時間列車

 雑踏のうごめくホームで、独特のイントネーションを帯びたアナウンスが、目的の到着を告げる。その独特さでさえ、毎日聞いていれば埋もれて聞こえてくるものだなと、開いたドアから人の雪崩が起きているのを見つつ思う。


 列車は好きだった。目まぐるしく変わるあの景色も、どこか眠気を誘うあの揺れも、線路と奏でるあの音も、好きだった。見た目としても、運転席の窓を目に、パンタグラフを棘に見立てると、雄大な竜のようで、格好よかった。また、それを操る人間に、憧憬した。さながら運転手は竜使いだ。自分は、竜使いになりたかったのだ。


 けれども、今となっては、自分を運ぶこの鉄塊が、嫌いにさえなっていた。ぎゅうぎゅう詰めの車内は世辞にも快適とは言い難く、揺れに伴う人との接触は受難の種である。周りの人間の表情は、眠さからか行き先への嫌悪感からかわからないが、どこか物憂げだ。自分もきっとそんな顔をしているだろう。自分も彼らも、社会という檻に入った囚人であり、それらを運ぶこれは、かつての自分が畏敬した竜などではなく、動く監獄である。


 ふと人混みの隙間に視線を通し、窓の外を見やった。幾度となく、横目に流した景色だ。今更、この高速で過ぎ去る世界に、少しの高揚も、少しの感動も、あるはずがなかった。


 いつからだろう。この景色を楽しめなくなったのは。いつからだろう。この揺れに、この音に、心踊らなくなったのは。


 少年はいつしか、大人になっていた。列車は、時間を運んでいた。

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