第七話 続航空撃滅戦

 十日、司令官塚原中将は攻撃部署を布告した。


 夜間攻撃

  第一航空隊 陸攻九 

   〇四〇〇キャビテ飛行艇基地攻撃

   同    陸攻九

   〇五四五ニコルス飛行場攻撃

 昼間攻撃

 一空  九六式陸攻 二十七機 二五〇㌔×七一発

                 六〇㌔×二一四発

                (搭載割振不明)

  マニラ湾艦艇攻撃

  指揮官 尾崎武夫少佐

    第一中隊 尾崎武夫 少佐 直卒 九機

    第二中隊 福岡則男 大尉    九機

    第三中隊 野中五郎 大尉    九機

  

 鹿屋航空隊

  悪天候により出撃取り止め

 高雄空 一式陸攻 二十七機  六〇㌔×三二四発

  ニコルス飛行場攻撃

  指揮官 須田佳三 中佐

    第一中隊 須田佳三 中佐 直卒 九機

    第二中隊 峰 宏  大尉    九機

    第三中隊 横溝幸四郎 大尉   九機

 高雄空 一式陸攻 二十七機  六〇㌔×三二四発

  デルカルメン飛行場攻撃

  指揮官 野中太郎 少佐

    第一中隊 野中太郎 少佐 直卒 九機

    第二中隊 楠畑義信 大尉    九機

    第三中隊 中川正義 大尉    九機

三空 零式艦上戦闘機 三十四機+陸偵三機  

  指揮官 横山 保 大尉

   指揮中隊 第一小隊 一番機 横山 保 大尉

             二番機 武藤金義 二飛曹

             三番機 名原安信 三飛曹

        第二小隊 一番機 赤松貞明 飛曹長

             二番機 矢野 茂 一飛曹

             三番機 園山政吉 三飛曹

        第三小隊 一番機 中瀬正幸 一飛曹

             二番機 畠山義秋 一飛曹

             三番機 鈴木金雄 二飛曹

  第一大隊 指揮官 黒澤丈夫 大尉

   第一中隊 第一小隊 一番機 黒澤丈夫 大尉

             二番機 徳地良尚 一飛曹

             三番機 山谷初政 二飛曹

        第二小隊 一番機 中原常雄 特務少尉

             二番機 秀 寿  一飛曹

             三番機 八幡猪三郎 三飛曹

   第二中隊 第一小隊 一番機 蓮尾隆市 大尉

             二番機 中島文吉 二飛曹

             三番機 昇地正一 二飛曹

        第二小隊 一番機 佐々木芳包 一飛曹

             二番機 大住文雄 一飛曹        

             三番機 岡崎繁雄 二飛曹   

  第二大隊 指揮官 向井一郎 大尉

   第一中隊 第一小隊 一番機 向井一郎 大尉

             二番機 尾関行治 二飛曹

        第二小隊 一番機 小泉藤一 飛曹長

             二番機 小林勝太郎 一飛

        第三小隊 一番機 手塚時春 一飛曹

             二番機 古川信敏 二飛        

   第二中隊 第一小隊 一番機 宮野善治郎 大尉

             二番機 小島 保 二飛曹

             三番機 松本善平 一飛

        第二小隊 一番機 工藤修 飛曹長

             二番機 橋口嘉郎 三飛曹

        第三小隊 一番機 岡本重造 一飛曹

             二番機 松本保夫 一飛

   誘導隊  一番機  操縦  乙須徳次 飛曹長

             偵察  原田栄雄 二飛曹

        二番機  操縦  林 晃  一飛曹

             偵察  長澤真信 一飛

        三番機  操縦  下田辰一 一飛曹   

             偵察  徳永英司 二飛


 台南空 零式艦上戦闘機 二十二機+陸偵一機

   第三中隊 第一小隊 一番機 浅井正雄 大尉

             二番機 比嘉政春 一飛

        第二小隊 一番機 宮崎義太郎 飛曹長

             二番機 太田敏夫 二飛曹

             三番機 島川正明 一飛

        第三小隊 一番機 酒井敏行 一飛曹

             二番機 有田義助 二飛曹

