見下し入道

 僕が中学生の頃、神田という奴がいた。


 神田は天才だった。成績は学年で一番であったし、運動だってできた。顔立ちも人当たりもよくて、おまけに背も高かった。当然、女子から人気があった。正直、羨ましい奴だと当時の僕は思っていた。いや、僕らはと言った方がいい。男どもは皆、彼に嫉妬していたものだ。


 中でも、ひと際神田に嫉妬していた奴がいた。僕の友人の井上だ。井上は、決して出来損ないではなかった。勉強も運動もそこそこできたし、別に顔立ちだって悪くなかったし、むしろ僕なんかには井上が羨ましいくらいだった。それでも、井上はそれで飽き足らなかった。あくまで、神田を目の上のたんこぶだと思っていたらしい。


 井上は努力家だった。毎日二時間は勉強したし、部活動の陸上にだって心血を注いだ。全ては、神田に追いつくために。どうしてそんなに目の敵にしていたのか気になって、理由を訊いてみたことがある。


「神田がな、ある時俺を見て、言ったんだ。『井上君、君は、凄い努力家だね。』って。そんときのあいつの目は、ぜってえ俺を馬鹿にしてた。それが、悔しくて許せなかった。そんだけだ。」


 井上は奥歯を噛みしめながらそう語った。神田は、俺を見下していると。あくまで、神田を悪者としているようだった。でも、僕は知っていた。神田は神田で、才能だけでの地位にいるわけではないことを。休み時間に図書室で勉強している彼を、放課後に近所を奔走する彼を、僕は見たことがある。僕にとって、神田はいけ好かない奴ではなかった。けれども、そのことを井上に話したことはなかった。井上の闘争心を削いでしまいたくなかったからだ。

 


 ところが、半年後のある日、井上はきっぱり努力をやめた。



「なんかもう、疲れた。馬鹿馬鹿しくなってきたわ。結局神田には敵わねえ。なぁお前さ、努力なんて、『出来る』星の下に生まれたヤツのためのものだって、思わないか?」


 僕はその問いかけに無言を呈すことしかできず、井上はそれを肯定と受け取ったようだった。


「ははは。なんかさ、お前を見てると、安心するわ。」


井上は笑いながらそう告げた。その一言が何を意味するか理解した時には、彼は僕の前から立ち去っていた。今思い返すと、悪い笑みだった。下卑た顔だった。その時井上は、友人である僕を見下していた。

 

 たまらなく悲しかった。たまらなく悔しかった。どうにかして井上を見返してやりたくて、僕は重い腰を上げ努力を始めた。わからないなりに勉強の恰好だけはしてみた。三日坊主なりにランニングだって始めてみた。井上は努力をやめた。ならば、僕にも勝機はある。しかし、三ヶ月ほど続けたところで、井上には及ばなかった。定期テストや普段の体育で較べて、差は歴然だった。――薄々わかってはいた。けれども認めたいはずがなかった。自分が『出来ない』星の住人であることを。



 僕は努力をやめた。それから暫く経ったある日、僕はクラスメイトの山崎と談笑する中で、こう告げていた。


「なんかさ、お前を見てると、安心するわ。」


その時の僕は、きっと悪い顔をしていた。






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