014. 鱚の味 ※エロ注意

「あー、やっと終わったぁぁぁぁぁ」


 筆記用具を片付けていると後ろの席から、まさに今、この瞬間、気が抜けたことを周囲に知らせるかのごとく声がした。思っていることは同じだったらしく、それを皮切りに、教室内のあちこちでクラスメイトたちが異口同音に言う。

 学生にとって憂鬱極まりない、されど決して避けては通れない学力考査。本年度二回目であるそれが終わるということは同時に、夏休みが待っていることを意味している。生徒ならば誰だって嬉しいだろう。口にこそしないものの、私だってそうだ。


「さなっち」


 やはりこのクラスも例に漏れず一気に騒がしくなる中、愛弓ちゃんが私を呼ぶ。振り返ると愛弓ちゃんは机に突っ伏していた。テスト勉強疲れからか、ぐったりした様子だ。


「お疲れ様、大丈夫?」

「うん……」


 出題された設問にどれだけ解答出来たのかは分からないけれど、彼女はこの二週間、本当によく頑張ったと思う。ケアレスミスの連発でもしていない限り、赤点回避程度は容易に成し遂げていることだろう。めいびー。


「ガチで疲れた……。こんな勉強したの生まれて初めてだぁ。でもさでもさ、わかんないのもあったけど、結構答えられたんだ! ずっと勉強教えてくれたさなっちのおかげだよ、マジありがと!!」

「私もいい勉強になったし、気にしないで」


 言葉の通り、愛弓ちゃんに教えていたことが私のテスト勉強となったのは事実だ。これまでであれば程ほどに留めているところ、教える側の立場に立つことになって妙な責任感が芽生えたせいか、いつもより勉強に身が入っていたように思う。今回は高得点を取れそうな気がする。


「テストも終わったことだし、どっかランチでも行かない? 勉強見てくれたお礼に奢るからさ」

「そういうことのために教えたんじゃないから、本当に気にしないで」

「けどさ――」

「それに今日からまた部活に行くから、気持ちだけ貰っておくね。ありがとう、愛弓ちゃん」


 なるほど、私が彼女に“勉強を教えた”という一点だけを見れば、何かお礼をしてもらうのは真っ当なことだろう。或いは、私が愛弓ちゃんに何かしらの迷惑を掛けられていたのなら、食事を奢ってもらうのもやぶさかではない。

 しかし、“教える”ということは同時に“自分が学ぶ”ということでもあり――それは自分のために彼女を利用したような感覚をもたらし、一方的にお礼をしてもらうのは違う気がしてならない。ただの自己満足かもしれない。相手の厚意を無下にしているかもしれない。それでも私は、自分が納得できないお礼など受け取りたくないのだ。


「うっ……。だ、だったら明日! 明日のお昼、ランチしない? 奢りが嫌なら奢らないし――って、ああ、お礼なのに何言ってんだろあたし……」

「普通にご飯行くだけならいいよ」

「マ、マジ!? でもお礼――」

「行く? 行かない?」

「行きます!」

「うん、じゃあ部活行ってくるね。連絡待ってるから」


 約束を交わすと嬉しいのか不満なのか分からない微妙な表情を浮かべる愛弓ちゃんを残し、私は教室を後にした。



 テストが午前中で終わったからと言って、すぐさま部活の時間というわけもなく、私は体育館裏を訪れていた。

 人気の無いこんな場所へ呼び出された私を待ち構えていたのは数人の上級生で、逃げられないように取り囲まれる。


「あんた一年のくせしてさぁ……」

「ちょっと顔が良いからって調子に乗らないでくれる?」


 肩を突き飛ばされて尻餅をついた私へ上級生が蔑みの眼差しを向け――なんて、体育館裏というワードから、ドラマなどでよく見られる展開を想像してしまうが、実際に私をここへ呼び出したのは、


「佐奈、おっそーい!」

「先輩が早すぎるんですよ」


 なにを隠そう、みや先輩である。

 愛弓ちゃんと話をしていたから少しだけ向かうのが遅れたのは確かだけど、せいぜい二分か三分程度だ。けれど、美弥子お嬢様はそれがご不満らしい。その証拠に頬をぷっくりと膨らませている。リスみたいで可愛いけれど、今言うとイジけてしまいそうだから黙っておこう。

 みや先輩の元へ辿り着いた私は彼女の横へ腰を下ろした。夏だし外だしで気温自体は高いものの、体育館が作り出している影でコンクリート舗装された地面は熱せられておらず、また、風が通り抜けるので存外に居心地が良かった。


