三章 2


 往人はため息をついた。

「まあ、しょうがないよ。それより、もうすぐ夜が明けるよな。明るいうちは外を出歩くのは危険だ。今日はここで休んで、夜になってから町をぬけだそう」

「そうだね」

「今のうちに校舎のなか調べてみよう。懐中電灯とか、武器になりそうな調理器具とか、まだ置いてあるかもしれない」

「うん。そうしよう」


 やっぱり、往人はたよりになる。

 同じ年なのに、蒼嵐には思いつかないようなことを、すぐに考えてくれる。


「あっ、そういえば、毛布、ありがとう」

「毛布?」

「毛布かけてくれただろ? 教室でおれが寝てたとき」


 往人の力では同い年の蒼嵐を保健室まで運ぶことはできないだろう。だから、毛布だけ持ってきてくれたんだと思ったが、往人の返事は違っていた。


「おれ、毛布なんて知らないよ。おまえが学校に来てることにも気づいてなかったし」

「えっ……?」


 では、いったい、誰が毛布を持ってきてくれたというのか?


 なんとなく、二人はだまりこんだ。

 しばらくして、往人がせっぱつまった声を出す。あわてて枕元のメガネを手にとり、かけた。


「調べてみよう。学校のなかに、おれたち以外の誰かがいるんだ」

「うん」


 蒼嵐は思いだした。寝る前に見かけた女の人影のことを。

 そのことを話すと、往人は舌打ちをついた。


「もっと早く言っとけよ」

「ごめん」


 往人は保健室のロッカーに入っていた長柄のモップを持って、ろうかへ出ていく。蒼嵐もあとを追う。


 一階には誰もいなかった。

 二階へとあがる。


 階段をあがるとちょっとしたホールがあり、ろうかが二手に伸びている。


 まっすぐ伸びたろうかの両側には教室がならんでいる。その奥は図書室だ。

 もう一方の直角に枝わかれしたほうは、理科室や視聴覚室に通じていた。


 ろうかは回廊になっていて、ぐるっと一周すると、もとのこのホールへ帰ってくるようになっている。


「二手にわかれようか?」と往人が言うので、蒼嵐はほんとは反対したかった。しかし、臆病者だと思われるのはシャクなので、「わかった」と返事をする。


「じゃあ、おれ、こっちへ行くよ」

 そう言って、往人は直角のろうかへ歩いていった。


(なんだよ。せっかく会えたのに、また一人になることないじゃないか)


 往人は自分の目で、若奈の死体が動いているところを見たわけじゃないから、蒼嵐の気持ちがわからないのだ。

 あれはほんとに夢でも幻でもなかった。死体が生き物のように動いていた。


 ふと、思う。

 春木が言っていた悪霊というのは、そういうもののことではないのだろうか?


 遠ざかる往人の背中を恨めしく見送ったが、ずっと立ちつくしているわけにもいかない。しょうがなく、蒼嵐はまっすぐなろうかへと歩きだした。


 教室のなかにも一室ずつ入っていって、教壇の下など、人の隠れていられそうな場所を調べた。だが、誰もいない。


 まがりかどをまがると、図書室だ。背の高い本棚が壁をおおっている。本棚の本は全部、新校舎に移されて、カラッポになっていた。意外と隠れ場所は少ない。


 誰もいないので、図書室を出た。

 そのとなりは理科室だ。ここだけは一人で入りたくなかった。ガイコツの模型やホルマリン漬けの瓶がある。


 理科室のドアの前で、往人が来るのを待っていた。

 すると、まがりかどのむこうから笑い声が聞こえてきた。


 なぜ、無人の学校で笑い声が?

 侵入者がいないか探しているというこの現状で、往人が一人で笑うはずもない。


 しかし、それに続いて聞こえてきた話し声は、たしかに往人の声だった。もしかしたら、電話でもしているのかもしれない。


 蒼嵐は安心して、まがりかどをまがった——


 往人がこっちへ歩いてくる。

 しかし、一人ではない。そのとなりに誰か、もう一人いる。

 なんだ、隠れていたのは知りあいだったのかと思い、蒼嵐はなおさらに安堵した。が……。


「あっ、そら。おまえに毛布かけたの、コイツだったよ。おまえ、勘違いしてたみたいだけど、死んでなかったんだ」


 蒼嵐を見て、往人は明るい声で呼びかけてくる。

 が、蒼嵐はひざがガクガクふるえだし、にわかに声が出ない。


 往人がかるいステップで、二、三歩かけよってきた。


「やっぱ、おまえ疲れてるんだよ。今日はもういいから、おまえ保健室で休んでな。おれとコイツで学校んなかは調べとくから」


 ぽんと蒼嵐の肩をたたく往人の服を、蒼嵐はあわてて、つかんだ。


「だ……ダメだ。往人。行ったら、ダメだ」

「え? なんで?」


 蒼嵐は次の言葉を発っしようとするものの、歯の根があわない。カタカタと歯と歯がふれあって、舌をかみそうだ。


 往人は蒼嵐の手をつかんで、ひきはなそうとした。

「おまえさ。前から怖がりなのは知ってたけど、ビビりすぎだよ。今、暗いとか怖いとか言ってる場合じゃないだろ?」


 蒼嵐が一人で保健室へ帰ることをイヤがっていると思ったようだ。

 蒼嵐は必死で訴えた。


「違う!——違うんだよ。し……死んだんだ。ほんとに、死んだんだよ。だ、だって……心臓、食われたんだから。拓也くんは殺されて、心臓えぐりだされて、く、食われたんだよ!」


 そのことは恐ろしすぎて、さっきは話すことができなかった。

 それを聞いた往人はあわてて、彼をふりかえる。

 青白い顔で立つ、拓也を。


「う……ウソだろ? だって、そこに立ってる」

「だから、言ったろ? 若奈の死体が動いたんだって! だから、拓也くんも——」


 蒼嵐は往人とならんで、拓也の死体を凝視した。

 拓也はまるで夢でも見てるような表情で、ぼんやりしている。


 往人が口をひらく。

「拓也。そらが、あんなこと言ってるけど……?」


 拓也は暗い目でこっちを見ていたが、急にふるえだした。

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