五章 3


 美菜子が手招きして、木のドアをあける。

 そこはキッチンだ。


「こっち側は裏庭になってるから、このくらいの明かりなら、外から見えないでしょ?」


 そう言って、美菜子は電灯のカサからさがるヒモをひっぱる。豆電球を一つだけつけた。暗いが、どうにか動くのに困らないくらいの光量はある。


 美菜子はその光をたよりに、ヤカンに水をくみ、ガスコンロにかけて湯を沸かした。すでに勝手がわかっているらしく、食器棚の奥からインスタントコーヒーを出して、人数ぶんのカップをならべた。


「ほら、ガキども。そのへんの棚から食料、探して」


 言われて、あたふたしながら、蒼嵐は棚という棚を調べた。冷蔵庫のなかも確認する。生肉や野菜が入っていたが、すぐに食べられるのは、野菜室に入っていたリンゴくらいのものだった。


 薔子が流しの下から包丁を出してきて、リンゴの皮をむく。

 おぼつかない感じが可愛い。


 蒼嵐はようやく、ほっとした。

 美菜子のいれてくれたコーヒーを飲みながら、リンゴをかじる。そういえば、昨夜も美菜子にはトーストをごちそうになった。睡眠薬入りではあったが、とても美味しかったことを思いだす。


「春木さん。あなたは、おれたちの味方なんですか? それとも、敵? 拓也を殺したくせに、なんで今度はおれたちを助けてくれたの?」


 美菜子は自分もコーヒーを飲みながら、蒼嵐の顔を見つめる。

「言ったでしょ? わたしは前回の生贄だった。本来なら、十五年前に殺されているはずだった。わたしは、どうにか親に捕まる前に町から脱出したの。中学中退の子どもが一人で生きてきた。どれだけ大変だったかは、あんたたちでも想像つくでしょ?」


「バイトするにも親の許可いるよ」

 蒼嵐が考えながらつぶやくと、往人が冷めた口調で言った。

「風俗とか水商売しかないだろ」


 美菜子は薄く笑う。

「わたしは女だから、自分で稼ぐことができた。男のほうがヤバイかもね。ホストになって酒飲まされて肝臓を悪くして早死にするか。ヤクザの下っぱで受け子や薬の売人でもやらされるか。強盗でもして警察に捕まるか。あなたたちは顔が可愛いから、男専門の店でいい値がつくかも。まあ、そんなとこ」


 自分たちに、ろくな未来が待っていないことは理解していたつもりだが、ハッキリ言葉にされて、蒼嵐は暗澹あんたんたる気持ちになった。


「親たちの不正をマスコミにリークしたら?」という往人の言葉には、美菜子は肩をすくめた。


「ムダね。町ぐるみで、この慣習のことは隠蔽されてるのよ。きっと、あなたたちは市民病院の精神科から逃亡したことにでもされる。証拠の書類だって、いくらでも偽造される。あなたたちの言うことを信じる人はいない」


 蒼嵐はガッカリした。

 この状況から脱することのできる、ただ一つの希望がなくなってしまった。


 すると、薔子が口をひらく。

「それより、春木さん。教えてください。この町の慣習のこととか、生贄とか。かえごって、なんですか?」


 美菜子は物思いに沈むような口調になる。


「各地を転々としながら、その日暮らしで、この町に戻ってきたのは五年前。東京でぐうぜん、幼なじみに会ってね。わたしより二さい年上の人だけど。その人から町の風習のことを聞いたの。もう戻っても大丈夫だってことも。

 その人は言ったわ。『かえごが殺されたから、おまえの役目は終わったんだ。だから、町に戻ってもいいんだ』って。

『かえごって何?』

『とりかえっ子のことさ』

『とりかえっ子?』

『ああ。異空様のね』

『異空様?』

『黒縄手神社の裏にお稲荷さんの祠があるだろ? あそこに祀られた神様だよ』

『お稲荷さんに祀られてるのは、お稲荷さんじゃないの?』

『違うんだよ。異空様は……そうだな。今風に言うと、悪魔だから。悪鬼なんだよ。だから、表向きお稲荷さんと偽って、こっそり祀られてるんだ。おれは親父から、そう聞いた』

『悪魔を信仰してる町なんて、ヤバイじゃない』

『見返りが大きいから』

『見返りって?』

『あの町、小さいわりに、石油だの石炭だの宝石だの、いろんな資源が見つかるじゃないか。最近ではレアアースが見つかったって。それがつまり、異空様の力なんだよ』彼は、そう言っていた」


 美菜子はコーヒーをふくみ、ほうっと吐息をつく。

 そして、また言葉を続ける。


「その彼に教えてもらったり、町に帰ってから調べて、わたしがわかったことは、こう。

 ここがまだ村だったころに、その信仰は始まった。でも、そんなに古い話じゃないのよね。わたしのときでまだ三回めの“祭り”だった。つまり、六十年ほど前かららしい。今年で四回め。

 祭りは十五年に一度おこなわれる。その年に生まれた子どもを異空さまに生贄として捧げる。生贄って言っても、祭りのときに、その場で殺されるわけじゃないの。お稲荷さんの祠のなかに一人ずつ、赤ちゃんを入れていって、しばらく置いてから家につれてかえる。祭りのあいだにやるのは、それだけ。

 そうするとね。そのなかの一人だけ、異空様の子どもと交換されるんだそうよ。親にもわからないけど、生贄のなかの一人は人間の子どもじゃなくなるの。悪魔の子どもが化けてるわけよ。托卵たくらんよね。カッコウとかがやるやつ。自分の卵をほかの鳥の巣に生みつけて、ヒナを育てさせる。それを、異空様はやってるの」

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