第五話 海軍航空隊出撃

 八日午前二時、台南空の搭乗員たちは起床して真新しい下着に着替え飛行場指揮所に集まってきた。南国とはいえ、冬場の寒い風が顔面を過ぎていく。上を見上げると闇夜に星が輝いていた。地上では出発準備に向けて灯を灯して作業をしている音が響いていた。


 指揮所にはおむすびが用意されていた。皆声を発することもなく、手をおむすびに伸ばし、美味しそうに貪っていた。

 発進は午前四時の予定であり、しばらくその時を待つのみであった。


「ところが、時計の針が三時を過ぎた頃、ふと気がついたのだが、いつのまに忍びよったのか、薄い乳色の霧が飛行場をつつみはじめていた。

 おや、と思って見ていると、その霧はだんだん濃くなってゆく。そうして、ついには五メートル先も見えないほどのめずらしい濃霧になってしまった。

 予定の四時発進は変更された。まったく予期しない天のいたずらである。だれもかれもが、不安そうに腕時計をちらちらと見ている」

                  (前掲書「大空のサムライ」より)


 霧は台南基地だけでなく、高雄も同様に深い霧に包まれ、飛行機の発進は不可能で延期されていた。


 七日二一三五時、台南基地から天候偵察のために陸攻二機が発進していた。一番機は金子大尉が指揮し低高度、二番機は高高度で進撃予定航路を南下し、比島北西端ボエアドル岬沖を通過し八日の〇一三〇にコレヒドール島の二二〇度二五浬の地点に達して反転北上した。二番手の天候偵察機二機が二三五五基地を飛び立った。

 二番機には島田航空乙参謀が搭乗していた。一番機はルソン海峡バタン島の西一〇〇浬で反転、二番機はさらに一〇〇浬南下した上で反転した。天候は夜間進撃可能と判断報告された。


 米軍側はレーダーでこの偵察機を探知し、イバ、クラーク基地に対して戦闘機の待機を命じ、妨害電波の使用を始めた。米軍はイバ基地より六機の邀撃戦闘機を発進させたことを高雄の通信隊が傍受していた。

 このことから、米軍の邀撃能力は夜間でも可能なほど優秀であると判断した。

 両偵察機隊は、帰還は台南は濃霧に覆われ着陸できず、台中基地へ着陸している。


 濃霧のために発進は遅れ、ために黎明を期してマニラを空襲することは不可能となった。 

 指揮所から突然に

「味方機動部隊は、ハワイ奇襲に成功せり」

 と発表があった。寝耳に水の発表があり、ついに戦争に突入したという実感が湧き起こり、指揮所に集まっていた搭乗員たちから、

「ワーッ!やったぞっ!」

 という喚声が上がった。しかし、これで、マニラ奇襲するというのはなくなってしまったと思った。敵は待ち構えているのだと。

 九時を過ぎると、霧が薄らぎはじめてきた。

「搭乗員は、指揮所に集合せよ」との号令がかかり、指揮所に集まった。台南空では飛行隊長の新郷大尉からの訓示注意事項が達せられた。


「諸君が日夜猛訓練に励んできた成果の如何は、本日の出撃によって決まるのである。わが台南海軍航空隊戦闘機隊は、一空、鹿屋空の九六ならびに一式陸攻を護衛し、フィリピン空軍を撃滅、制空権を確保することにある。第三航空隊も同時に攻撃に参加するが、絶対に遅れをとってはならない。

 相手は支那空軍とは異なり、大国米空軍である。相当手ごわいものと覚悟せねばならない。わが戦闘機隊の任務は、あくまで陸攻隊の掩護である。空中における敵戦闘機を一掃し、なんらの抵抗もなくなったことを確認するにいたったならば、ただちに爆撃に漏れた地上の敵機および格納庫等、軍事施設を銃撃せよ。敵地上空における空戦時間は十分間。それ以上はいかに敵機がいようとも、戦闘をつづけてはならない。帰投に要する燃料が不足するからである。

 戦闘を終えての集合地点は、マニラ北方にあるピナツボ山の上空四千メートル。また、不幸にして被弾もしくはエンジン不調で不時着をよぎなくされた場合は、マニラ湾内のキャビテ付近にわが軍の潜水艦がいるはずであるから、そこへ行け。また、アパリも不時着可能のはずである。各中隊長は注意を与よ。霧が晴しだいに出撃する」

    (台南空一等飛行兵 島川正明著「台南戦闘機隊南方の空を征く」丸別冊太平洋証言シリーズ8『戦勝の日々』所収)

 

 島川一飛は第二大隊の浅井中隊長の指揮下であったので、浅井大尉からの訓示注意を聞いた。

「わが中隊の任務は、一空の九六陸攻を掩護し、邪魔だてせんとする敵戦闘機を撃滅して、陸攻隊の地上銃撃を容易ならしめ、爆撃もれの地上機および軍事施設を銃撃して、敵空軍を粉砕するにある。諸子の奮闘を期待する。地上銃撃の合図は私が行う」 (前掲書より)


