第三話 図上演習

 九月六日御前会議の上『帝国国策遂行要領』なるものが決定された。詳細は省くが、対米英蘭戦争を辞さない決意のもとに戦争準備を完整させるとともに、外交手段を尽くしてわが国の要求の貫徹に努めることをめざした。

 軍令部は九月三日から五日にかけて図上演習を行い、聯合艦隊では九月十一日から二十日にかけて海軍大学校において図上演習を行い、作戦計画案の検討に入った。この日程の中で、九日から十三日の四日間に亘り極秘裏にハワイ作戦の特別図上演習も研究された。

 ハワイ作戦特別図上演習は、聯合艦隊、第一航空艦隊の各司令長官、参謀長、首席参謀、航空参謀が参加し、軍令部の第一部長、第一課長と同部員が見学した。その時のメモによれば次の如くの内容であった。


一、作戦要領

  開戦を十一月十六日と予定し、北方航路から真珠湾に近接し米主力

 艦隊に対し奇襲をもって攻撃を決行する。

  途中ミッドウェー攻撃隊を分離して引き揚げ航路掩護のため同島を

 攻撃する。

二、ハワイ作戦充当兵力

 1 第一航空艦隊(第一、第二航空戦隊基幹)

 2 一コ水雷戦隊

 3 第八戦隊

 4 第六艦隊

 5 補給隊

 6 漁船監視艇

三、敵情判断資料

 1 米太平洋艦隊大部の所在地

   真珠湾またはラハイナ泊地

    オアフ島所在敵航空兵力(軍令部第三部十六年九月調査)

     海軍  飛行艇七コ中隊八四機

     陸軍  戦闘機六コ中隊一六二機

          軽爆一コ中隊二七機

           (以上ホイラー基地)

          偵察機二個中隊二六機

          爆撃機六コ中隊七八機

           (以上ヒッカム飛行場)

           うち 第一線機約二〇〇機

 2、太平洋諸島航空基地整備状況

    ミッドウェー 水上基地、飛行艇二コ中隊(二四機)に対する

            施設工事中

    パルミラ  陸上水上基地あり。年三〇〇日雨

    ジョンストン ー 陸上、水上基地あり

    ツツイラ   ー 陸上、水上基地あり

    ハウランド  陸上基地(滑走路一六〇〇米と一〇〇〇米

           の二本)

    ウエーキ  水上基地、飛行艇一コ中隊の施設

 3、オハフ島北方気象状況(水路部気象図)

    無線気象通報(Xー1日まで実施)

四、青軍艦隊作戦計画

 1 第六艦隊の行動

   十月十四日 内地発

     二十日 ウオッゼ着 

   十月二十八日ー三十日  ウオッゼ発

   十一月八日(Xー八日)第三潜水戦隊(潜水艦九隻)

              オアフ島の全周三〇〇浬付近

   十一月十四日(Xー二日) 第三潜水戦隊オアフ島の北寄り

           三〇〇浬付近、第一潜水戦隊(潜水艦一〇隻)

           オアフ島の南寄り三〇〇浬付近

   十一月十五日(Xー一日)オアフ島の六〇浬圏内に二〇〜三〇浬

           間隔の監視につめる。第一潜水戦隊の一コ潜水

           隊はニイハウ島に救難配備

 2 機動部隊

  ア 主隊所在(開演時)ミッドウェーの北北西九〇〇浬圏外

  イ 燃料補給 十一月八日(Xー八日)、同十三日(Xー三日)の

         二回補給

  ウ 漁船監視艇配備 十一月十二日(Xー四日)にて主隊の正横後

    となる

  エ 十一月十三日(Xー三日)ミッドウェー破壊隊分離

 3 赤軍に関する情報

  ア 敵情⑴十一月十一日(Xー五日)米艦隊真珠湾在泊の情報を

    十一月十二日に入手

  イ 敵情⑵十一月十五日(Xー一日)第八戦隊を進出させ、薄暮水

    上偵察機をもってオアフ島の隠密偵察を企図したが、その直前

    に十一月十四日(Xー二日)の米艦隊真珠湾在泊の情報入手、

    これを取り止む

  ウ 警戒六直配備飛行哨戒一日三回(日出前、昼間、日没後)

