鏡よ鏡

 田舎の小国に、それはそれは麗しい姫様がおりました。姫様は、天から授かった美貌の持ち主でしたが、彼女はそれを維持するために弛まぬ努力を続けました。運動、睡眠、食事制限に至るまで、彼女はとてもひたむきに精進しました。結果、彼女の美しさは日に日に増していきました。


 男どもは彼女にゾッコンでした。国中の貴族たちが、山のように縁談を申し込んできました。ひとたび街を歩けば、民衆は我こそはとこぞって貢物を差し出してきました。姫様は、そんなふうにちやほやされるのが好きでした。自分の努力が認められた気がして、嬉しかったのです。


 姫様には、お気に入りの鏡がありました。幼いころ、父から貰った鏡でした。ある日、彼女は鏡に、満を持して訊いてみました。


「鏡よ鏡、鏡さん。世界で一番美しいのはだあれ?」


 姫様は自信満々でした。確信があったのです。長く連れ添ったこの鏡の答えに。自分を認めてくれると信じてやまなかったのです。しかし、姫様の期待とは裏腹に、鏡の答えは次のようでした。


「姫様。それは、世界で一番美しいあなたを映しているです。」


 姫様の中で、何かが崩れました。この鏡は、姫様の血のにじむような努力を裏切ったのです。いやそれどころか、彼女の努力の結晶である自慢の美貌を、自分のものだと宣ったのです。おのれ、おのれおのれおのれ。


 姫様は、生まれて初めて、怒りました。その怒りは、悲痛なものでした。己が磨き続けた、かけがえのないモノを奪われる絶望。あなたにわかるでしょうか。彼女は珍しく声を荒げ、怒気のままにこう言い放ちました。


「あなたなんて、もう要らないわ!失せなさい!」


 

 姫様は、憎たらしい鏡を床に叩きつけました。鏡は粉々になってしまいましたが、それでも声色一つ変えず、語りかけてきます。


「おやおや、姫様。そんなに顔をしかめては、せっかくの美貌が台無しですよ?」


 鏡は、けらけらと笑いました。姫様の顔は、怒りのあまり熟れたりんごのようでした。自慢の髪は乱れ、自慢の眉にはしわがより、自慢の口元は歪んでいました。ひどい顔でした。これでは、民衆に顔向けできません。鏡は、そんな姫様に追い打ちをかけるが如く、いやらしい笑みを浮かべて次のように告げました。


「おや、姫様。申し訳ありません。先ほどの答え、訂正致しましょう。どうやら、世界で一番美しいのは、私でも、あなたでもなかったようです。ついさっき、私の鏡仲間から連絡が入りました。今この瞬間、世界で一番美しいのは、隣国の姫だそうです。」


 姫様は声にならない叫びをあげ、力なく倒れてしまいました。



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