「それにしても、どうしてこんな場所なんですか? 中庭か部室でよかったのでは?」

「もう、佐奈は相変わらずなんだから。静かな場所で二人きりになりたかったの。それにここなら誰にも見られないでしょ?」


「ムードは大切なんだよ」と言われ、そういうものなのかな、と思い巡らせてみる。二人で昼食を摂れれば場所はどこでもいいと思っていたけれど、みや先輩の言う通り、どうやら私はまだまだこの手のことに疎いらしい。

 早速、鞄からお弁当を取り出して包みを開けたところでみや先輩に止められた。


「食べる前にこれ返しておくね」


 手渡されたのはタイツだった。それも、新品未開封の。どういうことだろうと首を傾げると、みや先輩が謝ってきた。


「ごめんね、借りたのは脱いだ時か洗った時に伝線させちゃったみたいで。これで許して?」

「それは全く構わないですけど。むしろ、いくつも持ってるのでタイツの一つくらい、別に気にしてもらわなくてよかったですよ」


 それは本心であるものの、他人の物を壊したり紛失したら弁償するなりして誠意を見せるのは当然のことでもあるのだから、ここは素直に受け取っておく。

 鞄にタイツをしまっていると、ふとあの日のことを思い出した私は何気なく口にする。


「そういえば先輩がうちに来たあの日だけ、私の部屋の匂いが違っててですね――」

「え、えっ!? ほんとに!?」


 すると突然、みや先輩が今まで見たことが無いくらい慌てふためきだした。

 私は別に臭かったなんて言うつもりは一切なく、むしろその逆だったのだけど、彼女は自分が汗臭かったと言われるとでも思ったのか、本気の本気で焦っているみたいだ。しばし観察している内に早くも通り越してしまい、取り乱しゾーンに突入しかけているかもしれない。

 なんだかあまりにも可哀想になってきたので、そうでないことを教えてあげるとしよう。


「落ち着いてください、みや先輩。臭かったわけじゃなくて、先輩が居たので普段しない先輩の甘い香りがしたっていうだけですから」

「へ……? ほ、ほんとに?」

「本当です。早とちりしすぎですってば」


 そこがみや先輩の面白いところの一つなのだけど、今の彼女にこれまで言うのは酷というもの。胸のうちにしまっておこうじゃないか。うん、先輩想いの良い後輩だ。

 私がお弁当に箸をつけ始めると、しばらくして落ち着いたらしい先輩もそれに手を伸ばした。

 その後、食事をしながら雑談していたときだった。


「話は変わるんですけど私、結構鱚が好きなんですよ」

「キ、キスが!?」


 みや先輩が驚愕の声を上げた。鱚が好きというのはそんなに驚くことなのだろうか。疑問に思いつつも私は続ける。


「はい。柔らかいのにくどくないので飽きないですし、そのくせ気軽(に買える魚)なのもいいですね。昨日も母が天ぷ――」

「そ、そうだよね、私もそう思うよ! キスって気軽なのがいいよね!! だ、だから……その、キス、してみる?」

「はい?」

「……うん?」


 私は首を傾げた。鱚をするとはどういう意味なのだろう。私が知らないだけで、今時の若い人は――いや、世界中誰しもが皆、当たり前のように知っていることなのだろうか。

 そんな反応をしたせいか、みや先輩も疑問符を浮かべ始めた。


「話が噛み合ってない気がするので念のために確認させてください。私がしていたのは鱚の天ぷらの話だったんですけど――」


 瞬間、みや先輩の顔がトマトのように赤くなった。ああ、これは話がすれ違っていたと見て間違いない。気になって、私は問う。


「先輩は何の話をしていたんですか?」

「そ、それは、えっと、あの、その……」


 尻すぼみになって、最後のほうは聞こえなかった。

 でも反応からして検討はついた。ここで名探偵佐奈の出番である。違いが生じた原因はおそらく「きす」という単語だと思われる。その際、同音異義語の候補は限られる。その中から絞り込むなんて簡単だ。


「私が言った魚の鱚を、口付けのキスだと思ったわけですね」

「うっ……そ、そうだよ」

「キス、したいんですか?」


 単刀直入に聞いてみると、みや先輩は動揺を見せた後、蚊の鳴くような声で「したい」と確かに言った。目を逸らしているが、チラチラと期待の篭った視線を向けてくる。


「いいですよ、しましょう」

「いいの!?」

「はい」


 口付け、接吻、キス。表現の仕方はいくつかあれど、それが示すのは唇同士を重ねる、恋人同士で行う行為の一種。恋がなんなのか分からなくても、その行為がどういったものなのか、行うとどう感じるのか、私だって人並みに好奇心くらい持っている。

