4-3 シュピリーツァ・ヴァン・ハイネスト

 フェデスの宿の客間付き個室は、天井でゆっくりと回る大きなプロペラと木造の壁や家具が赴き深い雰囲気を出していた。クオーツの息子が、突然電話がかかって来たと店の人からの連絡を受け、席を立ってからしばらく時間が経つ。


 彼が帰って来たのは、丁度料理が運ばれて来た時である。彼は最初は緊張した面持ちを崩さなかったが、ディアの自然体の姿と接しているうちに笑顔も見せる様になった。お互いに結婚や恋仲といった空気にこそならないままであったが、良き友人として付き合えそうだと、乾杯をする。

「金属塔は年を追うごとに消えていき、あとはフェデス近郊の金属塔のみとか」

「そうなのですか。オートマタが減少していっていることと、関係があるのかもしれませんね」


 ディアは紅茶を飲みながら、答えに行きつかない推測を頭に巡らせる。

 ふと窓越しに見慣れた幼なじみの姿を認めた気がして、彼女は目をよくこらしてみたが、判断はつかないままだった。




 金属塔には中に入る為の扉は存在しない。

 天へと伸びるその周囲に人の気配の代わりに、風が吹いている。


 塔周辺区域は一般人の立ち入りを禁止しているが、消失する現象で時折破片が落下してくる。そのこともあり見張り小屋はあれど、塔に近づくだけであれば侵入は容易であった。

 金属塔の何もとっかかりのない壁に、シュピリーがゆっくりと手をあてる。

「名の元に契約を。理の制約を。我らの魂に盟約を」


 遥か太古に伝わる約束の歌を、彼は紡いでいく。

 精霊へ呼びかけ、それに精霊が応じることでその力を行使する精霊術。

 超常へと呼びかける詩は、町や村にそのなごりこそあれど対象である精霊達は精霊機械により封印されており、彼らの歌に応えはしなかった。

 世界は今、変わりつつある。

「其は連綿と続きたる者。今数多の祈りを糧に、彼の者の標となれ。静謐なる祝詞キュラスハーツ


 シュピリーの言葉に応じるように、金属塔の外壁は大人が横に三人ほど並んでも余裕のある入り口分と、所々に真四角の穴が切り出され、なめらかな断面がのぞく。

 足りぬとばかりに彼らの周りの大地が削られていく。


 塔の変調に見張り小屋の人間達は、思わず外へ出る者と雇い主へ連絡を入れる者とで分かれた。先ほどまで平地であったというのに、崖の様になっており身動きが取れない状態だ。


 分解されたそれらは塔へと滑り込み、螺旋の階段に再構成されていった。

 ノアはシュピリーの意図を察知し、言葉を交わすこともなくそのまま塔の中へ駆け出す。


 塔内は暗かったが、先ほど作り出された穴所々から薄ら明かりが差し込んでいた。

 外見と変わらぬ円筒状の室内で、途中に部屋などは存在しない。ちょうど塔全体の高さの中間部分が塞がれており、一度大きな広間になるとノアは推測できた。


 塔にいる。

 彼の内側から、直感が、そう告げていた。


 中央部に次々と螺旋状の階段が、遥か上空を目指す様に形作られていく。

 少年は、手すりもないその階段を足早にのぼっていった。

 彼の姿が少しずつ小さくなるを確認しながら、シュピリーは塔の壁にもたれかかり、ずるずるとそのまま座りこむ。


 ゼーオルグとナハトに会うだろうという彼の予想が外れた。

 二人がキュラーの代替の力で何か起こそうとしたところで、この精霊は力を貸さない。

 精霊術の詠唱を唱えた所で、力を貸す気がなければ沈黙を通す。

 自分を人質にしてみせたとて、部位を破壊したとして、当たり前にその相手から肉を奪い自分の身体を修復するだけだ。


『シュピリーちゃんはあ、もうあたしに生かされるのは嫌あ?』

「何ですかいきなり」

『だあってえ、シュピリーちゃんはあたしが形をとってるこの女の生まれ変わりに会いたかったんでしょお。それでえ、途方もないくらいあたしと一緒にいたんでしょお。もう会えたのなら、この世に未練なんてないんじゃなあい?』

 対象の名を口にしないまま、キュラーは尋ねる。

 それは、事実だった。


 彼女に出逢う。その為に、数千年この姿で過ごし、それは果たされた。

 出逢った時すでに、痛ましい姿ではあったが。

「生まれ変わりなんてのが本当にあるだなんて信じてはいませんでしたし。あったとしてワタシに分かるモノではないと思いましたが。こんだけ生きてもみたら分かるもんなんですね」

『もうシュピリーちゃんは人間名乗れるような年齢じゃないものねえ』

「ま、ワタシは変わりませんよ。自身の命がなくなった際使用して欲しいと願う者がいたら、ワタシの延命に使えるモノは丁重に使う。そういう世の中ではなくなって、調達できない時は死にましょう」

『変わんないのねえ。もう、年は越せなくなりそおねえ。……あは。やっぱりあたしシュピリーちゃんが好きだわあ』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る