七章 2


 これだけの人数の少年少女が殺されているのに、このことは果たして、よその町の人々に伝わっているのだろうか?


 煌のスマホでネットニュースを見るかぎりでは、日本のどこかで子どもが大勢、惨殺されているような内容はあげられていなかった。

 町の外には、まったく、このさわぎは伝わっていないのかもしれない。


 役場も学校も警察も病院も、町ぐるみですべての公共機関が協力して隠蔽いんぺいしたなら、数十人の子どもがある日とつぜん消えても、よその町には露見ろけんしないのだ。

 ことに今は冬休みだ。学校に中学生の姿が見えなくても、家にこもっているか、旅行にでも行っていると思われる。両親が親戚に遊びに行っているとでも言えば、誰も疑わない。

 それに黒縄手町は小さな田舎の町だから、町の外から仕事に来ている人が極端に少ない。観光客が来るような場所でもない。

 先行きを考えれば考えるほど気分が暗くなる。


 ため息をついていると、蒼嵐のとなりに薔子がしゃがみこんできた。往人は昨夜、ちゃんと寝ていなかったのか、干し草に寝ころんで寝息をたてている。


「ねえ、わたし、子どものころから見る夢があるのよね。予知夢なんだと思うけど」

「どんな夢?」


 薔子の予知夢は未来を知ることのできる予言のようなものだ。

 ぜひ聞いておきたい。希望があるのなら、わずかなものにでも、すがりたい。


「どんな夢?」

 かさねて聞くと、薔子は話しだした。


「どこか暗いほら穴みたいなところを歩いているの。そのなかで、わたしたちは誰かに会うんだけど……」

「わたしたち? 一人じゃないんだ?」


 その夢は、もしや、あれだろうか?

 以前に一度だけ、洞窟のなかをさまよっている夢を見た。うしろから何かがついてきていて、ふりむくなと誰かに止められた夢だ。


「一人じゃない。今まで、なんでかわからなかったんだけど、蒼嵐くんと往人くんといっしょなの。これって、たぶん、このさきのことなんだと思う」

「そうなんだ……」


 夢で見た、あの気持ちの悪い洞窟。

 あの場所に行くときがあるということか。

 ますます気分が暗くなる。


 ぼそりと、薔子はつぶやいた。

「それでね。たぶんだけど……わたし、そこで……」

「何?」


 薔子は迷ったようだった。

 長いまつげをふせて、体育ずわりした自分のつまさきをながめる。しかし、やがて心を決めたように顔をあげる。


「わたし、たぶん、そこで死ぬんだと思う」

「えっ?」

「だから、もしも何かが起こったとき、わたしを助けようとしないでほしいの。蒼嵐くんと往人くんだけでも生きてほしい」

「そんな! そんなこと……できないよ」

「わたしは死んでも、魂はずっと異空様のそばにとどまるのよ。だから、また会えるよ」


 好きな女の子の衝撃の告白に、蒼嵐は激しく動揺した。


 昨日から逃げまわっていたが、自分たちが死ぬかもしれないという可能性は一度も本気で考えたことはなかった。もちろん、何度か怖いめにはあった。それでも、いつかは三人で逃げだし、生きていけるんだと蒼嵐は信じていた。


 自分や薔子や往人の死を肌の上に感じて、つうっと冷たいものが背筋を流れた。


「……イヤだ。そんなの。未来は変えられるよ。だから、きっと、なんとかなるよ」


 つかのま、薔子はだまりこんだ。が、しばらくして微笑を返してきた。


「そうだといいね」

「うん。あの……あのさ」


 告白するなら今しかない!

 蒼嵐はそう思ったが、言えなかった。

 ためらって口をパクパクしているうちに、薔子が言いだしたからだ。


「ねえ、思ったんだけど、異空様って悪魔のようなものなんでしょ? それで、ずっと昔から町の人たちが契約してきた。でも、契約を破棄して追いかえすことってできないのかな? それか、封じることは? ほら、悪い霊とか妖怪とか、よくえらいお坊さんがお札をペタっと貼って封印するじゃない? あんな感じで」

「うーん、どうだろう? できたとしても、やりかたがわからないよ」

「やっぱり、伯父さんの本を読んでみたいなぁ。何か重要なことが書いてあるかもしれないし」


 異空様を研究していたという薔子の伯父の著作。

 そう言われれば、重要な気もしてくる。

 なんと言っても、薔子の伯父は旧黒縄手村地区の出身だ。つまり、異空様の信仰や風習を知った上で研究をしている。ただの伝承以上の事実をつきとめているかもしれない。


「そうだね。もし、それができたら、替え子を殺さなくてもよくなるし」


 が、急に三つめの声が話にわりこんでくる。


「替え子を殺すほうがカンタンだ。危険も少ないし、確実だよ」

 往人が起きあがってくる。


「聞いてたの? 往人」

「今、目がさめたんだ。変なこと話してるから気になって。でも、もしも替え子が見つからないとか、そういう状況になったら、その本を読んでみる価値はあるな」


「二手にわかれない?」と、薔子が言った。

「え? どうするの?」

「わたし、家に帰って、その本を見つけてくる。だから、あなたたちは安平くんを探しに神社へ行って」


 一人で行くなんて危ないよと、蒼嵐は言いかけた。しかし、さっきの薔子の話が本当だとしたら、三人でほら穴に行く前に、薔子が死ぬことはない。蒼嵐や往人も死なないということになる。


「どうする? 往人?」

「いいんじゃないか。人数少ないほうが人目にもつかないし」

「そうしましょ。じゃあ、どこで落ちあう?」と、薔子。


 往人が答える。

「おまえんち、屋敷街だろ? なら、神社の森のなかがよくないか? あそこの鳥居の近くで」

「時間は?」

「夜が明けるまでに。明るくなるまでには、また隠れる場所、見つけとかないと」

「そうしよう。もしも時間がすぎて会えなかったら、スマホで連絡しあおうね」


 そういう話しあいになった。


 夕刻。黄昏の澄んだ群青色が夕焼けの赤をじわじわと侵食していく。また夜が来る。


 蒼嵐たちはそれぞれの目的にむかって走りだした。

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