美大島に向かった。哨戒隊と輸送船は十八日全ての揚陸作業が完了したので、パラオに向け出発した。
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