 そのあと、各小隊に分かれて小隊長からの指示があり、その後出撃の合図があるまで、各自が愛機の翼下などでその時が来るのを待ち続けた。

 霧は晴れてきた。青空が見えてきた。いよいよ出撃である。

 台南基地では一空の九六式陸攻がチョークを外され、エンジン音を轟かせながら滑走路の離陸地点へと移動を開始する。司令、整備員、基地員が滑走路脇に並んでいる。エンジン音の高鳴りが始まると、指揮官機が滑走を開始した。

 滑走路脇では帽子をとり“帽ふれ”をして見送っている。陸攻は爆弾と燃料と搭載しているため、滑走路末端ギリギリまで使いながら、ゆっくりと地上を離れて上がっていった。


 時に十時である。

 後続して次々と見事な離陸をして前の機影を追う。

 ところがである。第三中隊の二番機が離陸中滑走路半ばでパンクでもしたのか、右に傾いたかと思うと、右の翼を地面に接触させ、火花が散り火災が発生したかと思うと、バッと火炎が広がり、陸攻の機体を炎が包んだ。そして、燃料が燃え広がり、機銃弾がバンバン弾ける音がして、そのあと積載していた爆弾がドーンと爆発し、機体は黒煙とともに弾け飛んだ。

 平時なら当然、飛行禁止となり救助作業、復旧にとりかかるところであるが、今日のところは、消化活動、救助活動、復旧に取り掛かりながらの出撃となった。

 事故機の死亡者は五名、重傷者は二名であった。(「行動調書」より)


 陸攻隊の離陸はほとんど最後であったので、しばらくしたのちに、台南空の零戦が離陸を開始した。

 各機が地上を離れ旋回しながら編隊を組み飛行場上空から離れたのは一〇四五時と記録されている。

 台南から南下していくと高雄基地である。ここで合流する三空の零戦一中隊が合流してきた。

 零戦の離陸時は胴体タンクの燃料を使用するが、離陸上昇後、プロペラの回転数をいっきに下げて、訓練通りの千八百回転に抑え、胴体タンクから増槽タンクに切り替える作業を行う。できるだけ早く切り替えるかが節約の方法である。

 先に離陸した陸攻隊が旋回しながら、零戦隊の集合を待っている。そして、基地上空から南へ針路を向けた。

 台南空の島川一飛によると、訓練中に着けていた落下傘はつけていなかったという。そして、万一のための拳銃を肩から吊し胸部のライフジャケットの紐にさしこみ、チャートを左の飛行靴に突っ込んだ状態であったという。

 高雄基地から高雄空の一式陸攻が一〇三〇発進し、一〇四五に鹿屋空の一式陸攻が発進、そのあと一〇五五に三空の零戦が発進した。

 総兵力は陸攻隊百八機、零戦が八十九機の発進であった。

 各航空隊の明細は次に様である。陸攻隊の搭乗割は搭乗名などは省略する。


 高雄空 一式陸上攻撃機  二十七機 各機六〇㌔×一二

              クラーク飛行場攻撃

  指揮官 野中太郎 少佐

    第一中隊  野中太郎少佐 直卒  九機

    第二中隊  楠畑義信大尉     九機

    第三中隊  中川正義大尉     九機


 高雄空 一式陸上攻撃機  二十七機 各機六〇㌔×一二

              イバ飛行場攻撃

  指揮官 須田佳三 中佐

    第一中隊  須田佳三中佐  直卒 九機

    第二中隊  峯 宏 大尉     九機

    第三中隊  横溝幸四郎大尉    九機


 鹿屋空 一式陸上攻撃機 二十七機 各機二五〇㌔×一

                    六〇㌔×六

  指揮官 入佐俊家 少佐

    第一中隊  入佐俊家少佐  直卒 九機

    第二中隊  森田林次大尉     九機

    第三中隊  田中武克大尉     九機


 一空 九六式陸上攻撃機 二十七機 各機六〇㌔×一二

  指揮官 尾崎武夫 少佐

    第一中隊  丸山宰平大尉     九機

    第二中隊  福岡規男大尉     九機

    第三中隊  野中五郎大尉     九機

      (第二小隊二番機離陸時パンク火災爆発)


