第六話 裏見参り

第6話 裏見参り その一



 大みそか。

 あと数時間で一年が終わる。


 今年はいろいろあった。

 兄の結婚と、それにともなう死。

 家族を失うことが、こんなにも打撃だなんて。


 しかし、それにも増して、青蘭との出会いだ。


 魅惑的な青蘭。

 高圧的だったり、強引だったり、そのくせ、急にデレたり、空気のようだったり。


 龍郎は見事にふりまわされてばかりだ。


 まったく、なんでこんなにも目が離せないんだろう?


 今日も二人でコタツにあたりながら、晩飯に年越しそばをすする。

 時刻は七時前。


 年末のテレビの特番を気もなくながめていた青蘭が、とうとつに言った。


「あれ? なんの音?」

「えっ? 何?」

「鐘の音が聞こえる」

「ああ。除夜の鐘だろ。近所に寺があるから」

「ふうん」

「何? 鐘つきに行きたい?」

「鐘? そんなものついて、何が楽しいんですか?」

「えーと。煩悩が消えるかと思って」

「人間から煩悩が消えることなんてありませんよ」

「うーん。リアリスト。じゃあ、神社は? おけら参りしようか?」

「おけら参り?」

「大みそかの夜から元旦にかけて神社にお参りに行くことだよ」


 なぜかわからないが、青蘭はくすくす笑った。


「いいね。夜の神社。楽しそう」


 なんだろうか。

 今の答えは何かが違う気がする……。


「ふうん。じゃあ、そば食ったら行こうか」

「うん」


 青蘭の目が輝いている。嬉しそうだ。


 そばを食べおわり、風呂もすましてから、龍郎たちはコートを着込んだ。コートのポケットに財布とスマホを入れる。


「どんな神社ですか? 暗くて大きな神社がいいな。まわりを森にかこまれてるような。それか山のなかの誰も行かない廃社」

「ごめん。団地のすきまの小さな荒神さんだよ」

「えっ? 団地? 俗悪にまみれてる」

「俗悪ってほどじゃないと思うけど。このへん、寺は多いけど、大きい神社は遠いんだよ。そっちは朝になってから行こう」


 青蘭は見るからにガッカリしている。


「生活感のある神社なんて、つまんない」

「もしかして、心霊スポット的なやつを期待してたの?」

「しました」


 やっぱり、そんなことだと思った。

 どおりで妙にワクワクしていたわけだ。

 龍郎は青蘭をガッカリさせないために、記憶をしぼりだした。


「あっ、でも、大学の友達がそこの団地に住んでてさ。聞いたんだけど、青蘭の好きそうなジンクスがあるよ。その荒神さんの裏手にお稲荷さんがあってさ」


 青蘭の目が獲物を狙うたかのように、キラリと光る。


「ジンクス? どんな?」

「裏見参りって言うんだけど。お稲荷さんの祠の奥に灯籠とうろうがあるんだ。その灯籠に大みそかの夜、火を灯して、裏から穴をのぞくと、死んだ人と会えるんだって」


 青蘭はニッコリ笑った。


「いいですね。行きましょう。今夜が、まさに大みそかじゃないですか。ロウソクは? ロウソクは持ってますか?」


 とたんに生き生きしている。


「なんで、そんなにお化けが好きなの?」

「悪魔は僕の食料だから」

「うーん?」


 よくわからないが、とにかく、玄関に鍵をかけて二人で出かけた。ロウソクは家になかったので、コンビニに寄って購入した。


 龍郎のアパートは市内の中心部から少し離れているので、周囲には寺と学校がやたらに多い。空き地や田んぼもあった。


 歩くにはやや遠いものの、先年、国宝になったお城があって、そのまわりは早朝の散歩コースにはベストだ。水堀のまわりが、とても美しい。が、今日のところは逆方向へ向かう。


「龍郎さん。急いでください。今日をのがしたら、また一年、待たないといけないんですよ?」

「今、十時か。ゆっくり歩いても十分かそこらだよ」

「そうかもしれないけど、早く試してみたいんです」

「わかった。わかった」


 青蘭にせかされて、急ぎ足で歩く。助手の仕事は雑用と探偵のお守りだと思う。


 畑や空き地のなかに、ぼつぼつと民家がならんでいる。街灯が少なく暗い。

 やがて、黒く四角い積み木のような建造物が前方に見えた。夜の闇のなかで見ると、カステラの箱がならんでいるみたいだ。四階建ての古くさい造りなので、それほど高くそびえてはいない。


「あんまり明かりが見えませんね」

「古いからね。入居者が少ないんだろ。まあ、年末だから、実家がある人は帰省してるんだろうし」

「実家……」


 龍郎はハッとした。

 そうだった。青蘭は子どものころに大火事にあっている。あのとき燃えた屋敷が実家だろう。親の遺産と言っていたから、両親も火事で亡くなっているはずだ。


「ごめん」

「何が?」

「えーと……」


 親を亡くしたあと、青蘭は龍郎に出会うまで、どうやって暮らしてきたのだろう? 気になるが、聞くことはできなかった。あんなツライ経験を、さほど親しくもない龍郎に語りたがるとは思えない。


「その神社って、どのへんですか?」


 青蘭がふつうに話しだすので、龍郎も気をとりなおした。


「ああ。こっちだよ。友達の部屋に遊びに行ったとき、ついでに見てみたんだ」


 団地のまわりを歩いていくと、途中、フェンスとフェンスのあいだにすきまがあった。団地の駐車場に食いこむ形で、数本の木をまとう社があった。神社というよりもお堂のようだ。このへんの氏神である荒神さまだ。いちおう、その前で龍郎は手をあわせた。


「灯籠って?」

「灯籠はこっち」


 お堂の奥へむかう。

 小さな赤い鳥居が目につく。そこの祠がお稲荷さんだ。灯籠は、さらにお稲荷さんの裏にまわらなければならない。


 うふふっと青蘭がいやに色っぽく笑うので、何かと思えば、

「団地を建てるとき、ここを撤去することができなかったんですね。けっこう期待できるかな」


 いわくありそうなことを喜んでいるのだった。


「ほら、ここだよ」


 龍郎はそう言って灯籠を指さした。が、そこには先客があった。灯籠の前に人影がある。それも、五つか六つ。赤く目が光っている。背丈も小さい。小鬼だ。


「うわッ」と、龍郎は声をあげた。

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