五章 2
「な、なんで……いったい、春木さん……」
殺されると、蒼嵐は思った。
拓也を殺害し、その心臓を食べたのは、この女なのだから。
ふるえている蒼嵐を見て、美菜子はキュッと口唇の両端をつりあげた。
「心配しなくても、もう殺さないわ。だって、心臓は一つで充分だから」
蒼嵐が答えられないでいると、薔子が口をひらいた。
「春木さん。どういうことなんですか? あなたは何を知っているの?」
美菜子はスカートの端で血に汚れた手をぬぐう。そうすると、尻もちをついた蒼嵐からは彼女の下着がチラチラ見えて、こんなときなのに動揺した。
「わたしだけじゃない。大人はみんな知っているのよ。この町で何が起こっているのか。旧黒縄手村の人間なら、誰でも。それに、わたしは前回の生贄の生き残りだしね」
そういえば、美菜子は「生き残るのも、みじめなもの」と言っていた。それに学校では教頭たちが「前のときも三人、生き残った」と言っていた気がする。
「生贄は、おれたちが初めてじゃないんだ」
その考えに到達し、蒼嵐は身ぶるいした。
この町には以前からずっと、こんな恐ろしい風習があったのだ。そんなことも知らず、のうのうと十四年間、生きてきたことが、むしょうに怖かった。
美菜子はうなずき、
「わたしも知ったのは生きのびたあとだけど。知りたければ話してあげる。でも、ここは人が来るかもしれない。もっと安全な場所に行きましょう」と、手招きする。
蒼嵐がためらっていると、往人が立ちあがり、美菜子に食ってかかった。
「待てよ。あんたが信用できるって保証があるのか? あんた、拓也を殺したんだろ?」
「殺したわよ。わたしが、もう一度、あの人とつながるためには、それしか方法がなかったから」
「あの人? それに、さっき言ってた“かえご”ってなんだ?」
美菜子はクスリと笑う。
「興味があるならついてきなさい。坊や。イヤなら来なくていいのよ。あなたたちがどうなろうと、わたしには関係ないしね」
美菜子は言いおいて、戸口へ歩きだす。
「往人。どうする?」
蒼嵐が小声でたずねると、往人もささやき声で返してくる。
「しょうがない。罠かもしれないけど、行くしかないな」
たしかに、そうだ。
ウソかホントかわからないが、いちおう、すぐに蒼嵐たちを殺すつもりはないようだし、自分たちの身に何が起こっているのかは知りたい。
蒼嵐は歩き始める往人についていった。
薔子は干し草のところにおきっぱなしにしていたデイパックをとりにもどってから追いかけてくる。
外へ出ると、やはり日が暮れていた。
血のような色の夕焼けが、暗闇に刻一刻と飲みこまれていく。
この時間帯なら、そうそう姿を見られる心配はない。
「どこへ行くんですか?」
たずねたが、美菜子は「しッ」と言うだけで答えない。
人目の少ない細い路地を選んで、美菜子は歩いていく。
つれられていったのは、小学校にほど近い一軒の民家だ。
この町ではごくふつうの昭和風の家屋。
さほど大きくもないが、さりとて小さくもない。せまいなりに庭にかこまれている。高いコンクリート塀が周囲の家から内部を隠している。
「ここ……誰が住んで……?」
美菜子はポケットから鍵を出して、ふつうに表玄関からなかへ入る。一畳ほどの
しかし、空き家にしては、靴箱の上の花瓶には花が飾られている。革靴や、ちょっと庭に出るときにはくサンダルも出しっぱなしになっていた。
美菜子は蒼嵐たち三人を招き入れると、近所をすばやくながめたあと、玄関の引き戸をしめ鍵をかける。引き戸だが、鍵はシリンダー錠だ。なかからは、つまみをまわすだけで開閉できる。
「ここ、誰の家だよ? 誰か住んでるんだろ? 家のやつが帰ってきたら、どうするんだ?」
とうぜんながら、往人が心配してたずねた。
が、まもなく、美菜子が安全な場所と言う意味がわかった。
美菜子について家にあがると、ろうかを歩いていく。
片側にふすまの部屋が二つならび、反対の右手に階段がある。階段を通りこしたさきには、木のドアがいくつか。
往人が慎重に手前の部屋のふすまをあけようとすると、美菜子が止めた。
「そこはあけないほうがいいと思うけど。あなたたちが居心地よく休みたいのならね」
だが、往人はそんなふうに言われて、おとなしく従う性格じゃない。勢いよく、ふすまをあける。
そのとたん、ムッと臭気がたちこめた。
血の匂いだ。
そこは家族の居間だった。
しかし、今はとても、そこに平常心でいることはできない。畳も壁も血みどろだ。
そして、この家の一家と思われる死体が、ゴロゴロ、ころがっている。コタツの上には、ミカンの入ったカゴのとなりに、生首がのっていた。
蒼嵐は一瞬で目をそむけた。
だから、よくは見なかったが、どれも猛獣に殺されたような死体だった。刃物や銃などで殺されたわけではなく、力まかせに手足をひきちぎられたかのような……そんな死体だ。
「これ……」
ふるえる声を押しだすと、美菜子はあっけなく認める。
「わたしが殺したの。じゃないと、こっちが殺されるから」
真剣な顔で、薔子が言った。
「春木さん。どういうことなのか教えてください」
「いいわよ。そのつもりで、ついてきたんでしょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます