七章
七章 1
明るい陽光のなかを走りまわることは危険に満ちていた。
人目をはばかる身の上としては、すぐに隠れられる場所に落ちつかなくてはいけない。
けっきょく、いい場所を思いつかなくて、またあの鶏舎に帰ってきた。なんとか町の人には見つからなかったようだ。
「なんだよ。あの男。春木さんの彼氏かな?」
息を切らせながら蒼嵐がたずねると、往人は干し草の上に腰を落として、つぶやく。
「前回のとき、生きのびた生贄が三人いたな。たぶん、あいつ、そのなかの一人だ」
「そうなのかな?」
「だって、あいつ、おれたちの心臓を食う気だったろ?」
「あッ!」
そう言われてみれば、たしかに、そんな会話の内容だった。
「美菜子さんは一人ぶん食べれば充分だと言ってたけど、ほんとは食べれば食べるだけ、いろんな能力をもらえて強くなれるんだね」
「そういうこと。だから、あの女は信用できないって言ったろ? ほんとは油断させて、おれたちを食うつもりだったんだよ」
「それは違うと思うよ。さっきだって逃がしてくれた」
往人は何も言わず、まったく蒼嵐はダメだなという目でながめてきた。
蒼嵐はふてくされて口をつきだす。
薔子が現実的な問題を提起してきた。
「ねえ、ここで日が暮れるのを待つとして、次はどうするの? 替え子をなんとかして見つけださないと」
往人は昨夜、寝る前に蒼嵐にうちあけた三人の名前を告げた。
「この三人が怪しいと思うんだ。まず、女は除外されるだろ。あと死んだやつらをのぞいて、旧黒縄手村に住んでて、あるていど顔のいいやつにしぼるだろ。そしたら、島沢、安平、豊洲あたりかなって。ほかのヤツらはお世辞にもイケメンとは言えないし、マッシュとか、タニシとか、どっちかっていうと好まれない顔だ」
「おれは、往人も候補に入ると思うよ。その条件なら」
「そのジョーク、もう聞きあきた」
往人が蒼嵐の胸をゲンコツでかるく叩く。
蒼嵐は「へへへ」と笑って舌を出す。
薔子はしかし真剣に受けとったようだ。
「それでいくと、蒼嵐くんだって条件にあてはまると思う」
「えっ? おれ、イケメンかな?」
「イケメンとは言わないけど、少なくとも人畜無害な顔だと思う」
「人畜無害……」
もしかして薔子にイケメンと思われているかもしれないと、あわい期待をいだいたが、瞬時についえる。
ぼうぜんとする蒼嵐を見て、往人が笑い声をあげた。
「まあまあ、そこが、そらのいいとこだよ」
「どこがだよ!」
コブシで語りあう(要するにジャレあう)蒼嵐たちを見て、薔子は、さらに現実的な意見を述べる。
「豊洲くんは違わない? だって、左利きだよ?」
蒼嵐と往人は同時に動きを止めて、薔子を見なおす。
「そうなんだ?」
「わたし美術部に入ってるから。豊洲くん、左手で絵を描いてるよ」
「へえ」
豊洲はクラスも違うし、クラブも違うので、蒼嵐たちは知らなかった。
「そうだよね。夢のなかで、替え子は自分のこと右利きだって言ってたもんね」
「そうなのか?」と、往人がたずねてくる。
「そっか。往人は替え子の考えまでは読めないんだっけ」
「でも、それなら、一人候補がへったな。あとは島沢と安平だけだ」
薔子が言った。
「安平くんの家って、神社のとなりだよね」
「そうなんだ?」
蒼嵐は知らなかったが、往人はうなずいた。
「あいつんち、黒縄手神社の神主だろ?」
「えッ? そうなんだ?」
「神主の息子って、なんか霊感ありそうだよな」
神社の息子だから霊感がうんぬんには信憑性がないが、異空様の祠に近いことで、神通力の影響を受けやすそうな気はする。
「安平、今も生きてるのかな?」
蒼嵐がつぶやくと、往人が言った。
「神社に行ってみよう」
「え? でも、ヤバくない? 交番も近いし、祠の周辺って大人が見張ってないかな?」
「おれたちが異空様の生贄だってこと、大人から知らされてないのに? おれたちがそこに行くなんて、誰も考えてないよ」
「あっ!」
たしかに、そうだ。最初の夜、神社の森のところで身を隠していたが、そこを調べてみようとする大人はいなかった。蒼嵐たち生贄が行く必要はないからだ。そんなところに、わざわざ見張りを置くわけがない。単純に身をひそめている子どもを捜索に来ることはあるかもしれないが。
「見張りはいないかも。でも、安平くんが逃げだしていれば、そのための捜索隊はいるかもよ」
「ああ。危険がないわけじゃない。けど、安平が替え子の可能性はかなり高いよ。たしかめてみる価値はある」
薔子も賛成する。
「行きましょ。どっちみち、行くのは日が暮れてからだよね」
この場所で、また夜を待つ。
それは苦痛だったが、しかたない。
夜に寝ていたので、昼寝もできなかった。
ここに来ると食欲もなくなる。
美菜子に心臓をえぐりだされた若奈の死体は、以前と同じように、同じ姿勢のまま倒れている。やはり美菜子の言ったとおり、心臓をつぶせば替え子との接触が断たれ、動くことはなくなるのだ。
日が暮れるのを待っているあいだ、町の異様なふんいきは、こんな廃屋の鶏舎のなかにいてさえ感じとれた。
パトカーのサイレンの音がやたらに町中を走りまわり、ときどき、大勢の人間がいっせいに叫び声をあげたときのようなざわめきが聞こえてきた。
次々に逃げだした生贄の子どもが狩りだされている——
そんな直感があった。
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