落語 かみさんのお年玉

紫 李鳥

落語 かみさんのお年玉

 


 えー、秋風亭流暢しゅうふうていりゅうちょうと申します。


 一席お付き合いを願いますが。


 ここで、いつもの小話を一つ。


 暦の上では、もう冬至とうじだな? 


 そうなのよ、冬至と言えば、湯治とうじに行くのが当時からの決まりよ。当事者が言うんだから間違いない。


 って、単なる駄洒落じゃねぇか。


 ま、冬至だからって、別に湯治に行く決まりはねぇんですがね。


 えー、冬至とは関係ねぇんですが、湯治とはちっとばかり関係があるかも、カモーンでして。




 鳶職とびしょく喜助きすけは、三十近けぃってぇのに、まだ独りもんでぃ。こまめに朝食を作るってぇと、独りわびしく食べるわけですな。


「あ~……どっかに、おいらの嫁さんになってくれる女はいねぇかな……」


 沢庵たくあんをポリポリやるってえと、いつものようにボヤくわけでして。


 仕事柄、女に縁のねぇ喜助だ。今みてぇに合コンなんてぇもんもねぇ。ましてや、こまめに自炊してる喜助は屋台で食う事も滅多にねぇから、ホント、女との出会いは皆無だ。溜め息混じりに、茶で洗い落とした茶碗の飯粒をすすり終えるってぇと、茶碗と箸を箱膳はこぜん仕舞しまうわけですな。



 仕事から帰るってぇと、手ぬぐいを片手に湯屋ゆや(銭湯)に行き、戻るってぇと、また侘しいお食事タイムだ。


 棒手振ぼてふり(荷を担いで売り歩く)から買った、豆腐と長ねぎで湯豆腐なんか作っちゃって、孤独な一人鍋でぃ。


 火鉢ひばちに土鍋を載せるってぇと、酒の好きな喜助は、湯豆腐を肴に晩酌をするわけですな。仕事を終え、湯屋で垢を落としてからのこのいっぺぇが、喜助には何よりのたのしみなんですな。


「グイ。……ん、うめえ~」


 って、一人ならではの独り言を言うわけだ。今と違って、ドラクエだのプレステだのが在るわけじゃねぇから、話し相手の居ねぇ一人もんは何の楽しみもねぇ。


 なー、そりゃあ、独り言の一つ言わねぇと、ストレスが溜まっちまうわな。


 えー?外じゃ、親方にこっぴどく叱られ、うちじゃ、叱るどころか小言一つ言ってくれる相手もねぇ。寒暖の差が激しい過ぎらな。


 えー?好きな酒でも飲んで、さ晴らしの一つもしねぇと、身が持たねぇやなぁ。


「……そうだな、歳の頃なら二十二、三。笑顔の可愛ぇ、ぽっちゃりしたのがいいな。


『お前さ~ん、お帰り』


 なんて、愛敬あいきょうのある顔で迎えてくれて。


『ああ、ただいま』


 脱いだ印半纏しるしばんてんを手渡しながら、


『めしは?』


 と一言ひとこと


『ええ、出来てるわよ。お前さんの好きな芋の煮っころがしを作っといたわ。その前に湯屋にでも行っておいでな』


『ああ、そうするか』


 湯屋から戻るってぇと、晩酌付きの夕飯だ。


『お前さん、一杯、どうぞ』


 そう言って、銚子ちょうしを手にして、


『お仕事、ご苦労さん』


 なんて、ねぎらいの言葉と共に、色っぺぇ目で見られた日にゃ、もうたまんねぇぜ」


 と、ま、酔いと共に、独り言も弾むわけですな。温くなった銚子を土鍋の真ん中で温め直して、また、妄想にふけりながらチビチビやるわけだ。酔いも回って、いい気分でうつらうつらしてるってぇと、




「お前さ~ん」


 マシュマロみてぇに甘ったるい女の声が耳元でした。夢でも見てんだろうと、目を開けねぇでいると、


「お前さんてば」


 また、同じ声でぃ。


「……なんだよ」


 つい、うっかり返事しちまった。


「布団で寝ないと、風邪引くわよ」


「……ぁぁ、そうか」


 言われた通りに布団に入るってぇと、


「……ムニャムニャ……えっ!えーーー?」


 って、やっと、真相に気付いた喜助はパッと目を開けた。だが、誰もいねぇ。行燈あんどんの明かりがゆら~りと動いただけだ。


「……やっぱ、夢か」


 夢だと思った喜助は、行燈を消すってぇと布団に潜り直した。




 寝付いた時分だ。


「あ~~~ん」


 耳元で、色っぺぇ女の≪天城越え≫。……もとい、≪あえぎ声≫がした。また、夢かと思いながら、悪くねぇ夢なんで、目を開けねぇでいると、チクビやらデベソやらナニやら、突起物全般を撫でられて、気持ちいいのなんのって。……嗚呼ああ、極楽だぜ。こんな夢なら毎晩でも見てぃなぁ。そんな事を思いながら、女の体に触ろうとしたが、金縛かなしばりにあったみてぇに両手とも動かねぇ。


