九章

九章 1



 蒼嵐と往人は同時に薔子をふりかえる。

 薔子は真顔だ。


「だって、そうでしょ? ふつうの神社なら、黒縄手神社みたいに、みんなから見える場所に作ればいいよ。こんなところに隠して建てたのは、よその人たちに見つかっちゃいけないからでしょ?」


 蒼嵐たちは正論が聞きたかったわけじゃない。

 それが正解だと理解したからこそ、反射的にふりかえったのだ。


 往人は冷めた感じに笑う。

「おれたち、その神様に捧げられた生贄なんだ。祭壇に来てしまうのは、マズイんじゃないか?」

「そうかもね。早く、外へ出たほうがいいよね」と、薔子は素直に認める。


 だが、ここから出るということは、薔子の最期が近づいているということを、往人は知らない。

 蒼嵐はあわてた。ひきとめるために問いかける。


「ねえ、異空様を封じることができないかって、話してたよね? その本には、なんか書いてないの?」

「調べてみる?」


 薔子は二冊の本を地面に置いてひろげた。

 蒼嵐はとなりにしゃがんで、いっしょにのぞきこんだ。

 しかし、往人は立ちあがったものの、薔子のそばには来ないで、祠に近づいていく。


「ここに異空様がいるっていうんなら、このなかに入ってるんだろ? ほんとに、存在するだけで住人にものすごい幸運をもたらすほどの、強力な神様なんだと思う?」


 往人は祠の前に立つと、両開きの扉に手をかけた。


 蒼嵐はなんだか、そこをあけてはいけないような気がした。

 異空様がどんな神様なのかは知らない。けれど、じっさいに替え子を通して、蒼嵐たちは説明のつかないおかしな力を得ている。


「往人——」


 ひきとめようとしたときには、往人は祠の扉をあけていた。

 うわッと悲鳴をあげて、往人はあとずさった。

 おかげで、蒼嵐たちにも、ハッキリとなかのものが見えた。


 それは、人間の死体だった。

 ただ、ふつうの状態の死体ではない。

 ミイラだ。あるいは以前、本で読んだ屍蝋しろうというものなのだろうか?


 一番近いのはドライフラワーだと、蒼嵐は思った。

 よく母が庭木の薔薇を台所につるして乾燥させていた。

 あれと同じ。


 姿形はおそらく生きていたころに、ほぼ近いのだと思う。

 暗がりで離れて見るぶんには、眠っているようにも見える。

 しかし、近よって見れば、死体だということは一目瞭然だった。皮膚に艶がなく、水分を失った干物だと。


 祠のなかに手足をまるめて、しゃがみこむような形で安置されている。黄ばんでボロボロになった衣服に隠れていたが、喉のところに大きな切り傷のあとのようなものがある。


「これが……異空様?」


 蒼嵐も往人のとなりに立って、ミイラをながめた。

 乾燥しているので、死亡したときの年齢は見当がつかない。でも、顔立ちはなんとなく少女っぽく見えた。


「ちょっと、薔子ちゃんに似てるよね?」


 白い髪、白い肌の少女。

 外国風の可愛い造作なので、ビスクドールのようにも思える。

 怖いというより、胸の奥をぎゅッとつかまれたように、むしょうに切ない気分になった。


(あ……この子だ。夢のなかで泣いてたの……)


 ぼんやりと見つめていると、とつぜん、少女の長いまつげが動いた。まばたきして、やがて、ゆっくりと目をあける。瞳は赤い。アルビノなのだ。



 ——わかるでしょ? わたしの悲しみ。あなたなら、わかってくれるよね?


 ——わかるよ。おれたち、いっしょだね。



 一人、また一人、仲間が殺されるたび泣き叫んだ。

 みんな、殺された。みんな。

 あの場所は、わたしたちの楽園だったのに。

 ゆるさない。誰も、ゆるさない。殺してやる。皆殺しだ。やつらにされたことを、やつらに返してやるんだ。

 あの化け物たちに報復を……。


「そら!」


 ふいに大声で呼ばれて、蒼嵐は我に返った。

 往人がこわばった顔で、蒼嵐の肩をつかみ、見つめている。


「え? 何?」

「何って、おまえ、変だったぞ。急に皆殺しだとか言いだして」

「え? そうだった?」


 ふりかえってみると、少女のミイラは目をとじていた。

 幻だったのだろうか?


 往人は心配そうな目で蒼嵐をながめ、手を離した。


「……やっぱり、おまえのほうが感度が高いんだよ。でも、これでわかった。このミイラが異空様なんだ。これ、壊せばいいんじゃないか? 燃やすとか、粉々にするとかさ。形がなくなれば力もなくなるかも」


「待って」と、薔子がとどめる。

「異空様って悪魔だって、美菜子さんが言ってたよね? そんなことしたら、祟られるんじゃないの?」

「そんなの、やってみないとわかんないだろ。第一、おれたち、もう祟られてるみたいなもんだよ」

「それもそうね」


 往人が手を伸ばして、少女のミイラを祠からつかみだそうとする。


「ダメだよ! 往人!」

 蒼嵐はしがみついて、ひきとめた。


「なんでだよ。そら、おまえ、さっきから変だよ」

「この子は、ずっと、さまよってたんだよ。仲間の生き残りを探して。この世のどこからも失われてしまった楽園を求めて。今はもう眠りたいだけだ」

「おまえ、何言ってんだよ? 大丈夫か? そら」

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