かけがえのない今日の私へ

 心地よい静寂の中、隣に寝転ぶ彼女を振り返る。


「なあに?」


「いや、なんでも。」


「えー、変なの。」


 彼女はくすくすと笑う。その笑顔が、いつまでも壊れなければ。それ以上の幸せなんてないのに。



 こんな日々が、いつまでも続けばいい。明日も、明後日も――

 



「ねえ、明日なんて来なければいいのにね。」


 その一言とともに、現実が手を引いてきた。


「どうして?」


「ううん、ちょっとね。思っただけ。この夜が明けたら、違う自分がやってきちゃうんじゃないかって。」


「違う自分?」


「そう、違う自分。あなたのことなんて知らない、まっさらな私。自分のことすらも知らない、まっくらな私。そんな私が、やってきちゃうんじゃないかって。」


「大丈夫?疲れてない?」


「ふふ、大丈夫だよ。」


 そう答える彼女は、とても憂いを帯びているようには見えなくて。あくまでいつも通りの、よく知った笑みで、こちらを見つめる。見る者を幸せにさせるような、柔らかく、あたたかい、そんな笑み。けれども、どこか、ほんの少し。いつもより儚く見えたのは、ベッドサイドに置かれたライトスタンドが、朧に彼女を照らしていたせいだ。




「明日は明日の風が吹くなんて、言うけどさ。笑っちゃうよね。明日が来る保証なんて、どこにもないのにね。」


「なあ、やっぱ疲れてない?」


「ううん、全然。ふふっ。」



 そうやってまた笑うから。追及することなんて出来るはずもなくて。




「ねえ、このままずっと起きてよっか。」


「は?なんでさ。」


「だって、ずっと起きてたら、明日なんて来ないでしょ?」


「いや、来るけどな。というか、もう日付跨いでるし、既に来てるって言った方がいい。」


「もう、そういうつまらないことばっか言ってると、モテないぞ?」


「はあ、お前にモテてれば、それでいいよ。」


「いやー、嬉しいこと言ってくれるねー。」


 本当に、楽しそうに、嬉しそうに笑うんだな。お前は。


 外でひゅうううと、音がする。風が強いらしい。ただ、今宵は、いやにその音が怖くて。何か大切なものを、吹きさらっていってしまいそうで。




「ねえ、やっぱ私、疲れてるかも。」


「そうか、じゃあもう寝ようぜ。おやすみ。」


「うん、おやすみ。――、また明日ね。」


 彼女が言葉を終えるより先に、まぶたは落ちていた。


 かけがえのない今日に、さようなら。



 暗転。世界は巡る。





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