十三章 3


 *



 ゴトリと椅子ごと倒れて、大輝は床にあおむけになった。ひたいに大きな穴があいている。即死だ。


(これで……終わり。今度こそ……)


 みんなのかたきをとったのだ。

 往人の、薔子の、美菜子の、崇志の……クラスのみんなの、殺されたすべての人たちの。


 見おろしていると、階下から足音がかけあがってきた。父と母がひらいたドアから室内をのぞき、悲鳴をあげる。


「大輝!」

「大ちゃん!」


 ずっと愛してほしいと願っていた両親。

 でも、大輝の死体に泣きすがる彼らを今ながめると、蒼嵐には侮蔑の思いしか湧いてこない。


 この人たちのワガママで、死ななくていい人たちが大勢、死んだ。最初から大輝が生贄の数に入っていれば、数人の生贄は殺されなくてすんだかもしれない。町の人たちだって、あんなにたくさん死ぬことはなかった。


「……往人が死んで、おれだけが残ったとき、あんたたちにはわかってたはずだ。そいつが替え子だって。そいつが町の人たちを殺してた連続殺人犯だって」


 母は泣きくずれて死体にすがりついた。


「ウソよ! わたしたちの大ちゃんが、殺人犯のわけないわ! 替え子はあなたでしょ!」


 蒼嵐はショックで言葉が出ない。

 この期におよんで、まだ、そんなことを言うのか。さらってきた蒼嵐を自分の子どもの踏み台にして、少しは申しわけなかったと思わないのか。


「よくも、そんなことが言えるね! おれに謝ってよ! おれのほんとの両親に、こいつのせいで死んだみんなに! 謝ってよ——」

「知らない! そんなこと知らない! わたしたちの大ちゃんを返してよ!」


 母は泣き叫んで話にならない。

 父は渋い顔をしている。


 何を言ってもムダだなと、蒼嵐は思った。この人たちは、ほんとの両親じゃない。だから、蒼嵐を愛さなかった。それだけのことだ。


 そのとき、とつぜん、母がこわばった。

「ひッ」と変な声を出して硬直する。


 大輝が起きあがったのだ。

 ひたいに血の流れる穴をあけたまま、パチパチとまばたきして、ふつうに起きあがってくる。ひたいをつきぬけた弾丸の丸い穴から、脳ミソが見えているというのに。


「お父さん、お母さん。だまされないで。兄さんが替え子なんだよ。僕を身代わりにして、自分だけ助かろうとしてるんだ!」


 父は見てわかるほど青ざめた。自分たちの行為の愚かさに、今さら気づいた顔だった。


 蒼嵐はその父にむかって言いはなった。

「異空様は、こっちの世界での体がほしいんだ。未来予知もできるはずだ。なら、一番、殺される可能性が低い個体に隠れるよね? あんたたちが大輝とおれをすりかえたから、こいつに隠れるのが最善だって考えたんだよ! あんたたち自身が、こいつを替え子にしたんだ!」


 母は今になっても、まだ、わが子への盲愛に我を忘れている。


「違う。大輝は替え子なんかじゃない。わたしたちの可愛い大ちゃんだもの」


 泣き笑いのような表情で、首をふりながら、大輝にしがみつく。

 大輝は笑って母の胸にとびこんだ。

 しかし、母のようすがおかしい。いやにガクガクふるえて、急速に皮膚が茶色くなっていく。それに比例して、大輝のひたいの穴はふさがっていった。


(再生するんだ!)


 それは替え子だからこその能力なのかもしれない。

 人間の細胞を吸いとって、自分の細胞としてとりこんでいる。


 蒼嵐は銃をかまえて撃った。ボスっと音がして、抱きあった母と大輝の体から血が噴く。でも、弾がつきた。カチッ、カチッと虚しい音がこだまする。


 蒼嵐は銃をすて、飛びだしナイフをポケットから出した。

 刃をむけて切りつけようとすると、大輝は母の体をなげつけてくる。母はすっかりひからびて、ミイラになっている。


 蒼嵐はそれをさけようとして、倒れた椅子に足をひっかけた。

 早くしないと、大輝の傷が再生する。そうなると、蒼嵐に勝ちめはない。傷を負っている今がチャンスなのだ。


 大輝のひたいの穴はふさがりかけていたが、脳へのダメージは完全には治っていないようだ。体の動きがにぶい。ときどき痙攣けいれんするし、足がふるえている。


 蒼嵐はころんだまま腕を伸ばして、大輝のふくらはぎにナイフをつきたてた。「ギャッ」と短い悲鳴があがる。

 不思議な力を持ってはいるが、やはり異空様の本体ではない。体は人間だ。替え子とはいえ、傷つけられればダメージを負う。


 そうと知って、蒼嵐は勇気をふりしぼった。


「死ね! 死ねよ! おまえが死ねば、全部、終わるんだ!」


 立ちあがり、逃げようとする大輝の背中に、一度、二度——ナイフを刺す。


 大輝は這うようにして、父のもとへ近づいていく。助けを求めるためだろうと思っていたが、違った。立ちすくんで、ガチガチふるえている父の足に手をかけると、父の細胞を吸いだした。


 愚かな両親の、愚かな結末。


 蒼嵐は同情なんてしなかった。替え子を始末することしか考えていない。これは復讐だ。


「おまえが! おまえさえ、まっさきに死んでれば、誰も死ななかったのに! 死ね! 死ね! 死ね!」


 無防備な背中を、幾度もナイフで切りきざむ。


 心臓だ。心臓を狙え——と、耳元で誰かの声が聞こえた気がした。一瞬、チラリと、崇志の姿が見えた。幻のように大輝のとなりに立って、右から押さえつける。


 左に別の影も立った。

「おれも力を貸すよ。おれたち、ずっといっしょだからな」


 往人だ。


 美菜子の姿も煙のように浮かびあがる。

「あなたには、わたしたちの力も受け継がれている。自分を信じて」


 美菜子たちの力——手刀で人間の体を貫通する力のことか。


「あなたなら、やれるわ」と、背後から声がした。

 それは薔子の声のようだった。


(やるよ。おれ、みんなのために)


 大輝は両足をバタバタして、なんとか霊の呪縛から逃がれようとしている。


「離せ! この死にぞこないが! おまえらなんか、みんな化け物だ。みんな、みんな、殺してやるんだ! 人間なんか、みんな——」


 蒼嵐は大輝の真正面に立った。

 こぶしをにぎりしめ、大輝の胸に叩きこんだ——

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