蛍光
闇をかき分け進む。電灯一つない、田舎道。夜空に煌めく星たちは、道標にするには頼りない。足元に気を配る。決して転ばないように。自分を見失わないように。
小川にさしかかったところで、一点の光が目の前を横切った。蛍だ。都会様では、まずお目にかかれないだろう。加えて、どこの田舎にだっているわけでもない。蛍が棲めるだけの清流は、減少の一途を辿っている。彼らはどんどん絶滅の淵へと追いやられているのだ。まあ、この村で生まれ育った身としては、今更彼らを珍しいとも思わないが。しかしながら、蛍が主に飛翔するのは初夏のことで、今やもう夏も盛りだ。この時期に見かけることは中々ない。その証拠に、彼は孤独だった。見渡す限り、他に光体は見受けられない。
なんとなく、彼についていきたくなった。もとより行き先もろくに決めていなかった散歩であったし、ちょうどいい。彼も彼で、私の数メートル先で八の字を描くように飛び、私を誘っているようだった。蛍よ。貴方の光は私の光。さあ行こう、どこまでも。
川沿いから、林の中へ。ただ一筋の光に縋る私は、ひどく滑稽に見えるだろうか。だって、仕方ないじゃあないか。自ら輝けない者は、他の光をあてにするしかないのだから。
林の奥へ奥へと進む。彼は彼で、必死なんだろうな。他の光を、一生を添い遂げる光を探して。それが彼の、生きる目的。人間以外の生命である彼の、唯一の目的だ。そうして愛しい光に出逢って、次の世代を紡ぐのだ。大丈夫。貴方なら、きっと見つけられるさ。だってほら、こんなにも、眩しく輝いているじゃあないか。
かなりの時間、歩いた気がする。夜だというのに、暑さはちっとも容赦してくれず、流れる汗はとまることを知らない。彼も疲れ参っているようだった。飛び方はどこか力なく、光り方も弱々しく。――おい、頑張れ。貴方の光は、私の光なんだ。
願いも空しく、終焉は訪れた。林を抜け野に出たところで、ふよふよと、小刻みに情けなく上下しながら、彼は堕ちた。私の光は、消えた。私は駆け寄り、闇と同化した彼の黒い体を、土で汚れるのも構わず一心に捜した。――いた。大事に手のひらに乗せ、目に近づける。暗がりでよくは見えないが、彼はきっと不服そうな顔をしている。いいや、貴方は、お前は、立派だったよ。憧れちゃうくらいには。最後まで私の光でいてくれて、ありがとう。私はそう心の中で唱え、彼を土に埋めた。星たちも、きっと彼を讃えていた。
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