             三番機 本吉義雄 一飛

   第四中隊 第一小隊 一番機 若尾 晃 大尉

             二番機 石原 進 二飛曹

             三番機 西山静喜 一飛

        第二小隊 一番機 笹井淳一 中尉

             二番機 上平啓州 一飛曹

        第三小隊 一番機 原田 義光 飛曹長

             二番機 藤村 春男 一飛

   第六中隊 第一小隊 一番機 牧 幸男 大尉

             二番機 西浦国松 二飛曹

             三番機 島田三二一 一飛

        第二小隊 一番機 磯崎千利 飛曹長

             二番機 福山清武 三飛曹

        第三小隊 一番機 坂口音治郎 一飛曹

             二番機 河西春男 一飛

   誘導        操縦  大原 猛 一飛曹

             偵察  美坐正己 大尉

    キャビテ、オロンガボ飛行艇攻撃


 十日この日も台南、高雄は雨であった。だが、霧雨であり気象官によるとまもなく回復するという予報であった。だが、鹿屋航空隊のいる台中基地は天候が悪かった。

 また、夜間攻撃部隊は雨のために出撃は中止となり、その分の兵力は昼間攻撃に回された。

 台南空の出撃機数が少ないのは、ビガンの上陸部隊が米空軍機の攻撃を受けているという通報を受けたことで、第一中隊と第二中隊の十七機がビガン方面に出撃したことによる。

 

 台南空 零式艦上戦闘機 十七機

   第一中隊 第一小隊 一番機 新郷英城 大尉

             二番機 田中国義 一飛曹

             三番機 倉富 博 三飛曹

        第二小隊 一番機 豊田光雄 特務少尉

             二番機 酒井東洋夫 一飛曹

             三番機 山上常弘 二飛曹

        第三小隊 一番機 坂井三郎 一飛曹

             二番機 横川一男 二飛曹

             三番機 本田敏秋 三飛曹

   第二中隊 第一小隊 一番機 瀬藤満寿三 大尉

             二番機 菊池利生 一飛曹

             三番機 野澤三郎 三飛曹

        第二小隊 一番機 日高義己 二飛曹

             二番機 秦 収作 三飛曹          

        第三小隊 一番機 佐伯義道 一飛曹

             二番機 和泉秀雄 二飛曹

             三番機 石井静夫 三飛曹

   誘導        操縦  上別府義則 二飛曹

             偵察  古川 渉 飛曹長

   

 尾崎少佐率いる一空の陸攻二十七機は、一〇〇三時に台南を発進した。途中一機が故障のために引き返した。

 一四〇〇マニラ湾に進入し、一四一〇第一中隊、第二中隊はキャビテ軍港を爆撃、第三中隊は港に在泊中の商船を爆撃した。戦果は次のように判定された。


一、キャビテ海軍工廠桟橋に繋留中の潜水艦二、駆逐艦二、七千トン級特務艦一、一五〇〇トン級貨物船一に六〇キロ爆弾各一発直撃火災発生

二、海軍工廠地区は大火災発生により黒煙高さ四千メートルに達した。

三、マニラ港内三千トン級商船一に六〇キロ爆弾二発命中、火災発生


 攻撃時には攻撃隊に被害はなかったが、帰途台湾に近づくと悪天候により、一機は紅頭嶼付近に、一機は高雄港内に不時着した。うち、操縦員一名が行方不明となった以外は救助された。他の二十四機は、高雄、台南、恒春などに着陸した。


 須田中佐率いる高雄空の陸攻二十七機は、一〇二四時に三空の零戦に護衛されてニコルス飛行場爆撃に向かった。一四〇〇時に同飛行場に六〇キロ爆弾三二四発を投下し、四箇所に火災発生を認め、地上にあった一〇機を破壊したと報じた。一機が発動機故障のためにビガン海岸に不時着した。乗員は全員無事であった。須田隊は高雄に一七二五時に帰還した。

 同じ高雄空の野田少佐指揮の陸攻隊二十七機は、一〇三〇時に台南基地を飛び立ち、台南空の零戦隊の掩護を受けてデルカルメン飛行場爆撃に向かったが、密雲のために飛行場を捉えることができず、目標をマニラ港の艦船に向けた。六〇キロ爆弾といえども、高空から投下するために威力は十分であり、輸送船や小型軍艦には大損害を与えることができる。輸送船四隻に命中弾を得たと判定した。