    四〇〇浬圏内

  エ 十一月十四日 南方に潜水艦らしいもの発見

  オ 十一月十五日 同右

  カ 十一月十五日から二直配備、一日二回、六〇〇浬に拡大

  キ 十一月十五日夕刻オアフ島北方において敵飛行機わが機動部隊

    発見

    全貌報告未済のうちにわが方これを撃墜す

五、空襲決行

  わが機動部隊は真珠湾攻撃決行に決し、針路一八〇度に変針南下

  わが潜水艦から敵重巡一〇隻出撃北上発見の報告あり

  早朝、オアフ島北方二〇〇浬から攻撃隊発進

  第一次攻撃  戦闘機五四機    攻撃隊掩護

         爆撃機七二機    敵飛行場攻撃

         攻撃機(雷)五四機 敵戦艦攻撃

         攻撃機(雷)九機  敵空母攻撃

       計 一八九機

  第二次攻撃  戦闘機三六機    攻撃隊掩護

         爆撃機五四機    敵空母攻撃

         攻撃機(雷)五四機 敵戦艦攻撃

         攻撃機(雷)二七機 敵巡洋艦攻撃

       計 一七一機 

      総計 三六〇機

六、戦果判定

 1 主力艦四隻沈没、一隻大破

 2 空母二隻沈没(レキシントン、ヨークタウン)

   一隻大破(サラトガ)

 3 巡洋艦三隻撃沈、三隻勢力半減

 4 敵機撃墜

     戦闘機撃墜 五〇機

     地上撃破  八〇機

     来襲機撃墜 五〇機

     計    一八〇機

七、わが方の被害

 1 当日、所在航空兵力の反撃によりわが損害

   空母二隻沈没、二隻小破

   飛行機損害

      戦闘機  五〇機

         爆撃機  三六機

         攻撃機  四一機

         計   一二七機(攻撃機数の三五%)

 2 第二日

   空母一隻沈没、一隻水上勢力半減と判定され、機動部隊の空母は

  全滅となったが、再判定により結局空母勢力半減とされた。

八、研究会

  この研究会では、実行の要否に関する論議は行われず、第一航空艦

  隊側から、作戦の要件として次の意見が開陳された。

 1 ハワイ作戦は奇襲が絶対必要条件であること

 2 水雷戦隊は一六隻編成(第四、第十六、第十七、第十八駆逐隊)

   とすること

 3 第六艦隊を機動部隊の指揮下に入れること

 4 第八戦隊の搭載機は三座機とすること

 5 零戦の二八〇節の制限速力の解決を要すること

 6 最も知りたいこと

    ハワイにおける米側の哨戒圏

    真珠湾泊地の状況、艦隊の停泊位置

    フォード島の南側の雷撃の能否

               (「戦史叢書 ハワイ作戦」 より)


 図上演習では、米艦隊に対する相当の損害を与えたが、こちらも手痛い被害を蒙る演習結果となった。そして、どうしても哨戒機に発見される確率が高いことは確実と予想され演習でも敵哨戒機に発見され、奇襲攻撃の方法が問題となることが確認された。


 九月の二十四日には、海軍軍令部第一課の作戦室には、福留第一部長、富岡第一課長、他第一課の部員、聯合艦隊司令部からは宇垣参謀長、黒島、佐々木両参謀、第一航空艦隊司令部から草鹿参謀長、大石参謀、源田参謀が集まっていた。ハワイ作戦の検討会である。


