五章
五章 1
声をあげて、蒼嵐はとびおきた。
以前と同じだ。したたるように汗をかいている。
心臓がドキドキして破裂しそうだ。
ほとんど同時に、となりで寝ていた往人も目をあける。
呼吸の荒さと尋常じゃない脂汗が、蒼嵐と同じ夢を見ていたことを告げている。
「往人。見たよね?」
「ああ」
「やっぱり、あの殺人犯、中学生だよ。おれたちの同学年なんじゃないの?」
「たぶん……」
「それに、あいつ、ただの快楽殺人犯なんかじゃない。なんか目的があるんだ。昔の慣習をよく知ってる人だから、石田さんは殺されたんだよ」
蒼嵐は興奮していたので、つい往人の肩をつかんでゆさぶった。往人は蒼嵐の手をふりはらうと、頭痛を抑えるように指でこめかみをもむ。
「一つわかったよ。そら。おれは、そらほどハッキリ、その夢を見れてない。老人が殺されるところは見えたけど、それが石田さんだとか、慣習がどうとか、わからなかった」
「えっ? そう?」
二人で話しあった結果、往人の見る夢では、殺人犯の思考までは読みとれないことがわかった。映像も蒼嵐ほどクリアではないようだ。
「なんで違うんだろう?」
「感度……かな?」
「ふうん」
そんなことを話していると、薔子も干し草の上に起きあがってくる。三人とも眠っていたのだ。
「柊木さんも見た? 殺人犯の夢?」
蒼嵐が問いかけると、薔子は首をふった。
暗いので表情が読みとれないが、ようすがいつもと違う。
「どうしたの?」
かさねて問うと、
「……予知夢、見た」と答える。
「どんな夢だった? これから起こることがわかった?」
蒼嵐は期待したのだが、薔子はうなだれて、だまりこむ。
「薔子さん?」
思わず、下の名前で呼んでいた。
薔子は顔をあげ、今度はニッコリ笑う。
「蒼嵐くん、図々しい」
「あっ、ごめん。でも、薔子さんだって、蒼嵐って」
「わたしたち、運命共同体だよね。まあ、いいんじゃない?」
蒼嵐が小さな喜びをかみしめていたときだ。
しッと、往人が蒼嵐たちを制止する。
そして、出入口を指さした。
どうやら、外は日没前らしかった。
四角い穴のむこうから、茜色の日差しが入りこむ。
その赤い穴を背景にして、人影が黒く立っていた。
町の大人が、ここまでやってきたのだろうか?
蒼嵐は緊張した。が、よく見るとその人影は、大人にしてはずいぶん小柄だ。蒼嵐たちくらいの子どもに見える。しかも、体形から言って、少女だ。
「おれたち以外にも逃げてきたヤツがいたんだな」と、往人は言って、立ちあがる。人影にむかって近づこうとする。
蒼嵐はなぜか落ちつかなかった。
大人でなければ、おたがいに協力しあえばいい。
仲間になれるはずだ。
なのに、イヤな感じがする。
(なんだろう? あのシルエット。見たことがある……?)
もうすぐ、往人が人影のもとにたどりつく。
たぶん、そろそろ顔の判別ができるはずだ。
それにしても、なぜ、人影は動かないんだろう?
こっちが何者かわからないから警戒しているんだろうか?
でも、それなら、さっさと逃げるのがふつうなんじゃないのか?
そこまで考えて、蒼嵐は思いだした。
じっと動かず、行く手をさえぎるように立ちふさがっていた人影を。
「往人! ダメだ、そいつ——」
そのときには、往人の口から叫び声があがっていた。
まちがいない。
「そいつ、杉本若奈だ!」
「杉本さん? 死んだんじゃなかったの?」と言ったのは、薔子だ。
「死体が動くんだよ。昨日は拓也の死体も学校まで追ってきて……」
目の前で溶けた。
あのときのことを思いだして、蒼嵐は吐き気をおぼえる。
しかし、ぐっとガマンして立ちあがった。
往人はこっちにむかって逃げ帰ってくる。
見ると、蒼嵐の足元に包丁が落ちている。春木の家から持ってきた、ゆいいつの武器だ。
「往人!」
「そら。逃げろ! こいつ、死体だ!」
死体だということは、イヤというほどわかっている。
なにしろ、若奈は蒼嵐の見ている前で殺されたのだから。
でも、昨日の死体になった若奈の動きは鈍かった。
蒼嵐は逃げきれるという自信が、そのときまであった。
包丁をひろって薔子の手をひき、往人のほうへむかう。
入口をふさいでいる若奈の死体をどうやってどかすか、そんなことを考えていると——
シルエットが動いた。
若奈の死体はいきなり獣のように跳躍し、いっきに間合いをつめて、往人を押し倒した。
「往人ォーッ!」
ダメだ。このままじゃ、往人が殺される。
拓也くんのときみたいに、おれはまた、なんにもできない……。
「やめろよ! 杉本! おまえ、もう死んでるんだよッ!」
叫んでもムダなことはわかっていた。
若奈は歯をむきだして、吸血鬼か何かのように、往人の首すじに噛みつこうとする。それを必死になって、往人が両手で若奈の顔をつかみ、押しかえそうとしていた。
往人の腕がふるえて、じょじょに若奈の頭がおりてくる……。
蒼嵐はあせった。だが、鶏舎はムダに広く、なかなか、そこまで行きつけない。まにあわないことは、すでに理解していた。
そのとき、出入口から何者かがかけこんできた。
黒い影。
若奈の背後にすばやく立ち、そして——
「ぎゃあああッ!」という悲鳴が鶏舎に響きわたる。
若奈の喉から手が生えていた。
背後に立つ何者かの手刀が貫通したのだと察するのに、蒼嵐は数瞬を要した。
(しゅ……手刀? この人、素手で喉をつきやぶった?)
若奈の喉からつきだしていた手首が、ゴボッと音を立てて、喉のなかへめりこんでいく。つまり、何者かが貫通していた自分の手をひきぬいた。
ドス黒い血の噴水をあげながら、若奈の死体はあおむけに倒れる。
「こいつらはね。心臓をつぶさないと、ずっと動き続けるのよ。かえごにあやつられてるから」
言いながら、その人は倒れた若奈の胸に血まみれの手をつっこむ。
やがて、その手は若奈の心臓をつかみだした。
ギュッと、カエルをつぶすような無造作なしぐさで、心臓をにぎりつぶす。タールのような血のかたまりがこぼれおち、それとともに黒い煙がゆらめいて消えた。
「これでもう安心」
そう言う人の顔を見て、蒼嵐は尻もちをついた。
ぜんぜん、安心じゃない。
薄闇のなかで白目だけが異様に目立つ、その顔。
切れ長の目がやや冷たく見えるが、美人の部類だ。和風の顔立ちにシャギーのショートカットがアンバランスで、かえって色っぽい。
春木美菜子だ。
九尾の狐のような妖艶な笑みで、蒼嵐を見おろしていた。
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