3.精霊機械街プロトガルム

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 男は、室内に設置されている透明な画面に照らされた解説付きの画像を見る。眼鏡のブリッジを押し上げた男は、ゼーオルグを一瞥しながら棒付きの飴をなめくわえたままだ。


「エー、じゃあ説明いたしますよゼーオルグさん。世界のあらゆるモノは魔素で構成されています。自我と高密度の魔素を有した精霊へ働きかけをおこなうことで精霊術を扱える」

 体格のいい男が眼鏡をかけた男の説明を気の抜けた状態で聞く。


 ゼーオルグは何度か整頓したはずのここまでの経緯を、もう一度頭でおさらいしていた。

 事故で右腕と右目を同時になくし、二度と炭鉱夫の仕事が出来ないことを悟る。

 働かないでこの先生きていけるほど、生活は豊かではない。


 正しく状況を判断出来る内に。

 村の親しく愛しい人々が、自分への眼差しを憐れみから煩慮へ変えてしまう前に。

 老いさらばえるだけの肉体を引きずり、地獄の底へ繋がっていると噂の大穴へ身を投げた。


 気がつけば、この見知らぬ鋼鉄の街で目が覚めたのだ。材質にとんと見当のつかぬ壁や床、家具の質感に嗅いだこともない匂い。死後の世界かと数時間前までは本気で考えた彼であったが、現実が延長しているのだと理解し始めている。


 ゼーオルグは、この精霊機械街プロトガルムの精霊研究区にいること、数百数千にも及ぶ種類の精霊の恩恵がここにはあること。魔素による力を安全に運用するため数万の封印術を行使し精霊を取り込んだ精霊機械というものが存在していること。精霊機械にはそれぞれの精霊に対して適性を持った一人が契約者として選ばれることをシュピリーから淡々と聞かされた。


「――適性はある程度必要ですが、基本的にはどなたでも使えます。元々の該当の精霊と性質が合う精霊術を望めば、威力は高まる。機械の総数は五十二機です。ハイ」

 眼鏡の研究員は無造作に黒髪を束ねており、深く刻まれている濃い隈が清潔感のある白衣を不気味際立たせてる。


 しばらく講義が続くと地中をまばゆく照らす、光源の確認できない明かりは一定の時刻になったため自動的に灯るのを止める。

「例えばあの明かり達は精霊機械呼応する曙光ルクスデリアによるものです。さて、ゼーオルグさん。アナタはこれからどうされるのですか」

「どう、とは」

「この街は、人類の繁栄は、もう終わっている。人間は全員カプセルの中で幸せな夢を見ながら衰弱死へ向かっています。実の所、今精霊機械と契約している五十機は人造人間でしてね。数カ月に一度何人かを起こしながら、今のように力を使用しているような状態なんです。一緒に眠るもよし、だらだらとここで生きながらえるもよし。水や食料は潤沢です」


 シュピリーは口に含んでいた飴を噛み砕きながら、あっさりとした調子でゼーオルグへ伝える。

 体を欠損している男は、目の前の研究員が説明する単語などを正確に理解はできなかったものの今ある全ての地上をはるかにしのぐ文明技術をもって尋ねたいことがいくつか頭に浮かんでいた。

「人を造る技術があるのならば、俺に合う義手や義眼の製造は」

「可能です」

「! なら俺の話は単純だ。義手と義眼が欲しい、その上で帰りたい。頼むシュピリーさんっ俺で出来ることがあれば協力は惜しまない!」


 ゼーオルグの見せる初めての歓喜に満ちた願いを、眼鏡の男は想定していたものとばかりに浅くため息を吐いて即座に返答をした。

「ゼーオルグさんの要望を通すことは出来ますが、製造の行程はアナタが思っているものよりは野蛮です。精霊機械の根底にあるのは精霊術。そして精霊術は古の術であり、はるか未来に人で起こしえる事象を先取りしてるようなもんなんです」

「構わない!」

「結構」


 短いやり取りの中でも、約束を取り付けられた。

 そのことが頭をしめる男は残されている片目を涙で光らせながら、部屋から出ていくシュピリーの後ろ姿を見送る。

 ――見送ろうとした時、かすかな疑問が脳裏をかすめた。

「シュピリーさん。精霊機械の総数は五十二機。人造人間が契約している数が五十機だとすると、残りの二機に契約者はいないのか」

「一機はワタシが契約している静謐なる祝詞キュラスハーツもう一機は千機の支配者ナハトスティルタですがはっきり言っておきます。千機の支配者ナハトスティルタは失敗作です。封印術という枷はついているが、それがてんで役に立たない。いつだって自分で解いてどこにでも行ける。目下その対策をとらなければ……」


 シュピリーが今度こそ部屋を出ると、ゼーオルグはもう痛みのない負傷した自身の部位をなぞった。超常の力を持つ千機の支配者ナハトスティルタなる精霊機械の契約者になれば、今すぐにでも目と腕を治療して地上へ帰還できる。

 そう考えたゼーオルグだが、契約者がいない、ではなく。そもそも精霊機械として機能しない失敗作ならば意味がない。さすがにそこまで都合よくはいかないかと肺から大きく息を吸って気を落ち着かせた。

 



 研究施設内にある休憩室には観葉植物やソファが簡素に配置されているが、使用する人間は僅かばかりだ。

 着色料によって蛍光色を放っている飲み物を口にしながら、眼鏡の男は気だるく床を清掃する機械達を眺める。

 そんな彼の元へ頬骨の張った研究員がやや緊張した面持ちで駆けてきた。

「シュピリーさんっ」

「サンチェスさん、どうされたのですか」

「居住区のカプセルの中からセレクトドールが一体目覚めたみたいです」

「あら珍しい」


 セレクトドール。

 精霊機械を安定して運用していくにあたり、適性のある人間の遺伝子情報を保管しておき培養漕にて使用される時まで育成された者の名称だ。プロトガルムに住む全ての人間と共に、そのドールもカプセルの中で眠っている。


 シュピリーは新しい棒付きの飴のフィルムを剥がして口にくわえた。

 そのまま腕時計型の機械にて、サンチェスから少年のデータを受診すると、半透明のウィンドウを目の前へ表示させて閲覧する。

「えーと、ノア。んん? タイプはちょっと古いですね。オリジナルの遺体を再構成してるからワタシがやったんでしょうけど、数が多すぎて覚えてないですね。で、製造理由は病死した息子の代用品……オリジナルの持つ過去のエピソード記憶は完全消去、意味記憶は保持。バグが発生するから意味記憶も完全消去するようになるよりも前か。うげっ、性格矯正なし。知能レベル設定は身体年齢と同じ十歳で成長可能。身体能力平均。寿命設定はオーソドックス。カプセルにはご両親と仲良く入っていたと」


 読み上げるシュピリーをよそに、サンチェスは映し出された少年を観察する。光の加減によって水色から薄桃色へと変化する髪は、人と区別する為の仕様だ。赤い瞳はこちらを見ているかのようで、研究員は思わず睨む。

「アトリが接触する前に処分しましょう。このままでは」

「まあまあ。お話ししてみましょうよ。新しいのが二人。賑やかで良いじゃないですか。ガキは嫌いですけどね」

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