十三章 2
考えていると、葵が決定的な事実を述べた。
「そういえば、君んちのお母さん、君を生んですぐに実家に帰って、四年ぐらい、こっちにいなかったんだよな。もどってきたときには、君と大輝くんと両方つれてた」
「四年も?」
「近所の人は誰も、赤ん坊のころの君をほとんど知らないよ。産後の肥立ちが悪かったとかで、異空様の祭りのあと、すぐに実家に帰ったらしいから」
「産後の肥立ちって何?」
「赤ん坊を生んだあと、体調が悪くなってしまったってことだ」
おかしい。体調がおかしくなって四年も実家から帰ってこないのに、そのあいだに、もう一人、子どもを生むだろうか?
いや、じっさいには養子なのだが、それにしても体が弱っているのに、実子だけじゃなく、よその赤ん坊まで育てるなんて……。
誰も顔を知らない、両親の実の子ども。
不自然なタイミングでもらわれた養子。
何年も婚家に帰ってこなかった母。
——大輝くんは、ほんとにお父さんにそっくりね。
——君のほうが養子なら、おどろかなかったんだけどな。
そして、もう一つ、とても重大な事実を思いだし、蒼嵐はがくぜんとする。
嘉田楽茉里奈を殺害する夜、あの夢のなかで、替え子は言っていた。
一学年上の茉里奈とつきあっている——と。
(一学年上? だって、嘉田楽茉里奈は二年C組みだった!)
茉里奈は蒼嵐たちの同級生だった。中学ではクラスが違っていたが、小学生のときには何度か同じクラスになったこともある。
つまり、替え子は中学二年生ではない。中学一年生だ。大輝と同じ、一年生——
蒼嵐は思いだした。
子どものころから、くりかえし見る夢。
たぶん、クリスマスの時期だろう。イルミネーションが町をいろどるころ。
雪の降る夜に、赤ん坊の蒼嵐をかかえて走る母の姿。誰かに追われているかのように、母はうしろを気にしている。まるで、たったいま、蒼嵐をさらってきたかのように。
(おれが……養子なんだ。ほんとは、おれのほうが……)
たぶん、蒼嵐は母が実家にいたころに、どこかの病院からさらってきた子どもなのだ。それを実子として育ててきた。ほんとの実子は、父親似の大輝のほう。
すりかえたのだ。
自分たちの実の子どもを守るために、さらってきた蒼嵐を兄として育て、実子の大輝を弟として入れかえた。
大輝が蒼嵐より体が大きいのは当然だ。
じっさいには、大輝のほうが早く生まれているのだから。
替え子だ。まさに、蒼嵐と大輝は、とりかえられた子どもだった。祭りのとき、生贄の儀式を受けたのは、おそらく蒼嵐ではなく……。
(替え子は……替え子は、大輝……だった!)
蒼嵐はただ、同じ年の子どもだから、ほかの生贄たちと同様に、大輝を通して異空様の不思議な力を少し得ていただけ。
そのことがわかった瞬間、蒼嵐の心は完全に壊れた。生まれて初めて、持てあますほどの憤怒に身を焦がした。葵の手前、平静をよそおうのに苦労した。
「葵さん。お風呂、お湯ためとくね。さきに入っていいよ。おれ、食器、洗っとく」
「今日はどうしたの? 気がきくね」
「ふつうだよ」
葵を風呂場に追いたてて、そのあいだに家をぬけだした。葵は蒼嵐が自分から外へ出ていくとは思っていないから、逃亡することじたいは簡単だ。ただし、蒼嵐は逃げだすために出てきたわけじゃない。
実家の明かりは、すぐそばに見えている。
蒼嵐や大輝は自宅の鍵を持っていた。両親が留守のことが多いから、そのほうが便利だった。
蒼嵐は門を乗りこえ、自分の生まれ育った家の庭に忍びこむ。そして前庭の敷石を一枚、はがす。
そこに鍵があった。誰も蒼嵐の行動を
蒼嵐は鍵をひろうと、音を立てないように細心の注意をはらって、玄関のドアをあけた。
時刻は九時すぎ。
この時間なら、父はまだ帰っていないはず。
家のなかには母と大輝がいるだけだ。
そっと、ろうかを歩く。
キシッ、キシッと、古い家屋は歩くたびに小さく軋む。
キッチンのほうから明かりがもれていた。ドアをあけると、母の背中が見えた。鼻歌を歌いながら皿を洗っている。しかし、大輝の姿はない。
居間からテレビの音が聞こえた。そっと近づいていくと、ニュース番組のようだ。アナウンサーが黒縄手町の事件について何やら告げている。
ふすまを持ちあげるようにして、ほんの数センチひらいてみる。めずらしく父がいた。テレビを見ているのは父だ。大輝はいない。
では、二階だ。この時間帯、大輝は一人で自分の部屋にこもっていることが多い。
階段をあがっていくと、右が両親の寝室。左が大輝の部屋。左のドアをあけようとすると、内鍵がかかっているようだ。
しかし、鍵は掛け金式だ。今日の蒼嵐は冴えているので、細長く切った厚紙を持ってきていた。ドアのすきまに厚紙を入れて、すっと下から上に持ちあげると、鍵ははずれた。
ドアをあける。デスクのところに、大輝がすわっていた。スマホにイヤホンをつけて音楽を聴いている。
蒼嵐は背後に忍びよると、真うしろに立って、いきなり声をかけた。
「大輝」
大輝がおどろいて、ふりかえる。
そのひたいに、蒼嵐は拳銃の銃口を押しあてた。往人が所持していた銃だ。往人を殺したときに、それだけは蒼嵐が持ってきていた。
引き金をひくと、パンと乾いた音がした。
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