六章 2
*
今夜はゆっくり休もうという話になって、蒼嵐と往人は二階の寝室にあがった。二階には子ども部屋もあって、薔子はそっちに行った。美菜子は一階の居間のとなりの和室に布団を敷いて休んだ。
夫婦の寝室で大きめのベッドに、蒼嵐は往人とならんで寝ころぶ。
「そら。考えたんだけど、おれ、この三人が怪しいと思うんだ。うちのクラスの
往人が名前をあげた三人は、各クラスの代表と言えるイケメンだ。
なかでも、とくにカッコイイのは安平だ。サッカー部のエースストライカーで、女の子にも、いつもキャーキャー言われている。
「たしかに、目立つ三人だね。でも、往人だって、あいつらと同じくらいイケメンだよ。おれ、けっこう何回も、往人に好きな女子がいないか聞いてくれって言われたもん」
「女なんか興味ないよ」
「往人は進学校に入って国公立大に入るんだもんね。知ってるよ」
「うん。まあ……もう寝よう」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
昨日は一晩中、逃げまわっていたが、今日はなんとか眠れそうだ。目をとじると、一瞬で眠りに落ちた。まるで何かにひきずられるように、泥沼のなかへもぐりこんでいく心地……。
二度めの犯行から二週間がすぎた。
警察は強盗犯による犯行と見ている。計画どおりだ。
今のところ、誰も連続殺人を疑う者はいない。
今夜は家族が寝静まってから、こっそり家をぬけだした。
いつも昼間に犯行が起こると、この事件が連続していると知られたときに、学生の犯行だと見やぶられるかもしれないからだ。
それに、今夜、殺害する予定の一家は五人もいるから、寝ているすきに殺したほうがいい。なるべく、たくさん、たくさん、殺したい。
彼は以前、ゴミ箱からひろってきた古いスニーカーをはいて、夜のなかへ走りだした。買いためておいた刃物が今度こそ役に立つ。ナイフと包丁をベルトにさして、レインコートを着て外から見えないようにする。
今夜は雨だ。
梅雨入りするのを、このために待っていた。
レインコートは人目にふれたときに顔や体格を隠せるし、犯行時に返り血をふせぐことができる。
どいつから殺してやろうかな?
まあ、最初はかんたんそうな老人からだな。
八十すぎた老夫婦だ。こいつらは、あっさり片づけてやろう。
たくさん殺すためには、ほかのヤツが起きてくる前にすませておかないと……。
頭のなかで、そんなふうに計画を立てる。
舗装された道路を歩いていくと、その家が見えた。
大きなお屋敷が続く神社近くのなかの一軒。
ここの親父は娘を売って大金を得た。自宅の庭から大判小判のつまった千両箱が大量に見つかったのだ。異空様の放つ神的パワーのおかげだ。
(こういうヤツらは、みんな退治してやらないと。異空様の力で、のうのうと暮らしてるくせに、いざとなると替え子を毎回、殺してしまう、イヤなヤツらだ)
彼は塀をよじのぼって、庭へ侵入した。
家屋は闇のなかに真っ黒に沈んでいる。明かりは一つもついていない。家人は全員、寝静まっているようだ。
でも、なんだろうか?
空気に溶ける、この匂い……?
(血……か?)
血の匂いは何度もかいだ。
彼がまちがうはずはない。
雨戸の一つがひらいていた。
彼はそこから土足のままあがっていった。
間取りは外から観察して、だいたいのところ把握している。
歩いていくと、血の匂いが濃くなる。
ふすまの一つをひらいた。
この内は老夫婦の寝間のはずだ。
たしかに畳の上に布団が敷かれている。人影もよこたわっている。しかし、寝息が聞こえない。血の匂いが高まる。懐中電灯をさしつけると、老人二人は絶命していた。二人とも胸を刺されている。
そのとき、どこか家のなかで、くぐもった悲鳴が発された。
彼はそっちへむかって急ぐ。
足音を殺し、近づくと、長いろうかの端に、ふすまがひらいたままの部屋がある。
彼はその部屋の前まで忍びよった。
すきまから、なかをのぞく。
ものすごい形相で、女がにぎった包丁を寝ている夫婦にふりおろしているところだった。寝ているというより、死んでいる。夫婦はこの家の主人とその妻。女は、その娘だ。
女は両親が絶命していることを理解しているのか、いないのか、何度も何度も、くりかえし刃を死体に突き立てている。
その目は深い憎悪の光を放っていた。
(仲間だ——)
この女は殺さないでおこうと、彼は思った。
今夜はさきを越されてしまった。獲物は殺りそこねた。でも、それ以上の収穫があった。
あの女と二人でなら、この町の化け物をすべて退治できるかもしれない。
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