三章

三章 1



 わッと声をあげて、蒼嵐はとびおきた。


 なんて夢だ。

 あれは……殺人犯の夢?

 この町で起こっている連続殺人犯の行動を追体験したのだろうか?


 全身にイヤな汗をかいている。

 しかし、妙にあたたかいと思えば、毛布をかぶっていた。もちろん、自分でかけたわけではない。


(毛布?)


 かけてくれたということだろうか……。


(この場所に、誰かがいる?)


 それも毛布をかけてくれる思いやりがあるということは、蒼嵐の敵ではない。往人がやってきたのかもしれない。


「往人? おーい、往人?」


 近所にひびくような大声は出せないので、小声で呼びかける。が、返事はない。


(この毛布、どこから持ってきたんだろう?)


 家からではないだろう。みんな殺されそうになって逃げまわっているんだから、こんな大きな荷物を持って走りまわるゆとりはない。


 蒼嵐は思いついた。

 そう。きっと、保健室の毛布だ。保健室の備品が、まだそのまま置いてあるに違いない。


 往人を探しに保健室へむかった。


 蒼嵐は二年生だから、去年までこの旧校舎を使っていた。保健室の場所も知っている。体育館へむかう細いろうかの行き止まりに位置していた。


 寝入ってしまっていたが、一時間かそこらのことだったようだ。まだ、窓の外は暗い。


 真っ暗なろうかをそろそろ歩いていると、自分の呼吸の音が、いやに耳につく。なんだか、この暗闇に得体の知れない何かがひそんでいるような気がして落ちつかなかった。


 古い校舎なので、ろうかも板がところどころ剥がれかけていて、暗闇のなかでは足をひっかけてしまう。


 一歩進むたびに、ギシリ、ギシリときしむので、闇にひそむ何者かをおびきよせてしまいそうな不安に押しつぶされる。


 それでも、ようやく、保健室の前まで来た。

 つばを飲みこむと、ゴクッと音がするほど緊張する。


 そろそろとドアをあける。

 なかも暗い。

 しかし、暗闇に目がなれていた。窓からのかすかな月の光で、ならび置かれたパイプベッドや、薬棚、小さな机や椅子などが見えた。


 見たところ、無人だ。


 ベッドに歩みよると、毛布はたしかに、ここの備品だとわかる。やっぱり、誰かが、ここから毛布を持ちだして、蒼嵐にかけてくれたのである。


(往人?)


 でも、往人なら、何も姿を隠す必要はない。

 蒼嵐を起こしてくれたらよかったのだ。


 考えていると、保健室のなかで、キシリと音がした。

 ベッドのきしむような音だ。

 蒼嵐は反射的に音のしたほうをふりかえった。

 カーテンがひかれていて見えなかったが、そこにもベッドがある。


 誰かが、そこで寝ているのか?


 かなりドキドキしながら、カーテンのすきまから、そっとのぞいた。毛布をかぶった頭が見える。ちょうど顔が蒼嵐のほうをむいていた。五月人形の若武者みたいなキリッとした顔は、まちがいなく、往人だ。


「往人!」


 ゆり起こすと、うーんとうなりながら、往人は起きてきた。


 よかった。往人は生きている!


 生きて幼なじみと再会できることが、こんなに嬉しかったことなんて、これまでの人生では一度もなかった。だって昨日までは「バイバイ。また明日」と言って別れれば、翌朝、必ず会えたのだから。


「往人。よかった。やっと会えたよ。往人」


 蒼嵐が泣きべそをかいて抱きつくと、往人は「しいッ」と人差し指を口にあてた。こんなときまで、往人はクールだ。


「うん。そらも無事でよかった。大変なことになったな。この町、いったい、どうしちゃったんだろう?」

「知らないよ。急にお父さんが、おれを殺そうとしたんだ」


「うちもさ。でも、おれはまだ起きてたから、うちのなかが、なんか変だと思って、ようすをうかがってたんだ。親父が包丁を台所から持ちだして、おふくろが泣きながら止めようとするから、なんかヤバイと思って逃げだした。そのあとすぐ、おれの部屋の窓があいて、親父がキョロキョロ見まわしてた。おれを殺そうとしたんだなって、わかった」


 蒼嵐もここにたどりつくまでのことを話した。

 若奈が殺される現場を目撃したこと。交番に行ってピストルで撃たれそうになったこと。拓也に助けられて逃げだしたこと。薔子の家に行ったが、薔子は逃げだしたあとだったこと。春木の家で拓也が殺されたこと。


「あの女、変なこと言ってたんだ。おれたちは生贄だとか、えーと……なんとか様に捧げられたんだとか? それで十五になるまでに殺さないと悪霊になるとかさ」


「ホラー映画の見すぎじゃないのか? その女がサイコだったんだろ?」


 でも、そうとは言いきれないことを蒼嵐は知っている。

 でなければ、若奈の死体が動いたことの説明がつかない。


「往人。じつは……」


 そのあとにあったことを話したものの、往人の目は冷めている。暗いから表情が見えないため、そう感じただけかもしれないが。


「ほんとなんだ。ほんとに、若奈の死体が歩いたんだ。それに……それに、おれ……なんか、変な夢、見るしさ」


 夢——と聞いたとたん、往人は食いついてきた。


「どんな夢?」

「なんか、洞くつみたいなとこ歩いてたり、さっきは連続殺人犯が人を殺すところとか……」


 往人がだまりこんだので、また気のせいだと言ってバカにされるのだろうと思った。が、往人は思わぬことを告げる。


「……その夢は、さっき、おれも見た」

「そうなんだ? あれ、変だよね? ふつうの夢じゃないよね?」

「まあ、そんな感じはする」

「やっぱり、この町、なんかおかしいんだよ。わかんないけど、なんか異常なことが起こってるんだよ」

「中学生の子どもを持つ親が、いっせいに自分の子どもを殺し始めることじたい異常だよ。この町にいたら危ない。よその町へ行って助けを求めないと」

「でも、警察は……」

「よその町でもそうかはわからないだろ? それに、警察がダメでもマスコミなら信じてくれるかもしれない。煌の写真、撮ってきたか?」


 蒼嵐は困惑した。


「ごめん。撮ってない」

「なんだよ。死体の写真があれば、子どもが殺されてるんだって証拠になったのに」

「そうか。そうだよね。見つからないように逃げるのに必死だったから……」

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