四章 2


「どうする?」


 蒼嵐がたずねると、往人と薔子は数瞬、だまりこむ。

 相手は銃を持った大人だ。申しわけないが、今の自分たちでは助けようがない。全員、捕まって殺されるのがオチだ。それは、もちろん、蒼嵐にもわかっている。


「つれていかれたの、誰だろう?」


 蒼嵐は続けてたずねた。

 往人が首をふる。


「声だけじゃ、わからない」

「大人、全員、外に出たのかな?」と言ったのは、薔子だ。


 それには、往人がうなずく。


「たぶんね。足音と話し声が遠くなって、最後にカギをしめる音がしたから」

「じゃあ、窓から、のぞいてみたら?」


 蒼嵐は言った。

「おれ、見てくる」

「おれも行くよ」

 そう言って、往人もついてくる。

 薔子はだまって、蒼嵐たちを見送った。


 床板をはねあげて、ピアノの下に出る。

 校舎のなかは、しんと静まりかえっていた。

 誰かが内部にいる気配はない。

 安心して、蒼嵐はろうかへ歩いていった。


 ろうかの窓をのぞくが、そこからは校庭が見えない。保健室のほうが見やすい。保健室まで小走りに走っていった。


「そら。気をつけろよ。誰かに見つかったら、マジヤバイからな」

「わかってるよ」


 保健室に入り、そっと窓から外をながめる。

 古い校舎なので窓は小さく、窓の下にしゃがみこむスペースがある。窓枠に隠れながら片目でうかがっているぶんには、外から見つけられることはないだろう。


 大人たちはひとかたまりになって、少年を一人ひきずっていた。遠くて顔までは判別できない。でも髪型や全体の体つきで、同じクラスの角脇かどわきではないかと、蒼嵐は思った。


「角脇くんだ」

「そうみたいだな」

「どうするの?」

「……どうしようもないよ」

「でも……」


 話しているうちにも、角脇は数人がかりで校庭のまんなかまで、ひっぱっていかれる。泣きわめく声が、やけに響いて、ここまで聞こえる。


 やがて、教頭が何か命じると、津野が猟銃を角脇にむけた。銃口がピッタリと、角脇のひたいに押しあてられる。


 ウソみたいな光景だ。

 陽光のふりそそぐ明るい日常の景色を、容赦なく非日常が侵食してくる。


 やがて、パン、と銃声が一発、響いた。

 猟銃の銃口がどけられると、そのまま、角脇は前のめりに倒れた。顔から校庭によこたわる。頭部の下から赤い輪が、ゆっくりと広がった。


(ウソだ。こんなカンタンに。害獣みたいに、あっけなく殺されるなんて……)


 蒼嵐が涙ぐんでいると、往人が蒼嵐の背中をたたいた。

 窓ぎわから離れるよう、しぐさで、うながしてくる。


 最後にもう一度、校庭に倒れた角脇をながめた蒼嵐は、そのとき気づいた。


(あれ……? 大人の数、少なくないか?)


 頭数を数えると、五人しかいない。

 最初に校庭で彼らを見かけたときは、六人いたような気がする。


 蒼嵐はそのことを往人に伝えようとした。

 が——


 急に背後から肩をつかまれた。

 背後を仰ぎ見ると、男が立っていた。

 田村だ。角刈りの中年男の目に、猛獣のような殺気がこもっていた。手に大きなナタをにぎりしめている。


(ダメだ。殺されるんだ……)


 田村がナタをふりあげるのを、蒼嵐はぼんやり見つめた。


 そのとき、往人がモップをつかんで、田村になぐりかかった。

 音楽室へ移動するときに、保健室に置いたままにした長柄のモップだ。


 するどい突きが田村のアゴに、きれいに入る。

 うしろによろめいたところに小手がキマった。田村の手からナタがころげおちる。往人はモップをなげだし、すばやく、それをひろう。


「往人!」


 蒼嵐が叫んだときには、往人はナタを田村の肩にふりおろしていた。ギャッと短い悲鳴があがる。


 往人はあおむけに倒れた田村に馬乗りになって、その顔面にナタの刃をたたきこむ。ビュッと血が噴きだした。


 顔を二つに割られて、脳みそや、いろいろなものをはみださせた田村は動かなくなった。


 往人はハアハアと肩で息をして、田村の頭からナタをひきぬこうとする。が、骨にくいこんで固いのか、ぬくことができない。


「往人……」

「しかたないだろ。殺らないと、殺られるんだ」

「そうだけど……」


 蒼嵐は、ぼろぼろと涙がこぼれて止まらない。


「おまえは優しすぎるよ。そら」


 決意を秘めた目で、唇をかみしめる往人が、まるで知らない人のように見えた。子どものころからいっしょにいた幼なじみではないかのような。顔は往人でも、なかみは別の誰かのような。

 蒼嵐の知らないうちに、そっと誰かの魂とすりかわってしまったような、そんな気がした。


「そら。逃げよう。ここにいたら、ほかの大人が戻ってくる」


 たしかに、このまま田村が帰ってこなければ不審に思うだろう。じっくり調べられれば、音楽室の薔子の隠れ場所も、いつか見つけられる。


 往人が走りだしたので、蒼嵐はあとについていった。

 往人は音楽室へ帰り、ピアノの下にもぐりこむ。

 床板をひきあげ、なかにいる薔子に保健室でのことを告げる。


「柊木。おまえも逃げたほうがいい。田村さんの死体が見つかったら、校舎のなかは徹底的に調べられる」

「あなたたち、困ったことしてくれたわね。わたしがずっと前から準備していた隠れ場所だったのに」

「悪かった。でも、そんなこと言ってる場合じゃない」

「たしかにね」


 薔子はデイパックを持っていた。そのなかにレトルト食品や缶詰を手早く、いくつかつめこんで、床下から這いあがってきた。


「蓮池くん。大事な武器でしょ? 手放さないで」


 薔子は蒼嵐の手に、血みどろになったドス黒い包丁を渡してくる。蒼嵐がためらっていると、よこから往人が、それをつかんだ。


「早く、行こう。職員トイレから裏庭に出れる」


 三人は往人を先頭にして走った。

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