六章
六章 1
替え子について、わかっていること。
一、蒼嵐たちと同い年の十四さい。
二、旧黒縄手村地区の住人。
三、町で半年前から起こっている連続殺人事件の犯人。
四、おそらくは少年。
五、まだ生存している。
六、右利き。
蒼嵐たちは、それについて、ひととおり話しあった。
「とにかく、一刻も早く、替え子が誰かつきとめて、そいつを殺すんだ。誰か、個人を特定できるようなこと知らないか?」
往人が順番に蒼嵐たちを見る。
「わかんないよ。夢のなかでは本人になってるから、自分の顔は見れないし。誰かに名前を呼ばれたこともなかった」
「それに替え子が誰かわかったとしても、今どこにいるかはわからない。探しようがないでしょ?」と、薔子。
往人は考えこむ。
「呼びだせばいいんじゃないかな? こっちが替え子の秘密を知ったことナイショで、心配だから会いたいって」
薔子が即座に反論する。
「わたしたちの親しい人なの? となりのクラスでクラブも違ってたら、ほとんど口もきいたことない生徒かもしれないでしょ?」
「たしかに。なんとか正体がしぼれないかなぁ」
すると、薔子は恐ろしい現実をつきつける。
「そもそも、今、何人くらい、生きてるんだと思う?」
中学校は町立だから、黒縄手町全体の生徒が集まっている。
三十人のクラスが三つだ。小学校も同様に町立だった。だから、六年間、まったく同じクラスになったことのない生徒も、なかにはいた。
そのなかで旧黒縄手村地区の出身者は四十人くらいだろうか?
学校ではよほど親しくなければ、どの地区に自宅があるのかなんて聞かない。
正確なところはわからないが、往人や薔子と近所の同級生の名前をあげていき、だいたい、そのくらいだと見当をつけた。
「このうち、すでに、杉本と煌と拓也は死亡してる。今日、角脇も射殺されたよな。
冷蔵庫のよこにかけてあった家族の連絡用らしいホワイトボードをテーブルの上に持ってきて、往人は旧黒縄手村の生徒の名前を書いていく。そして、若奈や拓也たちの名前を二重線で消した。
「わたし、何人か、予知夢で殺されるところを見た。たぶん、うちのクラスの四谷さんと立石くんは死んでる。それと、和田さん、末松さん……バスケット部の背の高い人。女子に人気あった」
「高梨かな?」
「そんな名前だったかも」
もう何を聞いてもおどろかないような気がしていたけど、やっぱり蒼嵐はショックだった。最初の夜に、そんなに殺されていたなんて。自分の子どもをためらいなく殺せる親が大勢いることに恐怖を感じた。
往人も悲しげな表情で告げる。
「おれ、逃げてる途中で、となりのうちから悲鳴がしたの聞いたよ。たぶん、夢美は死んだ」
朝倉夢美。
往人のとなりの家の女の子だ。
蒼嵐の家からも近所だし、保育所がいっしょだったので、共通の幼なじみと言える。
「そうなんだ。夢ちゃんも……」
「言うと、おまえが落ちこむと思ったから、今まで言わなかったけど」
「……」
暗くなる蒼嵐たち三人を見て、美菜子がわりこんできた。
「ねえ、あんたたち、お風呂入ってきたら? 日も暮れたし、そろそろ電気つけても怪しまれないと思うんだ。わたしは冷蔵庫のなかみで、てきとうに夕食作っとくからさ」
拓也を殺されて怖い人だと思っていたが、やはり大人の女性がそばについていてくれると、ほっとした。
美菜子に言われて、蒼嵐はとてつもなく安堵する自分を認めた。
「でも、着替えがないよ」と、往人は不平を言う。
「この家のヤツらの服、もらったら? いつまでもパジャマじゃ寒いでしょ?」
なるほど。たしかに言われたとおりだ。
「でも、電気つけたら、近所の人たちに怪しまれないかな?」
蒼嵐がたずねると、美菜子はそれにも大人らしい見解を述べる。