 知りたかった私はキスを承諾したが、対する先輩は苦しそうな表情に変わっていく。何か気分を害することをしてしまったのだろうか。


「ごめん、佐奈。私、あなたに謝らなきゃいけない」

「急にどうしたんですか?」


 実は先輩は私のことが好きではなくて、キスしたくないなんて話だろうか――なんて、少々ネガティブな思考が生まれるも、彼女が人を騙して傷付けるのを楽しむような性格でないことは、短い付き合いでも知っている。

 言いづらいことなのか、しばし間があってから、みや先輩が口を開いた。


「この前の勉強会のとき、寝ちゃった佐奈に私……キス、しちゃったの」


 なんということでしょう。どうやら私の唇は私の知らないところで既に奪われていたらしい。そう、らしい・・・のだ。自分のことであるはずが、他人事としか思えなかった。眠っていて意識が無い時にされているのだから当然の話だ。


「ごめん、ごめんね。こんな卑怯なことされて、怒ってる……よね?」

「そうですね」


 言うと、先輩は言い訳をするでもなく、ただ黙って、私から罵詈雑言を浴びせられるのを待っているように思う。

 口では言ってみたものの、眠っているところにキスしましたと言われても、実感も無いのに拒絶や嫌悪なんて感情は沸いてこない。しかし、おそらく一般的な怒りからはかなりずれたベクトルのそれは確かに生まれていた。


「どういうふうにしたんですか?」

「それは……顔に髪がかからないように掻き上げて――」

「言葉じゃなくて、実演してください」


 戸惑いを訴えてくる先輩の視線に、私は真剣なそれで以って返答とする。すると意を決した彼女はジリジリと距離を縮めてきて、鼻先十センチメートルくらいの位置で止まった。


「佐奈は……好きでも無い相手にキスされても、いいの?」

「今更それを言いますか。私、もう先輩にされてるんですよね? それに、してくれないと嘘吐きになっちゃいますよ?」

「えっ?」

「約束したじゃないですか。“特別な好きを教えてくれる”って。だから、私がちゃんと起きてるときに特別なキス――してください」

「……うん」


 小さく返事をした先輩がまた距離を縮めてくると、私の心臓は少しだけ鼓動を早めた。そして目を閉じると、私の唇に彼女のそれが優しく触れた。暗闇の中で温かくて柔らかい感触があったのはほんの三秒程度だ。

 スーッと逃げていく熱を逃がすまいと唇をなぞり、そっと目を開け、眼前のみや先輩に言う。


「これが――特別なキスですか?」

「まさか」


 言うなり、みや先輩は私を抱き寄せ、口付けをする。今度はさっきの優しく愛でるように軽く触れただけのキスとは違い、ついばむように何度も、何度も次第に激しさを増しながら求めてくる。


「んっ、ふぅ――んんっ!?」


 キスの雨が降る中、唐突に私の唇を何かが這った。驚いて口を開けた瞬間、口内に侵入するものがあった。

 それが私の舌に触れる。反射的に逃げるも執拗に追いかけてくる。狭い口腔内で逃げ切る事も叶わず、みや先輩の舌が私のそれをいやらしく舐め回し、絡み合い、漏れ出る扇情的な水音が背徳感を加速させる。

 呼吸が段々苦しくなってきて、頭がボーっとしてくる。

 それまで絡ませていた舌を先輩が引っ込めたかと思うと、私の舌へ吸い付いてきた。

 体ごと逃げようとしても抱きしめられているせいで出来ない。本気で嫌がれば、みや先輩は必ず離してくれるだろう。

 けれど、唇で、舌で感じる熱を――未知なる体験を求め、頭も体も拒否することを拒否する。


「んむっ……せ、せんぱ――」


 いい加減、息が限界を迎え始めた頃、チュパッと生々しい音と共に私は解放された。

 力が入らず、もたれかかった私をみや先輩が受け止めてくれる。


「はぁはぁ、はぁはぁ」


 彼女に身を預け、私は荒くなった呼吸を整える。


「ご、ごめん佐奈……やりすぎちゃった」


 余裕があるらしいみや先輩が謝ってくるけれど、それどころではない私は――クロッチに生暖かいヌメりを感じながら、黙って聞いているしかなかった。

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姉に溺愛されてるJKの私は部活の先輩(♀)に告白されたのでとりあえず付き合うことにした なるみや なるみ @narumiyanaruchi

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