一章 3


 *



「こっちよ。早くしなさい。ほら、前、走ってる君も」


 一瞬、薔子ではないかと期待したが、声の感じは違っていた。

 でも、ここはためらっている時間はない。

 言われるままに、蒼嵐は門のなかへ入った。

 前を走っていた拓也は大あわてで、あともどりしてくる。


 二人が門のなかへ入り、木の扉がとざされると、しばらくして、走ってくる足音が聞こえた。


「どこ行った?」

「また見失ったか。まったく俊足だからな。うちの拓也は。こんなことならスポーツ選手になんて育てなけりゃよかった」


 拓也の父と薔子の父だ。


「そんなこと言って、ほんとは逃げてくれて喜んでるんじゃないのか? シンちゃん」

「それを言うなら、おまえだって。薔子ちゃんは可愛いもんなぁ」

「……でも、やらないと」

「ああ」

「十五になる前に」


 蒼嵐と拓也は、門の内側で、息を殺して、この会話を聞いていた。


 十五になる前に殺る?

 それは、どういうことだろう?


 呼吸さえ止めて立ちすくんでいると、二人の父親は何かボソボソと言いながら歩いていった。声と足音が遠ざかっていく。


「もう大丈夫みたいね。こっち、来て」


 言われて、ハッとして見なおした。

 目の前に立っていたのは、三十代くらいの女だ。もちろん、蒼嵐は知らない人だ。だが、拓也は知っていた。


「春木さん」

「大変だったわね。こっち来なさい。とりあえず、うちのなかに隠れているといいわ。心配しなくても、うちには子どもがいないから誰も来ない」


 蒼嵐は拓也と顔を見あわせた。

 子どもがいないと来ないとは、どういう意味なのか?

 それに、この人は事情を知っているということか?


「あの、なんでこんなことになったのか知ってるの?」


 たずねると、手招きをしながら女は建物のほうへ歩きだした。


「もちろん、知ってるよ。黒縄手村で生まれ育ったんだから」

「えっ? ほんとに? じゃあ、教えてくださいよ。なんで急に大人が子どもを殺すんですか?」


 女は答えない。

 裏口から建物のなかへ入った。

 ここも薔子の家と同じくらい大きな屋敷だ。


 だが、こっちは古びて傷みが激しい。薔子の家ほど手入れが行き届いていない感じがした。板の張られたろうかは、ささくれてギシギシと歩くたびに音がした。


「悪いわね。わたし一人じゃ、掃除もろくにできなくてさ。何もこんなバカみたいに広くしなくたって、よかったのにね」


 女は言いながら、蒼嵐たちをコタツの置かれた和室へ通した。居間のようだ。タンスや本だなが置かれている。


「待ってて。今、あったかいもの持ってくるから」

「どうも……」


 女は蒼嵐たちを残して行ってしまった。

 ありがたいことにコタツにスイッチが入っていた。もぐりこむと、しびれるような足の痛みがひいていく。急激にあたためられてジンジンする。


「ああ、これ絶対、しもやけになるな」

 蒼嵐がつぶやくと、

「しもやけくらいですんだら、いいほうだよ」と、拓也が言った。


「まあ、そうだけど。さっきさ。拓也くんのお父さん、変なこと言ってたよね。十五になる前に殺さないと、とかなんとか」

「うん。言ってた」

「あれって、つまり、十四さいの子どもは、みんな殺されるってこと?」

「そうかも」

「じつはさ。交番に行く前に、おれ、見たんだよ。クラスの杉本若奈が両親に殺されるとこ」

「そうなんだ」

「柊木さんも襲われて逃げだしたみたいだったね」

「うん」


 もうまちがいない。

 なぜかはわからないが、町中の十四さいの少年少女が、今夜とつぜん、殺されようとしている。あるいは全員ではないのかもしれないが。


 だが、ちょっとだけ安心したこともあった。

 拓也たちの親が話しているのを聞いて、親たちもほんとは子どもを殺したいわけじゃないことがわかった。少なくとも、原因不明の病気で、大人がいっせいに気が狂ったわけじゃない。何か理由があるのだ。


「じゃあさ、あれだよな」と、拓也が下唇をひっぱりながら言った。


「おれたちの学年の友達の家に行っても、みんな、こんなふうってことだよな?」

「たぶん」

「どうしよう。警察にも行けないし」

「とりあえず、ここの人に電話、借りよう? それで、往人と落ちあう」

「往人、無事かなぁ?」


 ふうっと、拓也がため息をついた。

 もしも、十四さいの子どもが殺されるという仮説が正しいなら、往人もすでに殺されてしまっている可能性もある。

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