Ⅴ
我々が集落に戻ると、すぐに沢山の鹿人たちが出迎えてくれた。鹿人同士はキュイキュイという、私たちにわからないことばで会話をしているようだ。角のないのはメスなのか。
「私ノ名ハ、ウレ。コノ村ノ長ダ」
額に白い毛がある鹿人がこちらに向き直った。
「助ケテモライ、感謝シテイル」
ウレという額に白い毛がある鹿人が、この集落の
「ウレさん。一つききたいことがあるんだ。いいか」
この村へきたのは、父親のことを調べるためだった。
「セッカク村ニ来タノダ。夕餉ヲ食ベナガラデイイダロウ」
確かにその通り。こうなっては、腹をくくるしかない。
「ツイテコイ」
ウレのことばに従うと、一番大きな日干しレンガの家に導かれる。
「コレガ私ノ家ダ」
入り口には
「ソコニ座レ」
床に敷かれた藁の上に、さらにこんもりと盛りあげられた藁の座席が指さされたので、三人はそれぞれの場所に座ることになった。
女の鹿人が、大きな葉を皿がわりにした食事を持ってくる。
爽やかな匂いのする葉、木の実、赤色の粒が小さい果実。
鹿は草しか食べないというが、この鹿人たちも同じような食生活なのだろう。
恐る恐る大きな葉を噛むと、口中に苦みと
木の実は木の実。渋皮が残っているのが気になるだけで、問題なく食べることができる。
最後に口にしたのは、赤色の果実。口に入れるとこれも苦い。苦みの後に甘さが口中に広がった。
ネリーとシーネも、苦い味に顔をしかめている。
「ご相伴に預り感謝する。そろそろ、ユーエン、いや俺の父親について教えてくれないか」
こちらのことばを無視するように、ウレが手を叩く。
「カンパイ!」
そういうと、ウレが酒を飲み干す。ネリーが目配せをするのが見えるが、大丈夫だとうなずいて、こちらも酒を飲み干した。強い酒に喉が焼けるが、酔うほどの量ではない。二人にも目をやるが、これくらいの酒の量では問題ないようだ。
ふと鹿人に目をやると、ほんの少しの酒で、耳まで真っ赤になっているではないか。短い毛に全身を覆われているにも関わらず、皮膚が紅潮しているのがはっきりとわかる。座っているにも関わらず、その体はゆらゆらと左右に揺れ、目はトロンと焦点が合っていなかった。
「おい、ウレさん! 酔っぱらってもらっては困るぞ」
「体ハ
予想以上にはっきりとした鹿人の口調に驚きながらも、少し安心する。
「それでは教えてくれ。ユーエンは、なぜこの村に来た。何をしたんだ」
「ユーエントハ森デ出会ッタ。縄張リニ入ッタ人間ヲ襲ッタ我ラハ、ユーエンニ叩キノメサレタガ、誰モ怪我ハシナカッタ。仲間ヲ送リ届ケタユーエンハ、何故カコノ村デ暮ラスヨウニナリ、我ラニ武術ヲ教エタ」
「なぜ、武術を教えたんだ。お前たちに何を望んだ」
小首を
「ソレハ、ユーエンガ我ラノ友ダカラダ。人間ガ不当ナ暴力ヲ振ルウナラ、我々モ戦ウベキダトイウガ、ユーエンノ言葉ダ。力任セニ棒ヲ振リ回シテイタ我ラニ、ユーエンハ武術ヲ教エタ。ナンノ代償モ求メナカッタガ、モシ自分ノ仲間ガ助力を求メレバ、助ケテ欲シイトイッタ」
「その仲間とは誰だ。名前はわかるか」
突然、ウレがキュイキュイという鹿人のことばを発すると、また鹿人の女性が姿を現す。その手には、一本の使い込まれた八角棒が握られていた。ウレは八角棒を受け取ると、こちらに棒の真ん中に刻まれた文様を示した。
「コレガ仲間ノ
そういうと、ウレは八角棒を放り投げる。
両手で受け取った棒は、使い込まれて黒光りしていた。訓練用のものなのか、鉄で補強されたりはしていない、ただの八角棒だ。その中央には、丸で囲まれた中に二本の
「この焼き印は、なんの目印なんだ。その仲間とは誰だ!」
ただ鹿人は、悲しそうに首を振るばかり。気重い空気が室内を満たしていた。
孑孑(ぼうふら)男の股旅道中 ~助けたのは美少女でなくオッサンでした~ 重石昭正 @omoshi
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