十一章 3
ろうかに無数の人影が立っている。
青白い顔で血を流した姿。
手足が変な形にまがっている者もいる。
よく見れば、それは校庭にさらされていた死体だった。
替え子が呼んだのだろうか?
替え子は一度に複数の死体をあやつることができるのか?
(もうダメだ……)
蒼嵐は力なく、ろうかにうずくまった。
一人でもあれほど強いヤツが、こんなにウジャウジャいたら、どうにもしようがない。
蒼嵐も往人も殺されて、おしまい。
(あれ……でも、じゃあ、替え子は誰なんだ? だって、もう、おれと往人しか生き残ってない……)
混乱していると、死体がすべるようによってきた。そして、蒼嵐たちの体をすりぬけていく。
(あッ! 霊体だ)
実体のように見えるが霊体だ。
霊のなかには拓也の姿もあった。
霊を実体化……あるいは霊を呼ぶことじたいが能力——
拓也たちはいっせいに美野里に取り憑き、とりかこむ。
美野里の動きが止まる。
「離せ! くそッ!」
逃げて、逃げて、と霊がささやいた。
保健室から、崇志が現れる。
唇の端から血を流し、腹部を押さえながらやってくる。
よろめくように美野里の背後に立ち、にぎりこぶしで左胸を打ちぬいた。
崇志のゲンコツが胸からとびだすと、「ガハッ」と血を吐き、美野里の体がズルズルくずれる。替え子とのリンクが切れた。
同時に、美野里にまとわりついていた霊たちが、すうっと消える。
しばらく、蒼嵐はその場でへたりこんでいた。
だが、崇志が音を立てて床に倒れたので、あわてて這いよる。
「崇志さん!」
「崇志さん、大丈夫ですか?」
すがりつく蒼嵐と往人を見て、崇志は微笑した。
「……悪いな。最後まで……守ってやれそうにない」
たしかに崇志のおもてには汗が浮かび、呼吸も浅い。ヒュウヒュウと変な音が息をするたびにもれる。
長くはないことが蒼嵐にもわかった。
「崇志さん……ヤダよ。死なないで」
「ムチャ言うなよ。精いっぱいやったぜ……おれ」
崇志の手をつかみ、顔をのぞきこむと、あふれだした涙がボタボタこぼれおちる。崇志の頬に落ちてぬらした。
崇志の呼吸にまざる雑音が強くなる。
「おれ……が死んだら、心臓を食え。おれが、あやつられる……前に。いいな?」
往人はうなずいた。
蒼嵐は泣くことしかできなかった。
崇志の瞳から光が消えていく。
しかし、最期の瞬間、彼はささやいた。
「美菜子……おれも…………」
おれも、なんだと言いたかったのだろう?
おれも、おまえと結婚して幸福になりたかった……と?
それとも、おまえのもとへ逝くよ、だったのだろうか。
崇志の死に顔は、どこか満足げだった。
*
また、往人と二人きりになってしまった。
頼りにしていた人たちは、みんな、いなくなっていく。
崇志の遺体を前に泣き続ける蒼嵐を、往人がうながす。
「行こう。そら」
崇志の心臓は、とっくに往人の胃袋のなかだ。
蒼嵐には、とても生の肉を……それも、さっきまで生きていた知りあいの肉を食べることはできなかった。
「崇志さんの力は、おれがもらう。おまえのことは、おれが守るから」と言って、往人は崇志の胸を包丁で切りひらいた。
そして食べおわると、そう言ったのだ。
「行こう。ここから逃げないと」
「逃げる? どこへ?」
「この町から出よう」
「でも……」
「今なら、前ほど見張りがいない。きっと逃げだせる」
「逃げて、どうするの? おれ、ヤダよ。崇志さんみたいに、ヤクザのパシリになって人殺したりできないよ」
弱音を吐くと、往人は蒼嵐の前にひざまずくようにして、両肩に手をかけてきた。
「おれが、そんなことさせないよ」
「どうやって?」
「考えはあるんだ。そのかわり、町をぬけだす前に寄り道しないといけないけど」
「何するんだよ?」
「……おれとおまえの家族を全員、殺すんだ」
「えっ?」
さすがにおどろいて、蒼嵐は往人の顔を見なおした。
「ど……どうして?」
「家族がいなくなれば、おれたちの身元を証明する人がいなくなるからだよ。今なら、まだ警察にも、行方不明の捜索願いが出されてないと思う。
だから、どこか、うんと遠くへ行って、記憶喪失のふりをする。おれたちを探してる人はいつまでたっても見つからないから、孤児院とかに送られることになると思う。
な? それなら、どうにかなりそうだろ? 運がよければ足長基金とかで大学まで行けるかもしれないし、里親が見つかるかもしれない」
なるほど。たしかに、それなら蒼嵐でも生きていけそうだ。
でも、そのためには、自分の家族の命を代償にしなければいけない。
「そんなこと……できないよ」
ためらう蒼嵐を往人が叱咤する。
「なんでだよ? おまえを殺そうとしたんだぞ?」
「そ、そうだけど……」
「やられたことをやりかえすだけだよ」
「でも……」
「おれたちが生きのびるには、それしか方法はないんだ!」
強く言われ、蒼嵐は押しきられた。
「う、うん。そうだね……」
蒼嵐を殺そうとした父。
食事を作り、あたえてくれるだけの母。
よそよそしい祖父母。
蒼嵐をバカにして口もきかない弟。
いつも家族の輪のなかに入っていけないことに悩んでいた。恨みもした。
だが、自分はほんとに彼らを殺したいほど憎んでいるのだろうか?
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