 野田隊も帰還にあたり台湾南部の悪天候により、一機が紅頭嶼付近に不時着して二名が負傷した。残りの機は恒春に二十四機、高雄に二機が着陸した。


 さて、ビガン上空の掩護に出撃した台南空は哨戒中にB17一機を発見して攻撃し撃墜を果たす。これは正式なB17撃墜第一号である。米軍は日本軍戦闘機に墜とされたことに驚愕したほどだ。何せ「空の要塞」と呼称され、自軍の戦闘機でさえ撃墜は困難と評価されていた自慢の爆撃機だったからである。米軍は十二・七ミリ機銃の装備だからであるが、零戦が二十ミリの弾丸を搭載しているとは知らなかったのだから、仕方がない。

 

 台南空の零戦隊は、軽巡那珂を爆撃して帰途につくB17を発見し攻撃する。このB17はコリン・ケリー大尉機で、那珂は爆撃による至近弾で戦死二、負傷者七名と弾片による若干の被害を受けた。

 この台南空の戦闘の様子も坂井三郎著「大空のサムライ」に詳しいが、行動調書により坂井機の機銃発射の記録はないため、この記載は疑問視されている。著書にはあたかも自分自身が射撃を加えて致命傷を与えた印象を受けるが、果たして真相はどうであろうかわからない。

 行動調書では、富田光雄特務少尉、山上常弘二飛曹、菊池利生一飛曹、野澤三郎三飛曹、和泉秀雄二飛曹の五機による共同撃墜となっている。


 また、三空の横山大尉によると、帰途にB17一機と遭遇して、共同攻撃により撃墜し、搭乗員は落下傘降下したというから、どちらが撃墜したかは不明である。


 このコリン・ケリー大尉のB17の戦果も現実離れとなった。米軍は、

「コリン大尉以下十名の搭乗するB17は、圧倒的な日本空軍の攻撃を排除しつつ、ビガンの敵上陸地点を襲った。戦艦ハルナ、戦艦ヒラヌマほか約四十隻の日本艦隊は、上陸作戦中であったが、B17は五百ポンド爆弾三発を投下、そのうちの一発はハルナに命中、二発目はヒラヌマに命中、ともに大火災を生ぜしめたが、敵艦載機数十の包囲攻撃をうけ、故障を生じたコリン大尉は、B17をそのまま降下させて、ハルナに体当たりを敢行しこれを撃沈せしめた。コリン大尉の勇戦こそは全軍の範とすべきである」(前掲「大空のサムライ」より)


 と発表したというが、まるで後の日本軍の特攻と同じである。コリン・ケリー大尉はアメリカで軍神の扱いで勲章を授かり、戦意高揚に利用された訳である。

 ケリー大尉機の戦果は前述にように軽巡那珂が至近弾により軽微な損傷をして、若干の戦死傷者を生じただけであった。

 一方、同じ台南空の浅井大尉率いる零戦二十二機は、一〇五五時に陸偵の誘導により台南を発進、途中四機が故障などより引き返し、十八機が一三四五デルカルメン上空に達し、敵十数機と交戦して、撃墜確実三、不確実二の戦果を挙げ、飛行場銃撃により、六機を炎上させ十四機に損害を与えた。比嘉政春一飛機が地上銃撃中に敵機に襲われ未帰還となったほか、やはり悪天候により、藤村機が海上に不時着した。藤村は顔面を負傷したが救助された。

 台湾南部の積乱雲は大きく、島川一飛によると高度七千五百メートルに上昇しても雲はまだ高く、次は高度を下げて海面近くの雲間を探して命拾いをする思いで着陸したという。計器飛行は戦闘機搭乗員にとって得意ではなく、いかに当時の悪天候での操縦が難しかったことがわかる。


 三空は横山大尉率いる零戦三十四機は一〇五〇時に陸偵三機に誘導されてマニラ上空に向かった。一三四〇時上空には敵機の姿がなかったために、地上銃撃を開始したところ、敵機約五十機を上空に認めたために空戦にかかり、そのうち四十二機を撃墜し、他に不確実四機を挙げた。地上銃撃でも二十四機を炎上もしくは破壊したとした。