 三空 零式艦上戦闘機  四十四機

  指揮官 横山 保 大尉

   指揮中隊 第一小隊 一番機 横山 保 大尉

             二番機 武藤金義 二飛曹

             三番機 名原安信 三飛曹

        第二小隊 一番機 赤松貞明 飛曹長

             二番機 矢野 茂 一飛曹

             三番機 園山政吉 三飛曹

  第一大隊 指揮官 黒澤丈夫 大尉

   第一中隊 第一小隊 一番機 黒澤丈夫 大尉

             二番機 徳地良尚 一飛曹

             三番機 山谷初政 二飛曹

        第二小隊 一番機 杉尾茂雄 一飛曹

             二番機 中納勝次郎 二飛曹

             三番機 増山正男 一飛 

   第二中隊 第一小隊 一番機 中原常雄 特務少尉

             二番機 秀 寿  一飛曹

             三番機 八幡猪三郎 三飛曹

        第二小隊 一番機 中瀬正幸 一飛曹

             二番機 畠山義秋 一飛曹

             三番機 鈴木金雄 二飛曹

  第二大隊 指揮官 向井一郎 大尉

   第一中隊 第一小隊 一番機 向井一郎 大尉

             二番機 尾関行治 二飛曹

             三番機 古川信敏 三飛曹 

        第二小隊 一番機 竹中義彦 一飛曹

             二番機 中仮屋国盛 二飛曹

             三番機 伊藤文雄 三飛曹

   第二中隊 第一小隊 一番機 小泉藤一 飛曹長

             二番機 手塚時春 一飛曹

             三番機 小林勝太郎 一飛

        第二小隊 一番機 佐々木芳包 一飛曹

             二番機 岡崎繁雄 二飛曹

             三番機 田尻清治 一飛

  第三大隊 指揮官 宮野善治郎 大尉

   第一中隊 第一小隊 一番機 宮野善治郎 大尉

             二番機 小島 保 二飛曹

             三番機 松本善平 一飛

        第二小隊 一番機 工藤修 飛曹長

             二番機 岡崎正喜 一飛曹

             三番機 倉内 隆 三飛

        第三小隊 一番機 岡本重造 一飛曹

             二番機 橋口嘉郎 三飛曹

   第二中隊 台南空に編入   九機

   後衛中隊 第一小隊 一番機 蓮尾隆市 大尉

             二番機 中島文吉 二飛曹

             三番機 昇地正一 二飛曹

        第二小隊 一番機 久保一男 飛曹長

             二番機 大住文雄 一飛曹

             三番機 吉井三郎 三飛曹


台南空 零式艦上戦闘機  四十五機

  第一大隊 指揮官 新郷秀城 大尉

   第一中隊 第一小隊 一番機 新郷英城 大尉

             二番機 田中国義 一飛曹

             三番機 倉富 博 三飛曹

        第二小隊 一番機 富田光雄 特務少尉

             二番機 酒井東洋夫 一飛曹

             三番機 山上恒弘 二飛曹

        第三小隊 一番機 坂井三郎 一飛曹

             二番機 横川一男 二飛曹

             三番機 本田敏秋 三飛曹

   第二中隊 第一小隊 一番機 瀬藤満寿三 大尉

             二番機 菊池利生 一飛曹

             三番機 野澤三郎 三飛曹

        第二小隊 一番機 中溝良一 飛曹長

             二番機 和泉秀雄 二飛曹

             三番機 秦 収作 三飛曹

        第三小隊 一番機 佐伯義道 一飛曹

             二番機 日高義己 二飛曹

             三番機 石井静夫 三飛曹

  第二大隊 指揮官 浅井正雄 大尉

   第三中隊 第一小隊 一番機 浅井正雄 大尉

             二番機 篠原良恵 二飛曹

             三番機 比嘉政春 一飛

        第二小隊 一番機 宮崎義太郎 飛曹長

             二番機 太田敏夫 二飛曹

             三番機 島川正明 一飛

        第三小隊 一番機 酒井敏行 一飛曹

             二番機 有田義助 二飛曹

             三番機 本吉義雄 一飛

   第四中隊 第一小隊 一番機 若尾 晃 大尉

             二番機 河野安治郎 二飛曹

             三番機 青木吉男 三飛曹

        第二小隊 一番機 原田義光 飛曹長

             二番機 上平啓州 一飛曹

             三番機 藤村春男 一飛

        第三小隊 一番機 佐藤康久 一飛曹

             二番機 石原 進 二飛曹

             三番機 西山静喜 一飛

  第四戦闘隊 (三空より編入)

   第六中隊 第一小隊 一番機 牧 幸男 大尉

             二番機 広瀬良雄 三飛曹

             三番機 島田三二一 一飛

        第二小隊 一番機 磯崎千里 飛曹長

             二番機 坂口音治郎 一飛曹

             三番機 福山清武 三飛曹

        第三小隊 一番機 小池義男 一飛曹

             二番機 西浦国松 二飛曹

             三番機 河西春男 一飛


 総出撃数のうち、一空の九六式陸攻一機が事故により損失。

 鹿屋空では離陸後一機が発動機不調により引き返している。

 三空では、工藤修飛曹長機が離陸後引込脚が収納せず引き返し、松本善平一飛機が途中機銃試射の確認の際、弾丸が出ず断念して引き返している。台南空では、日高義己二飛曹が同じく離陸後脚が収納できず引き返している。

 実際に攻撃に参加した機数は、陸攻隊百六機、零戦隊が八十六機である。総数二百機に及ぶ大編隊がフィリピン目指して飛行していった。

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