「ハワイ作戦についてだが、まず実施部隊となる草鹿参謀長の意見を伺いたい」

 と福留第一部長が聞いた。

「奇襲を行うことができるかどうかが成否の鍵であるが、日米間の国際緊張が激化している現状においては、戦略的奇襲は難しいだろう。戦術的な奇襲のほか道はない。むしろそれよりは南方作戦の兵力が足りないので、南方に母艦兵力を転用する方が有利と思うが」

 草鹿参謀長はハワイ作戦にいきなり否定的な意見を述べた。

 大石参謀も同調するように口を挟んだ。

「敵機の哨戒圏が四〇〇浬以上にもなれば、奇襲は極めて困難です。北方航路をとれば発見される確率は低いですが、その代わりに海上で風速十一メートル以上ともなれば、駆逐艦に対しても補給が困難となります、まして戦艦や母艦への補給はなおさら困難です。となれば南方航路選択となり、途中で発見される確率が高まり、奇襲は不可能となります」

 連合艦隊の佐々木参謀は

「南方航路を取らねばならぬとなれば、この作戦はやめた方がよろしいかと。奇襲の能否を論じていても切りがない。断行すべきです」

 と言って、航路について議論すべきではないと話題を変えた。

 福留が言った。

「源田参謀の意見は」

「はっ、私は本作戦は何としても実行すべきと思います。しかし、敵が待ち伏せをしていたならば、成功の算はほとんどないと考えられるのなら、中央において奇襲ができるよう各種手段を講じていただきたい。第一航空艦隊飛行機隊の飛行技術に関しては、敵がラハイナ泊地にある場合は、その戦艦、空母の大部、真珠湾内にある場合でも、戦艦、空母合わせて五〜六隻に致命傷を与え得る確信を持っております。部隊の行動を隠密に期すため、母艦が内地を出発して進撃途上にある場合、内地にある飛行機隊を使って、母艦飛行機隊が内海西部付近で訓練中であるかのごとき、カムフラージュをする必要があります」


 この会議は図上演習後の会議ではあったが、まだ主要な人物はハワイ作戦については否定的な意見が主流であった。

 福留第一部長は最後に

「中央としては、諸般の関係上、できるだけ早く開戦することとしたい。十一月二十日頃を考えている。ハワイ作戦をやるかやらないかは中央で決める」

 と言って会議は終わった。と、なればあと二ヶ月しかないのだ。

 黒島参謀は席を立つとき憮然とした表情で、

「軍議は戦わずですよ」

と大きな声でつぶやいていた。

 

 およそ一週間後、山本長官にこの会議の件を報告した参謀たちは山本長官より大目玉を食らったという。

「だいたい、お前たちは、ハワイ攻撃をやらないで、南方作戦ができると思っておるのか。誰が会議などやってくれと頼んだのだ。戦は自分がやる。会議などやってもらわなくてもよろしい。今度の相手は容易な相手ではないぞ。日本が未だかってこれほどの強敵を相手にしたことはないのだ」


 十月に入り、九日から十三日まで連合艦隊の旗艦長門において図上演習が行われた。

 九日の図上演習開始にあたり、山本長官は訓示を行なっている。


  聯合艦隊集合に際し各級指揮官に訓示

                       聯合艦隊訓示第二号

茲ニ聯合艦隊大部ノ戦備ヲ完了シ開戦ニ応ズル訓練ヲ再興スルニ当リ親シク各艦隊司令長官以下各級指揮官ノ英姿ニ接スルヲ得ルハ本職ノ最モ欣快きんかいトスル所ナリ

 おもウニ帝国ノ直面セル現下ノ情勢ハ正ニ未曾有ノ難局ニシテ帝国ハ日ナラズ米英蘭等数カ国ニ対シ積極的ニ武力ヲ発動シテ自存自衛ノ活路ヲ求ムルノ已ムナキ事態ニ立到ラントシツツアリ