 発射した機銃は二〇ミリ一七三二発、七・七ミリ七五八五発となっている。


 三空も台湾近くで悪天候に悩まされた。横山大尉機も不時着を余儀なくされた。

「いつか下方はものすごい雲の波となっていた。台湾の南端、ガランピ岬と思われる地点で私は思い切って雲下に出た。機体は水面すれすれである。周りは薄暗く豪雨がふりしきっている。風も強く波も高い。こうして北上したのだったが、いつになっても台湾の岬は見えてこない。

 私は四角形の捜索飛行をしながら、さらに北上していった。燃料計が刻々と減ってゆくのがわかった。そしてついに指針はゼロをさし、まもなくエンジンが止まってしまった。しかし、わたしは案外落ち着いていた。神仏の加護を祈り、その反面、戦友、家族たちの別れを告げながら、不時着水の姿勢に移った。着水と同時に、私は大きく前にはほうり出された。天いまだわれを見捨てず、やがてうす暗い洋上に漁船の姿が近づいてきた。日の丸だ。友軍の監視艇が近づいてきたのだ。

 しかし、私は脚を折っていて、泳ぐことができなかった。こりゃいかん、と思っているうちに船員が飛び込んで私を助けてくれた。支那事変、大東亜戦争を通じ何回が死地に近づいたことがあったが、このときほどうれしかったことはない。今朝高雄基地を出てから九時間もの飛行で、さすがの零戦もついに燃料を使いきっていたいのである。

 私は沈みゆく愛機に別れを告げ、漁船に収容された。その位置はガランピのすぐ南であった。あとで聞くところによると〝指揮官帰らず〟の悲報に、一時は高雄基地の意気は消沈したが、漁船からの電信で私が救助されたことを知り、司令以下が涙を流して喜んでくれたことを知って、何ともいえない感激をおぼえたものであった」