 ……ま、夢ん中だ。そう都合よくはいかねぇか。


 なんて、勝手に納得するってぇと、女のテクに任せる事にした。順序よく事が進むってぇと、


「あ~あ~あは~ん」


 女がエクスタシーの声を上げた。


 喜助も、それに釣られて、


「oh!no~.」


 って、ろくすっぽ英語も知らねぇのに、思わず口から出ちまって、快楽・極楽・ご気楽の3楽ワールドだ。K2に登りつめた喜助は満足するってぇと、ケルンも立てねぇで、その場でバタンキューでぃ。




「――お前さん、起きないと仕事に遅れるよ」


 女の声で目を覚ますってぇと、なんと、一汁一菜の朝飯が枕元にあるじゃねぇか。


 ……これもまた、夢かぁ。


 そう思いながらも、え膳の厚待遇に、喜助は満面の笑みでぃ。


 ……独り身のおいらに同情した、神さんだか仏さんのご褒美かぁ。


 なんて、都合のいいように解釈をするってぇと、早速、


「いただきま~す」


 でぃ。端っから夢だと思い込んでっから、話はスムーズでぃ。大根と油揚げの味噌汁を啜るってぇと、


「うめ~」


 って、顔は馬並みだが、感想はヤギ並みでぃ。食べ終わるってぇと、茶碗を箱膳に仕舞うのも忘れて、浮かれ気分でご出勤でぃ。




 仕事から帰った喜助は、またビックリでぃ。消してったはずの行燈が点いてる上に、火鉢の上にゃ、湯気を立てた土鍋があるじゃねぇか。


 これもまた夢だろうと、大して気にもしねぇで土鍋の蓋を開けてみるってぇと、魚介類に白菜やら椎茸、長ねぎが入った寄せ鍋でぃ。


「おう、豪華版だ」


 喜助は満足するってぇと急いで湯屋に行った。



 大急ぎで湯屋から戻り、ふと、膳を見るってぇと、今度は銚子と猪口ちょこがセットになってるじゃねぇか。嬉しそうに銚子を手にするってぇと、


「おう、飲みごろの人肌じゃねぇか」


 と、ご満悦だ。早速、手酌をするってぇと、


「グイ。……ん~、うめ~。五臓六腑ごぞうろっぷに染み渡るぜい」


 またまた、ヤギ並みの感想を述べるってぇと、鍋を突っついた。


「ァァ、アッチッチ」


 鮭と、とろけた白菜の葉っぱを一緒に食べた喜助は、思わず、


「oh!ブラボ~」


 って、ろくすっぽフランス語も知らねぇのに、ろくすっぽ知らねぇ英語とミックスでい。



 酒もほどほどに、めぇ晩飯を済ますってぇと、早速布団に入った。意図は決まってらな、ゆんべの女に会う為でい。




 喜助がうとうとしてるってぇと、


「お前さ~ん」


 例のマシュマロみてぇな声が、来たぜ、来たぜ、北から来たぜ。期待してってぇ具合でい。


「……会いたかったぜ」


「あたいも……」


 女は喜助の耳元に生温けぇ息を吹きかけるってぇと、例のごとく、スキンシップの始まりよ。興奮の坩堝るつぼに身を震わせながらも、目を開けたら、女が消えちまうんじゃねぇかと心配で、喜助は顔が見てぇのも我慢するってぇと、


「……なぁ、名前は?」


 夢ん中の女をもっと知りてぇ喜助は、身元調査の開始でい。


「……ぉゃぇ」


「おやえちゃんか、いい名前だ。……なぁ、おいらと所帯持たねぇか」


 夢ん中なら、言論の自由が尊重されるだろうと、喜助は思いきって気持ちを打ち明けてみた。するってぇと、


「もう夫婦めおとも同然じゃないか。野暮やぼだねぇ」


 って、喜助の胸元に、“の”の字なんか書いちまって、ねてやんの。


「……だな。夫婦同然だな」


「ね?」


「ん?」


「……子供、何人ぐらい欲しい?」


「そうだなぁ、取り敢えず一人だな」


「男の子?女の子?」


「だな……最初は男の子がいいな」


「ん……分かった」


 おやえは、返事するってぇと、ゆんべ同様のテクで喜助をK2に登らせた。





 そんな幸せが十月十日とつきとおかばかり過ぎた元旦の朝、目を覚ました喜助は驚いた。


 一緒の布団に、赤ん坊が寝てるじゃねぇか。


「オギャ~オギャ~」


「……神さんだか仏さんがくれた≪お年玉≫か?これも夢だろうが、いいじゃねぇか。目を閉じればおやえにも会えるし、幸せでい」


 喜助は嬉しそうに、金太郎の赤いよだれ掛けをした男児を抱き上げるってぇと、一言。






「これが、ホントの、【かみさんの落とし玉】でい」






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