四章 3


 *



 昨日から逃げてばかり。

 どこへ行っても、蒼嵐たちの落ちつける場所はない。

 親に見放されるというのは、世界中から居場所がなくなることなのだと痛感した。


 ともかく人目につかないために、蒼嵐たちは小学校横のわき道に入った。昨日、杉本若奈が殺されるところを目撃した、あの場所である。

 雑木林のなかにいれば、とりあえず周辺から姿を見られない。


「これから、どうする?」

 蒼嵐が聞くと、往人が答える。

「町から出よう。殺される前に逃げださないと」


 しかし、薔子の考えは違っていた。

「待って。ねえ、さっき、蓮池くんと話してたんだけど、わたしたちが異空様の生贄だっていう、あれ」


 往人は説明を求めるように蒼嵐を見る。


「昨日のことを柊木さんに話したんだよ。そしたら、柊木さんの伯父さんが、そのことについて研究してるって」


 薔子が続けて言う。

「だから、ねえ。うちに行ってみない? なんで、わたしたちがこんなめにあうのか、原因がわかれば、対抗手段が見つかると思う」


 往人はあまり気がすすまないようだ。


「……たしかにそうだけど、でも、柊木の家はマズイんじゃないか? 絶対、見張りがついてる」

「見張りは……ついてるかもね。でも、伯父さんの部屋は離れにあるの。夜なら忍びこめると思う」

「マスコミに力を借りてから出直したほうがよくないか?」

「そう言うけど、たぶん、駅やバス停にも見張りはついてるんじゃない? すんなり逃がしてくれると思えないけどな」


 薔子は往人と同様に成績もいいし、前もって逃げる場所を確保しておくなど、冷静で計画性がある。こうして話しているのを聞くと、けっこう気も強いようだ。往人と互角にやりあっている。


 二人の会話を、蒼嵐はだまって聞いていた。

 話の内容より、今いる場所のほうが気にかかってしかたない。

 このわき道は昨日、若奈が殺された場所だ。そして、若奈の死体が歩いていた場所……。


 拓也の死体は溶けたが、若奈はあのあと、どうなったのだろう?


 いや、そもそも、あれはなんなのだろうか?

 ほんとうに死体なのか、それとも往人が言っていたように、霊的な何かなのか?


(悪霊……って、なんだろう? ふつうの幽霊のこと? それとも、なんか特別な意味があるのかな?)


 でもそれも、春木の言っていたことだ。急に拓也を殺して、あんな残酷なことをして、いったい何がしたかったのかわからない。


「この近くに空き家があったよな?」と、往人が言ったので、蒼嵐は我に返った。どうやら、薔子の言いぶんが通ったようだ。夜になるまで身をひそめていられる場所を探している。


「空き家って言うより、あれ、家畜小屋だよ。ずっと前、鶏舎だったって聞いたことがある」と、薔子。


 その建物なら、蒼嵐も知っていた。しかし、お世辞にもふだんなら近よりたくないところだ。建物が古くて倒壊寸前なのだ。怖い、というより見るからに危ない。


「えっ? あそこに行くの?」


 思わず口をはさむと、往人と薔子に同時ににらまれた。


「そら。このさい、しかたないよ」

「殺されるよりマシでしょ?」

「う、うん……」


 二人に迫られると反論のしようがない。

 蒼嵐は往人たちのあとについていった。


 雑木林と畑のあいだくらいの位置に、その廃屋はあった。


 目の前で見ると、記憶していたより、さらに古びて屋根は傾いている。その屋根には苔や雑草が生え、見るからにお化け屋敷だ。「わッ」と声を出せば、そのまま、くずれそうに見える。


「子どもが隠れていられそうな空き家とかは、必ず調べに来るんじゃないの?」

「それにしたって、隠れていられるだけ見つかりにくいだろ」

「そうだけど」


 蒼嵐が何を言っても、往人は聞く耳を持たない。

 廃屋にみずからすすんで入っていく。

 しかたないので、蒼嵐も従った。


 出入口の扉はなくなっていた。枠もゆがんでいる。

 その出入口をくぐると、なかは暗い。真っ暗だ。窓ガラスが風雨でくすんでしまって光が入ってこないらしい。


 少し目がなれると、鶏舎だったというウワサは真実だとわかる。たくさんのニワトリを一列にならべて入れておく、鶏舎独特のケージがいくつも目についた。干し草や飼育用の作業道具などが散乱している。


「うえッ。すごい匂いだな」と、往人が顔をしかめた。


 動物を大量に飼っていた場所だ。長い時間がたっても糞の匂いがしみついている。


 ここで夜まですごすのかと思うと、蒼嵐は憂うつになった。

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