 三空は、手塚一飛曹が自爆、小島二飛曹が行方不明、横山大尉機の他に昇地三飛曹と小林一飛が不時着した。被弾した機数は十六機に達した。

 残りの機は恒春に帰還した。


 十一日は、各爆撃隊、戦闘機隊とも集合と整備に忙殺されて出撃は見送られ、マニラ周辺の偵察だけが行われた。

 十二日、塚原中将は前日の偵察の結果、まだマニラ周辺の飛行場には米軍機の

残存機が確認されており、次のような航空作戦をたてた。


一、通信傍受によれば、米軍は十一日ミンダナオ島デルモンテ基地に対して盛ん

 に気象情報を要求しており、ルソン島の大型機がデルモンテ基地に避退する兆

 候があるため、パラオ基地の飛行艇でデルモンテを攻撃する

二、十二日攻略予定のレガスピー飛行場に速やかに戦闘機を進出させる。同飛行

 場の急速整備を支援するために、レガスピーに近いバタンガス、イロイロ両基

 地の航空機、艦艇を攻撃する

三、米残存航空兵力を掃蕩する

四、アパリ飛行場は調査の結果、広さ、土壌の点から陸軍との共用は困難と認め

 られる。そのため航空撃滅戦も順調に進んでいるので、同基地への飛行機隊の

 進出をやめて不時着場として使用する

五、戦闘機による地上銃撃は、以後の作戦上まず大型機を破壊する必要があるこ

 と、米軍地上砲火が充実したことなどの理由により、目標を大型機に限定す

 る。


 十二日の航空部隊の出撃は次の通りである。


鹿屋空 一式陸攻 二十七機 二五〇㌔×一七

               六〇㌔×二二〇

          イバ飛行場爆撃

   指揮官 入佐俊家 少佐

    第一中隊  入佐俊家 少佐 直卒 九機

    第二中隊  森田林次 大尉    九機

    第三中隊  田中武克 大尉    九機

高雄空 一式陸攻 二十八機  六〇㌔×三一九

      バダンガス飛行場爆撃

   指揮官 野中太郎 少佐

    第一中隊  野中太郎 少佐 直卒 九機

    第二中隊  楠畑義信 大尉    九機

    第三中隊  中川正義 大尉    九機

    偵察    田中 致 飛曹長   一機


 同  一式陸攻 二十五機  六〇㌔×二九三

      バタンガス飛行場爆撃

   指揮官 足立次郎 大尉 

    第一中隊  足立次郎 大尉 直卒 八機

    第二中隊  峯 宏  大尉    九機

    第三中隊  横溝幸四郎 大尉   八機


一空  九六式陸攻 三十六機 六〇㌔×四三六

      クラーク・イバ飛行場爆撃

   指揮官 松本真実 少佐

    第一中隊  丸山宰平 大尉    九機

    第二中隊  福岡規男 大尉    九機

    第三中隊  金子義郎 大尉    九機

    第四中隊  野中五郎 大尉    九機 


三空  零式艦上戦闘機 二十五機+陸偵一機

   指揮官 黒澤丈夫 大尉 

   指揮中隊 第一小隊 一番機 黒澤丈夫 大尉

             二番機 徳地良尚 一飛曹

             三番機 山谷初政 二飛曹

        第二小隊 一番機 小泉藤一 飛曹長

             二番機 武藤金義 二飛曹

        第三小隊 一番機 中瀬正幸 一飛曹

             二番機 名原安信 三飛曹

   第一中隊 第一小隊 一番機 蓮尾隆市 大尉

             二番機 中島文吉 二飛曹

             三番機 昇地正一 三飛曹

        第二小隊 一番機 久保一男 飛曹長

             二番機 大住文雄 一飛曹

             三番機 田尻 清 一飛

        第三小隊 一番機 杉尾茂雄 一飛曹

             二番機 中納勝次郎 二飛曹

             三番機 増山正男 一飛 

   第二中隊 第一小隊 一番機 宮野善治郎 大尉

             二番機 岡崎繁雄 二飛曹

             三番機 松本善平 一飛

        第二小隊 一番機 工藤 修 飛曹長

             二番機 倉内正喜 三飛曹

             三番機 松本保夫 一飛

        第三小隊 一番機 竹中義彦 一飛曹

             二番機 中仮屋国盛 二飛曹         

             三番機 古川信敏 二飛 

