鹿人しかびとたちの集落は、ざっと見たところ三十世帯。一軒に四名住んでいるとすれば、総勢百二十名といったところか。

 我々が集落に戻ると、すぐに沢山の鹿人たちが出迎えてくれた。鹿人同士はキュイキュイという、私たちにわからないことばで会話をしているようだ。角のないのはメスなのか。

「私ノ名ハ、ウレ。コノ村ノ長ダ」

 額に白い毛がある鹿人がこちらに向き直った。

「助ケテモライ、感謝シテイル」

 ウレという額に白い毛がある鹿人が、この集落のおさなのか。ならば、直接貸しをつくったことは、悪くない選択だった。

「ウレさん。一つききたいことがあるんだ。いいか」

 この村へきたのは、父親のことを調べるためだった。いている俺に、長のウレははっきりといった。

「セッカク村ニ来タノダ。夕餉ヲ食ベナガラデイイダロウ」

 確かにその通り。こうなっては、腹をくくるしかない。

「ツイテコイ」

 ウレのことばに従うと、一番大きな日干しレンガの家に導かれる。

「コレガ私ノ家ダ」

 入り口にはすだれのように縄が垂らされている。扉のかわりだろうか。建物の中は藁敷きで、床らしきものは見えなかったので、土を固めて床にしているのだろう。

「ソコニ座レ」

 床に敷かれた藁の上に、さらにこんもりと盛りあげられた藁の座席が指さされたので、三人はそれぞれの場所に座ることになった。

 女の鹿人が、大きな葉を皿がわりにした食事を持ってくる。

 爽やかな匂いのする葉、木の実、赤色の粒が小さい果実。

 鹿は草しか食べないというが、この鹿人たちも同じような食生活なのだろう。

 恐る恐る大きな葉を噛むと、口中に苦みとかぐわしさが広がった。しかし、それだけ。数回噛んで、吐き出すのも礼を失すると思い飲み込んだ。

 木の実は木の実。渋皮が残っているのが気になるだけで、問題なく食べることができる。

 最後に口にしたのは、赤色の果実。口に入れるとこれも苦い。苦みの後に甘さが口中に広がった。

 ネリーとシーネも、苦い味に顔をしかめている。

「ご相伴に預り感謝する。そろそろ、ユーエン、いや俺の父親について教えてくれないか」

 こちらのことばを無視するように、ウレが手を叩く。ふしのある植物でつくった小さな器が運び込まれ、全員に配られる。軽く香りを確かめると、先程町で手に入れた酒のようだった。

「カンパイ!」

 そういうと、ウレが酒を飲み干す。ネリーが目配せをするのが見えるが、大丈夫だとうなずいて、こちらも酒を飲み干した。強い酒に喉が焼けるが、酔うほどの量ではない。二人にも目をやるが、これくらいの酒の量では問題ないようだ。

 ふと鹿人に目をやると、ほんの少しの酒で、耳まで真っ赤になっているではないか。短い毛に全身を覆われているにも関わらず、皮膚が紅潮しているのがはっきりとわかる。座っているにも関わらず、その体はゆらゆらと左右に揺れ、目はトロンと焦点が合っていなかった。

「おい、ウレさん! 酔っぱらってもらっては困るぞ」

 さじ二杯程度の量で、ここまで酔うとは予想外だが、なぜ鹿人が酒を求めるのかが分かった気がする。少しの量で酩酊めいていできるのであれば、酒は麻薬と同じ。醸造する技術を持たない鹿人にとって、酒のために薬草を必死になって集めるのも理解できる。

「体ハウツロデモ、心ハ明瞭ダ。昔ノコトモ、ハッキリト思イ出スコトガデキル。オ前ノ匂イニハ、ユーエント同ジモノガアル」

 予想以上にはっきりとした鹿人の口調に驚きながらも、少し安心する。

「それでは教えてくれ。ユーエンは、なぜこの村に来た。何をしたんだ」

「ユーエントハ森デ出会ッタ。縄張リニ入ッタ人間ヲ襲ッタ我ラハ、ユーエンニ叩キノメサレタガ、誰モ怪我ハシナカッタ。仲間ヲ送リ届ケタユーエンハ、何故カコノ村デ暮ラスヨウニナリ、我ラニ武術ヲ教エタ」

「なぜ、武術を教えたんだ。お前たちに何を望んだ」

 小首をかしげたウラは、じっとこちらを見つめた。

「ソレハ、ユーエンガ我ラノ友ダカラダ。人間ガ不当ナ暴力ヲ振ルウナラ、我々モ戦ウベキダトイウガ、ユーエンノ言葉ダ。力任セニ棒ヲ振リ回シテイタ我ラニ、ユーエンハ武術ヲ教エタ。ナンノ代償モ求メナカッタガ、モシ自分ノ仲間ガ助力を求メレバ、助ケテ欲シイトイッタ」

「その仲間とは誰だ。名前はわかるか」

 突然、ウレがキュイキュイという鹿人のことばを発すると、また鹿人の女性が姿を現す。その手には、一本の使い込まれた八角棒が握られていた。ウレは八角棒を受け取ると、こちらに棒の真ん中に刻まれた文様を示した。

「コレガ仲間ノシルシ。ユーエンハ自分ノ仲間ナラ、コノ印ヲ身ニ着ケテイルト言ッテイタ」

 そういうと、ウレは八角棒を放り投げる。

 両手で受け取った棒は、使い込まれて黒光りしていた。訓練用のものなのか、鉄で補強されたりはしていない、ただの八角棒だ。その中央には、丸で囲まれた中に二本の独鈷どっことよばれる法具が交差している焼き印が押されている。

「この焼き印は、なんの目印なんだ。その仲間とは誰だ!」

 ただ鹿人は、悲しそうに首を振るばかり。気重い空気が室内を満たしていた。

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孑孑(ぼうふら)男の股旅道中 ~助けたのは美少女でなくオッサンでした~ 重石昭正 @omoshi

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