「この時間に暗いままだと、かえって変に思われるでしょうよ。家の人が急に誰もいなくなったら」
「そうか」
顔を見られるわけにはいかないが、家族がふつうに生活しているふりをしているほうが疑われないのだ。
「じゃあ、春木さん。家探ししてから風呂に入ります——そら、行こう」
往人に手をつかまれて、蒼嵐はキッチンを出た。
家の人が死んでいる居間には近づけない。二階へあがって、夫婦の寝室らしいところで洋服ダンスをあさった。
「で、デカイ……このパンツ」
「パンツは自分のでいいんじゃないか?」
「だよね!」
「服もデカイなぁ。ダボダボだ。そらなんかさ。女物のほうがサイズあってるんじゃね?」
「悪かったな。あっ、そういえば、このセーターも春木さんのだった」
「ほらね」
ひさしぶりに緊張がゆるむ。
こんなふうに往人や薔子と一つ屋根の下で泊まりこむと、なんだか合宿中みたいな気分になる。
家に帰れば親が自分を殺そうと待ちかまえているなんて、信じられない。
昨日からのことが全部、悪い夢ならいいのにと、蒼嵐は考えた。
男女兼用でいけそうな服を選んで、蒼嵐は往人と二人で風呂に入った。小学生のころはよくたがいの家にお泊りしたことがあった。が、中学に入ってからは、ほんとうにひさしぶりだ。
「春木さんは信用できないよ」と、シャワーの音にかきけされるような声で、往人は言う。
蒼嵐が美菜子を頼りかけていることを察したのかもしれない。
「だって、拓也を殺したんだから」
「そうだけど、おれたちを殺そうと思えば、とっくに殺せたと思う。鶏舎でさ。なんか、あの人、すごいバカ力じゃなかった?」
「それも信用できないことの一つなんだよな。あの人、拓也の心臓、食ったんだろ? もう一度、なんかとつながりたかったって言ってたし、それって、異空様のことなんじゃないのかな? 心臓に霊が宿るって言ってたろ? あの人はおれたちの前の生贄だし、今の生贄の心臓を体内に入れることで、また替え子とつながったのかも」
なるほど。往人は頭がいい。
今、自分たちが生贄であることによって、不思議な力を得ているのは事実だ。生贄の心臓を食らうことで、美菜子は生贄の力をもう一度、得ようとしたのかもしれない。
「それならさ。春木さんは何かの目的があるってことだよね?」
「どうせ、悪いことにあの力を使う気だよ」
「そうかもしれないけど……ねえ、往人。夜になったら、薔子さんの家に行って、異空様のことを調べに行くって言ってたよね? どうする? 行くの?」
「うーん。春木さんの話でだいたいのとこわかったから、急ぐ必要なくなったな。それより、替え子の正体をつかんで、始末するほうが先決だ」
そうするしかないのは、蒼嵐もわかっている。でも、相手が親しい友人だったらイヤだなと、ぼんやり思った。
「そういえば、往人。ちょっと思いだしたよ。替え子は他人に警戒されにくい見ためなんだ。夢のなかで、替え子が自分のことをそんなふうに言ってた。他人に好まれやすい容姿でよかった、とかなんとか」
「それだけでも、だいぶ、しぼれるな」
往人は替え子の候補をあげることに集中している。
シャワーをあびているあいだに浴槽に湯をため、つかった。
全身が溶けるように心地よい。毎日、なんの気なしに、こんな幸福を味わっていたのだと実感する。
そのあと、美菜子の作ってくれた料理を腹いっぱい食った。豚肉の生姜焼きや、炊きたての白いご飯。ただの味噌汁でさえ、この世にこんな美味いものがあったのかと感激した。食べているうちに、目から熱いものがこぼれていった。それでも箸は止まらない。夢中で食い続けた。
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