七章 3


 *



 神社までは思いのほか、かんたんに行けた。


 町のあちこちに見張りを立てたり、巡回などしているのだろう。交番は無人で、いつも交番前の駐車場に停まっていたパトカーも出払っている。


 やっぱり、往人の言うとおり、わざわざ神社へむかう生贄がいるとは思われていないようだ。きっと駅やバス停や、となり町へ通じる道路を中心に監視しているに違いない。


 黒縄手神社は小高い丘の上にある。夏祭りには、たくさんの提灯ちょうちんで飾られる神社の石段も、今は無灯で暗い。


「往人。どうやって、安平くんの生死をたしかめるの? 家の外から見ただけじゃわからないよ」

「そうだよな。家の外で待ってたら、家族の話し声でも聞こえないかなって」

「まさか家のなかに忍びこむわけにもいかないし」

「とにかく、家の近くまで行ってみよう」

「でも、どこに家があるか知らないよ」

「こっちだ」


 神社へ行くには石段をあがらなければならないが、往人が手招きしてつれていったのは、鳥居のわきにある社務所の裏手だった。よく見ると住宅になっている。


 木の柵と庭木にかこまれて、なかのようすが外からは見えにくい。しかし、いくつかの窓に明かりはついていた。


 柵をのりこえて、家屋のそばに近づいた。明かりのもれる窓の下にはりついて、じっと丸くなる。どうやら、そこはダイニングキッチンかリビングルームのようだ。


 家族の笑い声がもれていた。女の子の楽しそうな話し声も、もれ聞こえた。たしか、安平には小学生の妹がいた。きっと、はずんだ声は妹だろう。


 蒼嵐は違和感をおぼえた。

 つい数日前に、この家は息子が一人、殺されたはずだ。たとえ、安平が逃げだしたにしても、少なくとも、いつ殺されるかわからない状況だ。それにしては、家族のふんいきがなごやかすぎる。

 往人も同じことを感じたらしい。チョイチョイと指さきで近よるように示してから、窓の下を離れる。


「変だな。なんか、明るすぎる」

「だよね。もしかしたら妹は、兄貴が殺されたことを知らないのかもしれないけど」

「お兄ちゃんはお友達の家に泊まりに行ってるのよ、とか言われてるのかもしれないけどな。それにしても、なんか変だ」

「うん」


 とりあえず、観察を続けようという相談になった。


 窓の下にもどっていくと、しばらくして、安平の母親らしい女の人が玄関から出てきた。

 暗闇にひそむ蒼嵐たちに気づかず、門の外へ歩いていく。

 その手には大きめのトートバッグがにぎられている。しかも、まわりを気にするように、やけにキョロキョロしている。


 怪しいと、ピンときた。

 往人がまた指さきを動かして誘うので、蒼嵐たちは安平の母をつけていった。


 安平の母は神社のまわりの暗い森のなかを、迷いもなく歩いていく。あきらかに目的があるようだ。


 しばらく進むと、建物が見えた。

 神社のお祭りの道具がしまわれている物置だ。神輿もおさめられているので、けっこう大きい。

 安平の母は周囲を見まわすと、鍵をとりだして、物置の扉をあけた。なかへ入っていく。


 蒼嵐は往人と顔を見あわせた。

 これは、もしかすると……?


 物置のそばに近づき、壁に背中をひっつける。

 すると、ぼそぼそと話し声が聞こえてきた。

 ほとんどは聞きとれなかったが、最後に安平の母が、「もう少しのしんぼうだから、ガマンしてね」と言った。


 安平の母が物置から出てくる。

 トートバッグを持ってはいるが、来たときにくらべて、妙に軽そうだ。安平の母は扉に鍵をかけると、そのまま母屋へ帰っていった。


 もうまちがいない。

 この物置のなかに、安平がかくまわれているのだ。


(安平の両親は息子を殺さないで、ナイショで生かしておく道を選んだんだ)


 そう思うと、胸がするどい爪でかきむしられるように痛む。

 蒼嵐の父や母は、古くからの慣習とは言え、迷いもなく蒼嵐を殺そうとした。こんなふうに息子を思って、かばってくれる親だっているのに……。


 自分でも気づかないうちに、蒼嵐はぼろぼろ涙をこぼしていた。往人が苦しそうな顔をして、蒼嵐の肩に手をかけてくる。蒼嵐は往人の肩に頭をのせて泣いた。


「……昔から、そうだったよ。お父さんもお母さんも、大輝のことばっかり可愛がって、おれのことなんか、どうでもいいみたいだった。いつも、いつも、なんでかなって……おれの成績が悪いからかなとか、大輝ほど顔がよくないからかな、お父さんに似てないから、とか……」


「それ言ったら、うちも同じだよ。親父もお袋も、おれのことには無関心だった。姉貴には甘いのに。おれは家族のなかで、いてもいなくても同じだった。最初から殺すつもりで育ててたからだよ。だって、肉牛を育てるのに、必要以上の愛情なんかいらないじゃないか?」


 自分たちは肉牛と同じだったと思うと、体の底から悲しみがこみあげてくる。血を噴く潰瘍かいようが全身の内側をいっきに侵食し、ひろがっていくように。悲しみという痛みが物理的に蒼嵐を蝕んだ。


 往人が耳もとでささやく。

「そら。だから、おれにとって、おまえはずっと前から、家族よりも大事な存在だった。ほんとの友達はおまえだけだ。おまえのことは、おれが守るよ」


「往人……」


 肩をよせあって泣いた。

 今このときに往人がいなければ、自分は気が狂っていたかもしれないと、蒼嵐は思った。


 それにしても、泣き声が大きくなりすぎていたのだろう。


「おまえら、そこで何してんの?」


 上から声がふってくる。

 見あげると、高い位置にある細長い窓があいて、スキマから安平がのぞいていた。女子に人気の端正な安平の顔を見ても、まったくおどろかなかった。やっぱり生きていたんだとしか思わない。


 往人がかたい表情で、すっと立ちあがる。


「見ればわかるだろ。おまえんとこの親と違って、殺されそうになったから逃げまわってるんだよ。いいよな? 自分の親がかばってくれるなんて」


 安平はため息をついた。その顔つきは、事情を把握している顔だ。


「ごめん。うちの親父に見つかったら、おまえら、殺されるよ。替え子が死ぬまで逃げてくれとしか言えない」

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