 此ノときニ臨ミ我聯合艦隊ノ責務ハ正ニ絶大ニシテ大命一下直ニ難ニ赴キ寡ヲ以テ此ノ衆敵ヲ破リ克ク皇国ヲシテ泰山ノやすきニ置クノ覚悟全カラザルベカラズ

 戦勝ノ途固みちもとヨリ容易ナラズト雖モ我ニ於テ先ヅ必勝ノ兵力ト待ツアルノ備ヲ倶有スルト共ニ遠望深慮画策ヲ密ニシ将兵一心貫クニ忠誠ノ一念ヲ以テ勇猛果断事ニ当ラバ又何物カ成ラザランヤ

 諸官ハ須ク思ヲ茲ニいたシテ急迫セル本時局ト当面セントスル作戦トヲ部下ニ認識徹底セシメ熾烈ナル奉公ノ意気ヲ以テ速ニ戦力ノ錬成、戦備ノ充実ニ邁進シ本職ト生死ヲ倶ニシテ聯合艦隊ノ使命達成ニ万違算ナカランコトヲ期スベシ

 

 長官に次いで宇垣聯合艦隊参謀長からの口達があった。


 命ニ依リ過般東京ノ打合ニ於テ述ベタル所ト重複ノ点アルヲ顧ミズ聯合艦隊司令長官ノ意ノ在ルヲ敷衍ふえん説明シマス

一 時局ノ見透ニ就テ

 仏印南部進駐以来ノ時局ヲ考察シテ見マスト帝国ト米、英、蘭トノ通商ハ全ク杜絶シ重要物資ハ手ニ入ラナクナリマシタ 最モ重要ナ重油ニ就イテ見マシテモ国内生産量ハ挙グルニ足ラズ 民間、陸軍ノ貯蔵量ハ僅少デ此ノ儘進メバ海軍ノ手持ヲ出シテヤルヨリ外方法ナク之トテモ高ガ知レテ居リマシテ長続キハセズ グズグズシテ居ル内ニ国内ノ貯蔵量ガ或ル程度以下ニナリマスト戦争ヲ始メテ資源地ヲ攻略シマシテモ採油装置ハ破壊セラレマスカラ新タニ掘リ出ス迄ニハ貯蔵量ヲ消費尽シ兵力ノ運用ガ出来ナクナル情態ニ立到リマス 此ノ見地カラ帝国ノ去就ヲ決スベキ時機モ余裕ガナイ次第デアリマス  又米英等ノ帝国ニ対スル最近ノ施策ニ就イテ見マシテモ最後ノ腹ヲ定メタルモノノ如ク最悪ノ事態ニ対処スル為米、英、蒋ノ軍事合作 極東方面ノ兵力及防備ノ増強、「ソ」ノ抱込ニ努ムル一方帝国ニ対スル態度ハ強硬デアリマシテ国交調整ニ関スル米トノ外交交渉モ若干ノ紆余曲折ハアリマショウガ結局成立ノ見込少ナイモノト予測セラレマス 如斯現下ノ時局ハ近ク自主的ニ活路ヲ戦ニ求メザルヲ得ザル様ノ事態ニアルノデアリマシテ非常時ノ永続ニ伴イ従来狼ガ来ルト云ウコトニ狎レタ人々ノ内ニハ又例ノ調子ナラントスル向モ多キヤニ認メラレマスガ廟議一度決セバ戦略展開迄ニ余日幾許いくばくモナイノデアリマスルカラ聯合艦隊将兵ハ此ノ間ノ事情ヲ篤ト了解シ眼前ニ迫ル此ノ未曾有ノ大作戦ニ備エナケレバナラナイノデアリマス 而シテ諸般ノ情勢判断ヨリ聯合艦隊ノ戦略展開ヲ十一月中旬ト予想セラレ之ヲ手近ナ目途トシテ戦力ノ錬成戦備ノ促進ヲ図ラルル次第デアリマス