        誘導   操縦  下田辰一 一飛曹

             偵察  徳永英司 二飛曹


台南空 零式艦上戦闘機 二十九機+陸偵一

     クラークフィールド攻撃

 指揮官 新郷英城 大尉

   第一中隊 第一小隊 一番機 新郷英城 大尉

             二番機 田中国義 一飛曹

             三番機 倉富 博 三飛曹

        第二小隊 一番機 豊田光雄 特務少尉

             二番機 酒井東洋夫 一飛曹

             三番機 山上常弘 二飛曹

        第三小隊 一番機 坂井三郎 一飛曹

             二番機 横川一男 二飛曹

   第二中隊 第一小隊 一番機 牧 幸男 大尉

             二番機 西浦国松 二飛曹

             三番機 島田三二一 一飛

        第二小隊 一番機 渋谷清春 中尉

             二番機 坂口音治郎 一飛曹

             三番機 河西春男 一飛

        第三小隊 一番機 磯崎千利 飛曹長

             二番機 福山清武 三飛曹

   第三中隊 第一小隊 一番機 浅井正雄 大尉

             二番機 本吉義雄 一飛

        第二小隊 一番機 宮崎義太郎 飛曹長

             二番機 太田敏夫 二飛曹

             三番機 島川正明 一飛

        第三小隊 一番機 酒井敏行 一飛曹

             二番機 有田義助 二飛曹

   第四中隊 第一小隊 一番機 若尾 晃 大尉

             二番機 石原 進 二飛曹

        第二小隊 一番機 笹井淳一 中尉

             二番機 上平啓州 一飛曹

        第三小隊 一番機 原田義光 飛曹長

             二番機 西山静喜 一飛

   誘導        操縦  上別府義則 二飛曹

             偵察  古川 渉 飛曹長


 同  零式艦上戦闘機   九機+陸偵一

     オロンガボ攻撃

   第二中隊 第一小隊 一番機 瀬藤満寿三 大尉

             二番機 菊池利生 一飛曹

             三番機 野澤三郎 三飛曹

        第二小隊 一番機 川真田勝俊 中尉

             二番機 和泉俊生 二飛曹    

             三番機 秦 収作 三飛曹               

        第三小隊 一番機 佐伯義道 一飛曹

             二番機 日高義己 二飛曹

             三番機 石井静夫 三飛曹

        誘導   操縦  西堂政美 二飛曹

             偵察  清水 巌 一飛


 鹿屋空の陸攻隊二十七機は〇七一〇時に台中基地を発進してクラーク飛行場目指したが、同飛行場上空は密雲のため目標を確認できず、イバ飛行場に変更して爆撃を敢行、三箇所に火災を認め、在地機二機の撃破を認めた。


 一空の陸攻隊三十六機は、〇七〇〇時に台南基地を発進、クラーク飛行場を目指したが、やはり密雲に覆われていた。しかし高度を下げ低空にて進入して第一と第二中隊は飛行場を確認爆撃した。しかし低空のため対空砲火を浴び、第一中隊長の丸山大尉は負傷、被弾機は十一機に達しその内の一機はクラーク飛行場東方に山中に不時着した。第三と第四中隊は目標をイバ飛行場に変更して爆撃し、三箇所炎上、飛行機一機炎上を認めた。


 高雄空の陸攻隊二十七機は、〇八〇〇高雄を発進し、ニコルス飛行場へ向かったが、こちらも雲量が多く攻撃を断念し、バタンガス飛行場に目標を変更して爆撃し、格納庫一炎上、飛行機三炎上、五機撃破を認めた。


 三空の零戦隊は、〇八一五高雄を発進しマニラ上空の戦闘機掃蕩に向い、案の定邀撃してきたP35戦闘機八機と交戦してその全機を撃墜し、オロンガボに飛行艇を認めたため、銃撃して六機を炎上させた。


 台南空の新郷大尉指揮の零戦隊二十九機は、〇八一〇台南を発進し、一〇四五クラーク飛行場制圧に向かったが、やはり密雲に阻まれ、目標をイバ飛行場に変更し、地上銃撃に入り三機炎上、三機撃破の戦果を挙げた。他のタルラック飛行場にも向かったが敵機を認めなかった。坂井三郎一飛曹機が、対空砲火の被弾により発動機不調でビガン島の飛行場に不時着し、修理の上帰途についている。

