十章 2


 *



「崇志さん。どこに行く気ですか?」


 さきを歩いていく崇志に、往人が問いかける。

 崇志が、チラリとふりかえった。

「そのへんの家をぶんどろうかと考えてる」


 一家を殺して……という意味だろう。

 すると、往人が思いがけない提案をした。


「中学校なら、どうかな? あそこは一回、調べられてる。捜索の対象から外れてると思う。それに、捜索ができるような人たちは大半、死んだし。あそこなら、薔子が用意してた食料や水がある」


 薔子のことを言われると、蒼嵐の胸は痛む。

 しかし、たしかに、そのとおりだ。

 何度、往復したか知れない、小学校よこの雑木林とのあいだの道を通って、中学校へむかった。


 中学校につくまでは無言だった。

 一晩のうちに、あまりにも多くのことが起こって、疲れはてていた。ポケットをさぐると、以前、保健室で見つけたノド飴が一つだけ残っていた。それをなめると、少しだけ気力がもどった。


 中学校には、たしかに見張りはいなかった。

 しかし、一見して平時でないことがわかる。

 ほんとうに、ここは日本国内なのだろうかと目を疑う光景が待っていた。


 校庭に何本もの木の杭が立っている。おおよそ二十数本。

 その一本ずつに死体が結びつけられていた。

 どれも蒼嵐たちの見知った顔ばかり。

 生贄の少年少女が罪人のように、杭にはりつけにされて、野ざらしにされている。


「ヒドイ……」


 かつてのクラスメイトや友達の変わりはてた姿に、蒼嵐は思わず、つぶやいた。なんだか、もう何も考えられない。


「こんなことされなきゃいけないほど、おれたちが何したっていうんだよ? ヒドイよ」

「そうだな」


 ぽんと、崇志が肩をたたいてくれた。

 が、往人は真剣な目で死体を観察している。


「往人?」

「前に替え子が誰か推理するために、リスト作ったろ? あのとき、四十人近くが旧黒縄手地区の生徒だと話しあった。そのうち、すでに死亡してると推測できたのが十人。そのあと、安平、島沢、薔子は死亡した。おれとおまえが生きてるから、計十五人だろ。ここにならんだ杭の数は二十八本だ。うち、おれたちのリストとかぶってるのは五人。さしひくと三十八。つまり、おれたち以外、ほぼ全員の生贄が殺されてる。生きてるとしても、あと一人か二人だ」

「それが……替え子?」

「誰か旧黒縄手地区の住人で、ここにいないヤツ、思いださないか?」


 蒼嵐は死体の顔を一つずつ見ていったが、思いうかばなかった。相好が変わっているので、ちょっと見ただけでは誰かわからない死体も多かった。重度の火傷を負っていたり、くびり殺されて、ダラリと舌が伸びていたり……。


「ごめん……わからない」

「だよな。親しくないヤツの死に顔なんて、判別できないし」


 それでも往人は腕をくんで考えこんでいた。が、空が急激に明るくなってくる。


 崇志が口をはさんだ。

「考えるのは、なかに入ってからにしろよ。ここは見たとおり、生贄の死体のさらし場だ。明るくなったら、誰かがまた死体を運びに来るかもしれない」


 おそらく、死体を一ヶ所に集めることで、まだ狩りだされていないのが誰なのか、わかりやすくしているのだ。


 隠れ場所としては適さないが、今から別の場所へ移動している時間はなかった。崇志に言われたとおり、早く校舎のなかへ入ってしまうにかぎる。


 はりつけにされた死体は、すべて心臓がえぐりだされていた。

 復活しないよう対処されている。とつぜん、死体の大群に襲われる危険はないわけだ。


 往人は死体の顔を自分のスマホで一人ずつ写真に撮った。校舎のなかで確認するつもりのようだ。


 蒼嵐はもうこれ以上、死体なんて見ていたくなかった。急いで、校舎に入った。


 校舎のなかは、この前のときと少し変わっていた。たくさんの土足の足あとが、いたるところについている。徹底的に大人たちによって調べられたのだろう。


 しかし、そのことは好都合だ。

 ここには生贄はいないと思われている。


「保健室ならベッドがあるよ。布団でゆっくり寝たい」

 蒼嵐が言うと、往人は笑った。

「そうしよう。おれ、薔子の隠れ家に行って、食べ物が残ってないか見てくる」


 往人と崇志が音楽室へ行った。

 蒼嵐はもうクタクタで、とにかく一分でも一秒でも早く、よこになりたかった。

 さきに一人で保健室へ行くと、うつぶせでベッドに倒れこんで、そのまま眠ってしまった。


 しばらくして、往人と崇志がやってきて、保健室に入ってくるのが、浅い眠りのなかで認識された。


「じゃあ、崇志さんは、自分の親に、あの洞窟に入れられたんだ?」


「親父は自分の手で殺すことができなかったんだ。生贄を異空様の御座所に返すのは悪いことじゃないと思ったんだろうよ。少しは息子が生きのびる可能性があるかもしれないと考えたのかもしれないけどな」


「どおりで、あのなかのようすに詳しかったんだね」


「……だけど、持たされた食料なんか、すぐになくなった。そのあとは地獄だよ。出口もわからない暗闇のなかを、ひたすら、さまよった。湿った岩肌をなめて渇きをいやし、コウモリや虫をつかまえて飢えをしのいだ。ほんとの飢餓がどんなものかなんて、おまえ、知らないだろ? 死んだほうが、ずっとラクだった。なんで殺してくれなかったのか、親を恨んださ。あそこをぬけだすのに二年かかった」


「でも、今、生きてることは、どうなの? 死んでたほうがよかったの?」


「……ここにいたら殺されると思ったから、とにかく遠くへ逃げて、都会でゴミあさってるとこをヤクザにひろわれた。人も殺した。美菜子に再会してなかったら、生きててよかったなんて思わなかっただろうな」


「未成年だけで生きてくって、大変なことなんだね」


「親に見つかってつれもどされれば、殺されるだけだからな。そのころは、そう思ってた。替え子がいなくなれば、おれたちの役目は終わって、殺されずにすむんだと知ったのは、ずっとあとになってからだった。だから、公的機関を頼ることができなかった。記憶喪失のふりして養護施設にでも行こうかとも考えたが、家出人の捜索願いが出てれば、けっきょく親に連絡が行くだろ」


「……やっぱり、替え子を殺すしかないんだ」


「あの死体。安平だっけか? アイツがおまえらを殺そうとしたのは、替え子を殺せば生贄の役目が終わることを、おまえらが知った——ということを、替え子がすでに知ってるからじゃないのか? つまり、おまえらが替え子を殺す気でいることがバレてる」


 往人はだまりこんだ。しばらくして、


「……あーあ、そら。リュック背負ったままで。息してんのかな?」


 蒼嵐は自分の体から薔子のデイパックが外され、ごろりとあおむけにされるのを感じた。


 たしかに、崇志の言うとおりだ。

 生贄が替え子とのつながりで不思議な力を持つように、替え子だって生贄の思考を共感性から得ているのかもしれない。


 眠りのなかで考えたが、その意識もおぼろになる。

 夢のなかへ……。

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