二 戦備ニ就テ

(イ)聯合艦隊ノ大部ハ所属軍港、原隊等ニ於テ戦備並ニ臨戦準備ヲ了シ所定地ニ集合致シマシタガ此等戦備工事ノ直後ハ各部ノ摺リ合セ不充

分並ニ交代ニ依ル乗員ノ不慣等ニ起因シ兎角故障欠損事故ノ惹起ガ多

クアリマスカラ常ニ充分艦船兵器機関ヲ完備ノ状態ニ維持スル様注意セラレ度イノデアリマス

(ロ)各部ニ於テ其ノ後所要兵器、資料の蒐集、整理、作戦諸計画ノ検討確立ニ努メラレツツアルモノト認メラレマスガ図上研究ノミナラズ特別訓練等ノ成果ニ鑑ミ実兵力ノ運用方面カラモ之ガ検討ヲ加エラレ度イノデアリマス

三 訓練

 支那事変ニ於テハ或時期或部隊ニ於テハ死闘ヲ演ジタノデアリマスガ全般的ニ海軍作戦トシテハ戦争ト云ウニハ恥カシイ程度ノモノデアリマス

 聯合艦隊ノ直面スル将来作戦ハ如斯ナマヤサシイモノデハナク一以テ数敵ニ対抗シ相当無理ナ作戦モ押切ル必要上各部隊艦共死闘ヲ演ジ而モ之ヲ各所デ繰リ返サネバナラヌノデアリマス

 万一ニモ帝国海軍将士ガ現実変ニ狎レテ知ラズ知ラズノ間ニ将来戦ヲ甘ク見又ハ死闘ヲ避ケントスルガ如キ気構デアリマシテハ悔ヲ千歳ニ貽スコト明デアリマシテ如何ニシテヨリ克ク君国ノ為死スベキカノ部下指導コソ勝利ヲ得ルノ大道ナリトセラルル所デアリマス 従ッテ此ノ覚悟此ノ気構ヲ以テ訓練ニ当リ而モ充分ナル必勝ノ信念ヲ獲得スル様努力セラレンコトヲ望ム次第デアリマス

 尚訓練ニ就キ二、三申述ブレバ

(イ)基礎戦力ノ錬成確立

 大ナル異動交代ニ依リ戦力低下セル現状ニ於キマシテハ先ヅ以テ各個艦、隊ノ基礎戦力ヲ錬成確立スルコトガ最モ大切デアリマシテ泊、航海ヲ問ハズ全力ヲ挙ゲテ之ガ錬成確立ニ努メラレタイノデアリマス

(ロ)強靭ナル戦力ノ持続発揮

 戦闘ハ恰モ拳闘ノ様ナモノデ互ニ損害ノアルベキハ当然デアリマス 

 只敵ヨリ受クル被害ヲ局限シ最後迄戦力ヲヨリ克ク持続発揮スル方ガ勝利ヲ獲ルノデアリマシテ攻撃力ノ発揮ト共ニ其ノ反面タル防禦ニ就キ遺憾ナキ様訓練セラレ度イノデアリマス

(ハ)戦力ノ発揮ハ各級幹部ノ伎倆如何ニ負ウ所甚大デアリマス

 各級指揮官ニ於カレマシテハ下士官兵ノ教育ト併行シ各種手段ヲ尽シ千変万化ノ実戦場裡ニ処シ融通性アル伎倆ノ錬成向上ニ努メラレ度イノデアリマス

(ニ)開戦部署ニ依ル初頭ノ作戦ハ戦争全局ヲ支配スル一大重要作戦トシテ重視セラルル所デアリマシテ各隊、艦ハ之ガ完遂ニ遺憾ナキ様研究演練ニ努力セラレ度イノデアリマス

(ホ)開戦後数ヶ月ノ間ハ各隊、艦ガ単独デ作戦シ戦闘スル機会ガ大デアリマス 然ルニ聯合艦隊従来ノ訓練ハ難事トスル艦隊決戦前後ノ訓練ヲ重視セル結果右情況ニ適合スル個々ノ訓練研究ガ不充分デアルト認メマス 

