六章 3
*
ベッドのなかで、蒼嵐は目をあけた。
ドクドクと心臓が乱打する。
また、あの夢だ。
でも、今回のは以前の夢とは違う。
手をくだしたのは、連続犯ではなかった。
暗闇のなかでうごめく巨大な虫のように、黒いかたまりになって、ひたすら包丁をふりたてていた女。
ハッキリと顔が見えたわけではなかったが……。
(おれの……気のせいかな?)
なんだか、あの家の間取り、ろうかのようす、どこかで見たことがある。あの女のシルエットも……。
動悸を抑えて、蒼嵐はベッドからおりた。
喉がかわいた。水が欲しかった。
階下へおりていくと、キッチンには美菜子がいた。
テーブルセットの椅子にすわって、酒を飲んでいる。グラスに入れた薄く色のついた液体はウィスキーの水割りだろうか?
未成年の蒼嵐には詳しくはわからないが、ビールでないことだけは確実だ。
「坊や。寝られないの? お母さんのおっぱいが恋しいのかな?」
蒼嵐を見て、からかってくる。
「そんなんじゃないです。喉がかわいただけ」
「あら、そう? お姉さんが可愛がってあげようか?」
テーブルのよこを通る蒼嵐のアゴを、クイッとつかんでくる。
赤い顔をして、だいぶ酔っている。
「酔っぱらいはいくら美人でも見苦しいですよ」
「あらら。言うじゃない」
ふうっと、美菜子は酒くさいため息をついた。
「でも、まあ、美人って言ってくれたから、ゆるす」
蒼嵐は流し台の上の食器洗浄機からコップを一つとり、水道の蛇口をひねった。水を流し飲むと、少し気分が落ちついた。
美菜子をかえりみる。
「春木さん。拓也の心臓をうばったのは、あの人ともう一度つながりたかったからだって言ったでしょ? あれって、異空様と感覚を共有したかったからってこと?」
美菜子はうなずく。
「そうよ」
往人は美菜子を信用できないと言った。
だが、蒼嵐は信じてみたい気がしている。
なぜなら、この人の目のなかには、いつも絶望に近いような悲しみがあるからだ。
蒼嵐たちと同じ生贄として育てられたのち、生きのびてしまった十五年が彼女をそんなふうに変えてしまったのだろうか?
おそらく、つい先日までの蒼嵐たちがそうだったように、美菜子だって十四さいまでは、ごくふつうの中学生だったはずだ。
最初に会ったとき、三十代のなかばだと思った。年より少し老けて見えるのも、苦労の表れなのかもしれない。
蒼嵐は思いきって、たずねた。
「春木さん。この町にもどってきたのは、復讐のためなの?」
ピクンと美菜子の眉があがり、顔をあげて蒼嵐を見つめる。
「どうして?」
「おれ、テレビで見た。前に屋敷町のなかでも殺人事件があったよね。祖父母と両親が殺されて、娘が一人だけ生き残ったんだ。裏口から侵入した足跡があったし、となりの家も全員、殺されてたから、警察は同一犯の犯行だと考えた」
「あったわね。そんな事件」
「でも、あれ、ほんとは生き残った娘が家族を殺したんだ」
「まあ、スゴイ。探偵さんね」
「そうじゃないよ。さっき、夢で見たんだ。ほんとは、あの日、替え子が春木さんの家まで来てた。美菜子さんが両親を殺すところを見てたんだ」
美菜子はゆがんだ笑みを見せる。
「……どおりで、うまく行きすぎた。おぼえのない足跡や、塀をよじのぼった泥水のあととかね。彼がわたしを助けてくれてたの」
「やっぱり……美菜子さんがやったんだ」
「わたしの人生は、アイツらのせいでメチャクチャにされたの。死んで償うのは、とうぜんだと思うのよね。わたしは生きていることが苦痛なほどの地獄を味わってきたんだから、一瞬で死ねるなら感謝してもらっていいくらいよ」
「美菜子さん……」
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