 同じ台南空の瀬藤満寿三大尉の指揮する零戦隊九機は、〇八一〇台南を発進してスビック湾のオロンガポの飛行艇を攻撃して、四機を炎上させて二機を撃破して帰還した。


 十二日はクラークフィールド地区の天候が悪く制圧が不十分であったため、再度十三日戦爆連合による攻撃計画を実行した。


 一空 九六式陸攻 二十六機  六〇㌔×三一八

       ニコルスフィールド攻撃

   指揮官 尾崎武夫 少佐

    第一中隊 尾崎武夫 少佐 直卒  九機

    第二中隊 福岡規男 大尉     八機 

    第三中隊 金子義郎 大尉     九機

 鹿屋空 一式陸攻 二十六機  二五〇㌔×二、

                 六〇㌔×三〇六 

       デルカルメン攻撃

   指揮官 三宅正之 大尉

    第一中隊 三宅正之 大尉 直卒 八機

    第二中隊 楠畑義信 大尉    九機

    第三中隊 中川正義 大尉    九機

 鹿屋空 一式陸攻 二十六機  二五〇㌔×二、

                 六〇㌔×三〇六

       オロンガボー、イバ攻撃

   指揮官 足立次郎 大尉

    第一中隊  足立次郎 大尉 直卒 九機

    第二中隊  峯 宏  大尉    九機

    第三中隊  横溝幸四郎 大尉   八機


 台南空  零式艦上戦闘機 一八機+陸偵二

  指揮官 浅井正雄 大尉

   第一中隊 第一小隊 一番機 浅井正雄 大尉

             二番機 篠原良恵 二飛曹

             三番機 本田敏秋 三飛曹

        第二小隊 一番機 宮崎義太郎 飛曹長

             二番機 太田敏夫 二飛曹

             三番機 島川正明 一飛

        第三小隊 一番機 酒井敏行 一飛曹

             二番機 有田義助 二飛曹

             三番機 本吉義雄 一飛

   第二中隊 第一小隊 一番機 若尾 晃 大尉

             二番機 石原 進 二飛曹

             三番機 西山静喜 一飛

        第二小隊 一番機 笹井淳一 中尉

             二番機 倉富 博 三飛曹

             三番機 石井静夫 三飛曹

   第三中隊 第一小隊 一番機 原田義光 飛曹長

             二番機 上平啓州 一飛曹

             三番機 山上常弘 二飛曹

         誘導   操縦  上別府義則 二飛曹

              偵察  古川 渉 飛曹長

         誘導   操縦  西堂政美 二飛曹

              偵察  岩山 孝 二飛曹


 三空  零式艦上戦闘機 一八機+陸偵一

  指揮官  向井一郎 大尉

   第一中隊 第一小隊 一番機 向井一郎 大尉

             二番機 尾関行治 二飛曹

             三番機 園山政吉 三飛曹

        第二小隊 一番機 小泉藤一 飛曹長

             二番機 中仮屋国盛 二飛曹

             三番機 谷川幹雄 一飛

        第三小隊 一番機 竹中義彦 一飛曹

             二番機 鈴木金雄 二飛曹

             三番機 古川信敏 三飛曹

   第二中隊 第一小隊 一番機 蓮尾隆市 大尉

             二番機 中島文吉 二飛曹

             三番機 昇地正一 三飛曹

        第二小隊 一番機 久保一男 飛曹長

             二番機 大住文雄 一飛曹

             三番機 坂本 武 一飛

        第三小隊 一番機 佐々木芳己 一飛曹

             二番機 岡崎繁雄 三飛曹

             三番機 田尻 清 一飛 

     誘導      操縦  高橋武志 三飛曹

             偵察  木崎義丸 一飛曹


 一空陸攻隊二十六機は〇九三〇台南を発進してニコルス飛行場爆撃に向い、一三五〇同飛行場に対して爆撃を敢行し、二箇所に火災を確認し、小型機三機を撃破した。


 鹿屋空陸攻隊二十六機は〇九四五台中を発進し、一三四〇ニコルス飛行場を爆撃し、格納庫一棟炎上、大型機八機撃破の戦果を挙げたが、被弾機も十一機に達した。


 高雄空足立大尉の陸攻隊二十六機は〇九一五高雄を発進しクラークフィールドに向かったが今日も雲に覆われ、第一中隊と第三中隊がオロンガボーを爆撃、第二中隊はイバ飛行場を爆撃した。戦果は不明である。

 同空の三宅大尉の陸攻二十六機は、足立隊に続いて高雄を発進し、一二二五にデルカルメン飛行場を爆撃し、基地にあった二機を炎上させ、五機を破壊した。


 台南空は一〇三〇台南を発進した。その後三機が故障により引き返し、十五機で戦場に到着したが、上空に敵機に姿はほとんどなく、P40一機を撃墜するにとどまった。ニコルス、ニールソン、キャンプ・マーフィ飛行場を銃撃し、大型機二機を炎上させ、大型機三、小型機七機を撃破した。倉富三飛曹が行方不明未帰還となった。


 三空は〇九五〇に高雄を発進し、一二二〇クラークフィールドに達したが、上空に敵機の姿なく、デルカルメン飛行場を銃撃し、P35四機、練習機八機を炎上させ、P35六機、P40一機を撃破した。鈴木金雄二飛曹が未帰還となり、大住一飛曹は、被弾して重傷となったが、ビガン飛行場まで飛び不時着した。


 八日から十三日にかけての、航空撃滅戦により米空軍は大打撃を受け、日本軍の推定では、およそ三〇〇機以上の米比空軍機に損害を与えたものと判断した。

 海軍航空隊の損害は、戦闘による損失は陸攻一、零戦一二であり、これに不時着、事故などによる損失は、陸攻七、零戦五であり、作戦損失は二十五機であった。

 ルソン島における航空作戦は終焉を迎えたのである。

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