 各部ニ於カレテハ本作戦時機ニ於ケル各種状況ヲ予想シ予メ之ニ対処スル方策ヲ兵棋等ニ依リ研究シ特別訓練期間等ニ於テ訓練ヲ遂ゲラレ度イノデアリマス

(ヘ)決勝前後ノ訓練ニ就キマシテハ開戦部署ニ依リ各部隊ガ戦略展開後ハ演練ノ機会ガナイノデアリマスルカラ聯合艦隊及各隊ノ戦策ニ精通セラレ兵棋、図演及実兵指揮ニ依リ速ニ一通ノ練度ニ到達セラレ度イノデアリマス 而シテ十一月中旬迄ニハ余ス所僅ニ一ヶ月余ニ過ギマセヌ

 此ノ短期間ニ右要望ヲ充足スルニハ異常ナル努力ヲ必要ト致シマス 各隊、艦ニ於カレテハ碇泊、航海諸訓練ノ効果ヲ最大ニ発揮スル如ク案画指導ニ最善ノ努力ヲ払ハレ度イノデアリマス

五 其ノ他ニ就テ

(イ)人員ハ勿論艦艇兵器共ニ重要ナル戦力要素ニシテ一トシテ余剰アルモノ無キ現下ノ状態ニ於キマシテハ此等ノ損傷、亡失ハ容易ニ修復、補填ノ道ナク直ニ作戦ニ影響スル所デアリマス 艦隊兵力ハ著シク尨大トナリ隊員ノ素質ガ低下シテ居ル現情デ且異動後一、二ヶ月ハ兎角保安上ノ事故ガ多発シ易イノデアリマスカラ保安ニ関シテハ此ノ上共留意指導セラレ度 万一事故発生ノ場合ハ大事ニ至ラザル如ク機ヲ失セズ万全ノ措置ヲ講ゼラレ度イノデアリマス 但シ事故防止ノ為訓練ヲ差控エルト云ウ意味デハ毛頭ナイノデアリマス

 真剣ナル訓練ノ際ハ事故ハ却ッテ起サナイノデアリマシテ猛訓練ト事故防止ト両立スル如ク不断ノ注意ヲ望ム次第デアリマス

(ロ)零式戦闘機増産ノ為零式観測機ハ明年二月頃迄之ガ大部ノ生産ヲ中止セラルルコトニナリ且二座水偵ノ補充機ハ余裕少ナイ現状デアリマシテ事故等ヲ頻発シ多数ノ機材ヲ損耗スル場合ハ之ガ補充困難トナリ勢イ搭載機数ヲ減ズルノ已ムヲ得ザル情況ニ立到ルコトトナリマスノデ飛行機ノ事故防止ニ関シマシテモ充分留意セラレ度イノデアリマス 尚航空兵力ノ急増ニ伴イ之ガ機材、燃料ノ損耗ハ急激に増加シ一方生産力ノ拡充ハ諸種ノ理由ノ為遺憾ナガラ捗ラザル情況デアリマシテ飛行訓練ハ事前事後の研究ヲ周密ニシ他科トノ連絡ヲ充分ニシ最モ効果的ニ実施セラルル如ク特ニ留意アリ度イノデアリマス

(ハ)訓練ガ激烈ニナレバ乗員ノ睡眠時間ガ不充分ニナリ勝デアリマスガ之ヲ続ケレバ結局訓練効果挙ラズ健康ヲ害シ事故ヲ惹起スル因トモナリマスカラ睡眠時間ハ特別ノ場合ノ外充分与エラルル如ク指導セラレ度イノデアリマス


 演習が終わった後、山本長官は各級指揮官を前にして全員に告げた。

「ハワイ作戦について、色々と意見があるが、私が聯合艦隊司令長官である限りは、この作戦は必ず実施します。以後再び、この問題について論議しないようにしてもらいたい。ただ、実施するに当たっては、実施するものが納得するような方法でやりたい。以上である」

 山本長官は皆の顔をゆっくりと見渡した。

 参加していた者は皆圧倒されんばかりの迫力をずしりと感じていた。


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