第6話 裏見参り その二



 龍郎の叫び声を聞いたとたん、影はわらわらと散開した。キイキイ言いながら、蜘蛛の子を散らすように走りだす。よく見ると、小学生高学年くらいの女の子数人だ。小鬼じゃなかった。


「キャー。オバケだー!」

「やっぱり出たー!」


 と言いながら去っていくのを見て、龍郎はとつぜん、おかしくなった。

 きっとウワサを聞いて肝試しに来た近所の子どもたちだ。子ども相手に悲鳴をあげてしまった自分がなさけない。


(バカだなぁ。女の子の目が光って見えたなんて。ちょうど街灯の光を反射したんだな)


 灯籠は団地のフェンスとの境にあった。まわりをかこっていた木がそこにはないので、団地の敷地が丸見えだ。駐車場を照らす外灯が、ちょうど灯籠の周囲にピンポイントで、ぼんやりとした光をなげている。


「そうだよな。一年で今日だけ限定のジンクスなんだから、興味があれば子どもだって来るよな」


 笑いながら青蘭をふりかえった龍郎は、ギョッとした。外灯の光の作る陰影のせいか、青蘭の顔は妙に青白く見える。心なしか、ひきつっているような?


「どうかしたのか?」

「ここ、いる。それも、かなりタチが悪い」

「えッ?」

「僕の苦手なタイプかも」

「苦手って?」

「ちょっと、いったん、退こう」


 くるっと背をむけて、青蘭が走りだす。しかたなく、龍郎は追いかけた。お稲荷さんや荒神さんの社のよこをすりぬけ、アスファルトの道に出るまで、青蘭は一度もふりむきもせず駆けとおした。


「待ってくれよ。そんなに急がなくても……」


 街路に出たところで、龍郎はハアハアと息を切らしながら声をかけた。青蘭も両手をひざにあててかがみながら、乱れた呼吸をととのえている。


 すると、そのときだ。キャアキャアと金切り声が響いた。さっきの小学生のようだ。


「えっ? まさか、またあの場所に行ったのか?」

「僕らとすれちがうことはできなかったはずですよ。団地側じゃないですか?」

「なるほど」

「団地って、駐車場までなら誰でも入れますよね?」


 言いながら、青蘭はぐんぐん歩いていく。止めても聞いてはくれなさそうだ。もしも住人にとがめられたら、友人に会いにきたことにしようと、龍郎は思った。


 フェンスの切れめから敷地に入る。

 さっきの神社の真うしろにあたるのは、団地の建物から言えば左手の横。駐車場を神社の雑木林がみごとに分断している。神社を移すか撤去することができたなら、絶対にしただろう位置だ。


 そこまで近づいていくと、女の子たちがフェンスの前で尻もちをついていた。


「君たち、どうしたの? 大丈夫?」と、龍郎は子どもたちに声をかけるのだが、青蘭はそこで足を止めた。


「青蘭?」

「なんてことを……この場所に、こんなものを作って」


 青蘭の視線を追うと、フェンスの横に焼却炉があった。神社の灯籠のすぐ裏だ。

 青蘭が強い口調で住人を責める。


「愚かな連中だな。神社は本来、聖域だ。聖域の真うしろでゴミを焼いてたのか。そんな不浄なことするから、やっかいなものが住みつくんだ」


 現在のM市では、ゴミの焼却は禁止されている。かなり古い団地だから、昔、使われていた焼却炉が、今は使われずに放置されているようだ。それにしても、神社のとなりで長年、家庭のゴミを焼いていたのは、あまりに不敬だ。


 龍郎はあらためて、女の子たちに声をかけようとした。「ほら、君たち、もう夜遅いよ。家に帰りなさい」と。

 しかし、口をひらきかけて、少女たちの見つめるさきにあるものに気づいた。


 石灯籠だ。

 お稲荷さんの裏にある灯籠は、団地側からなら、ちょうど裏が見える。見れば、石灯籠の火袋にあいた窓に、まるでスポットライトのような光があたっている。よくある石灯籠の窓は小さく四角いが、その灯籠は丸くて、けっこう大きい。顔ハメ写真の切り抜きのようだ。


 その灯籠の穴から、人の顔がのぞいている。女……いや、少女だ。まわりでうろたえている女の子たちと同い年くらいの小学生だ。


 龍郎は、また笑いそうになった。

 きっと、女の子たちのうちの誰かが、まだ神社に隠れていたのだ。みんなが団地に戻ったタイミングで顔を出して、怖がらせようとしたのだろう。


 このジンクスが人の口にのぼった最初のきっかけもわかった気がした。

 神社の裏に団地が建って、灯籠の裏にまわることが容易になったため、たまたま、神社にお参りする人を駐車場から見かけた人が、幽霊を見たと騒ぎたてたのだ。


 しかし、そのわりには、女の子たちの怖がりかたが並じゃない。


「みんな、どうしたんだ? よく見てみなよ。みんなの友達だろ?」


 龍郎が笑いかけると、小学生たちは声をはりあげて泣きだした。


「ち……違うもん。美凛花みりかは、し——死んだんだもん!」

「えッ? 死んだ?」


 少女の一人が灯籠に指をつきつけて叫ぶ。


「美凛花、団地から飛びおりたんだよー! なんで今さら出てくんのッ? マジキモいよ!」


 わあわあと女の子たちがわめく。


 すると、灯籠の穴から覗いた女の子が、ニヤぁっと口唇をつりあげた。歯が全部、折れている。ダラぁッと血が真っ黒な口中からあふれだしてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る