2-8 クラップ&ステップ
王立図書館の受付を進み、関係者以外立ち入り禁止の場所を開くと従業員の休憩所がある。
図書館の人間達は、徘徊し相手を本で殴りつけたり、首を締めながら口を開閉させた。彼らを見かけてはロジェは自らで調合した筋肉を弛緩させる薬を散布する。
館内の魔術式の記された書物の探索をロジェが担い、ノアは疾燕が契約者を連れて来た時に待ち合わせることになる目的の場所へと向かう。
資料室や備品の保管庫など、数多くの部屋に分かれている中を少年は地図に該当する一室に入った。
ノアは扉に拾っていた辞書を挟み部屋を見渡す。棚には大工道具が掛けられており、分厚い鉄の蓋が地下へ続く通路を塞いでいた。
工具に目をつけた少年は品物をあさり出す。フックをつけた太いワイヤーを蓋の凸部分に引っ掻け、巻きあげ機を稼動させた。
重量のある鉄の板が徐々に傾きながら上がると、階段があらわれる。
彼はランタンを持ち、その奥へと進んでいく。
「勝負どころ、だな」
一人ごちながら、少年はかの精霊の姿を想像した。
契約者には、お人好しや子供を選び、強引に自分達の望む破壊へと導く。人を玩具のように弄び、殺し合わせる。
自分達の力をその悦に利用していき、とうとう自らの存在する場所での発動すら躊躇わなくなった。
「おかげで辿り着ける。……頼むぞ、ロジェ」
ノアは整備された階段や壁が、洞窟の質感へ変わりゆく空間を、さらに進んだ。辿り着いた先には大空洞が存在していた。
密閉された空間には独特の臭いが立ち込めており、湿気がある。崩落の日の時避難所に使われていたのか、目を凝らしてみれば小物も落ちていた。
先に進んでいくと、双子の人形を模した壁画が描かれた箇所に辿り着く。子供が描いたのか、それはノアの胸位の高さに拙く彫られていた。
彼らの踊りや歌を人々は愛し、一人泣く子の涙を拭い、励ます様に紙吹雪を散らす。精霊信仰が根強くあるような、コクロトの聖樹と違い、彼らは人々の気ままな噂話に出る存在だ。
「出てけ」
ノアの背後には、項垂れた一人の子どもがいた。
先程の通路を通って来た相手の手には、照明になる物の代わりに包丁を握られている。
「
「出てけ」
「元々はこういうのが好きだったんじゃねえの? 踊ったりとか、歌ったりとか。人間と友達になったり、楽しませたり、笑わせんのが」
「ハハハハハハハハハ。そうだね。だからきっと、人間の首が吹き飛んだり腕がもげて踊り狂うのとか、雄叫びや悲鳴の汚い歌も大好きなんだ。ちょっと優しい言葉掛けるだけで、コロッと信用するあいつらが馬鹿すぎてさ。やっと最後に騙されたって気付くんだ。なんて間抜けで愚鈍で、イトしいんだ」
一人に二つの人格が入っているのか、急に子供は高笑いをする。
饒舌に語る温度に、悦楽を隠さない。ノアはランタンを置き、子供を見据える。幾重の術により、恭順を強制させられた精霊の末路の姿を。
子どもが包丁を持ちながら彼の腹を目掛けて突進する。少年はそれをすかさず避けるが、暗闇の中からもう一人の子供が飛びかかり、共に倒れる。
光の当たらぬ影の部分から、また三人程増えた。
「ハハハハなんだこいつ。弱いクセに粋がるのは良くないと思いマス。馬鹿デス」
「そんなことを言っちゃイケマセン。けどこいつが生きていては、僕らにとっても迷惑デスネ。皆でやっつけよう」
「おー。ほらここで拍手拍手!」
「磔がイイデアリマス。ほらほら殴ってみろよ、傷つくのはこのガキの身体なんだしさ」
「足折ってやりまショウ」
嬉々として芝居がかった台詞を言い合う子供達が、少年を観察し始めると、突然その動きを止めた。
夢から醒めたかのように。精霊は互いに共鳴し合う。動揺は、そのまま声になって周囲に反響する。
「こいつ。もしかして」
「え、じゃあ、なんで。そんなの、ないだろ」
「……おまえらみたいなのでも、分かるんだな」
「ノア殿、ロジェ殿から魔術書を受け取りましたっ」
ジュリエを連れた疾燕がそう声を張り上げ、腕に抱えている本を見せた。古びたその本は装飾らしいものは一切なく、細い紐を縫い付けた製本となっている。数千種類にも及ぶ本の羅列からそれを見つけだした、ここに居ないロジェの冷静な判断にノアは短く、よしと呟く。
少女は商人が手渡したあるページを開いている本を読む。
「ジュリエなにしてるんダ!その本をこっちに渡せ!」
「さっさっとしろグズっ」
「マリオトラートさん」
罵声を浴びせるマリオトラート達へ、少女は口を開く。
情けなく震えた声で、友たちに呼びかける。
「私が、一人ぼっちで悲しくてみじめで苦しい時に見つけてくれたのは貴方達でした。利用するためだと知っても、私は嫌いにはなれません」
自分へあててくれた、騎士の言葉を祖父の時のように思い返す。
貴方が何か不当な理由で虐げられているのならば、不当な方法で返してはならないんだ。どうしてだと思う?
虐げられるだけの原因が、貴方にあるのだと周りが思ってしまうからだ。その時こそ、貴方は孤独になる。今なら、間に合う。
「本当の友達になりたいから。今貴方達のしがらみとなっているものを断ちます。だから、その時は友達になって下さい。また、名前を呼ばせてくださいね」
彼女は自ら選んだ答えを示し出す。精霊達は、洞窟内に反響するその声に気付き、すぐさまそちらに向かおうとする。
ノアは円盤は五回小突くと、それは急速に膨らみ、しがみついていた子供を強引に剥がす。二人ばかりの子供の腕を紫髪の商人に捕らえ、そのまま包丁を持っていた子供を抑えこんだ。一人だけどうにかジュリエの元に辿り着き、突き飛ばそうとしたが、そこにノアが飛び蹴りを入れて強引に少女から離した。
「なんでだ!」
人形の精霊は、ノアと呼ばれた少年に叫んだ。
交互に子供達が早口で喚き立てる。
「精霊なら精霊の味方をするべきだ!」
「人間と精霊がいつか互いの名前を呼び合える日なんてまだ来ると思ってるのか!」
「僕らのことが見える奴すら、もうどれだけだっていやしないのに!」
ノアは答えない。わめきたてる声が絶えず続く中で、ジュリエはなおも解放の音を紡ぐ。
「この名前を、この鎖を、其の名を」
「あの日、もうお前も結論を出しただろっ……不毛なんだよ」
解き放たれる瞬間が近付く中、怨霊じみた存在は僅かに精霊としての自分を取り戻しつつあった。
「そうじゃないのかっナハトスティルタ――!」
「もう黙っとけ」
「マリオトラート」
ジュリエが詠唱を終え、しばしの沈黙の空間が辺りを満たす。
おそるおそる閉じていた瞼を開いた少女の目の前に広がったのは。
……先ほどと何も変わりのない状況であった。
「そ、そんな」
「時が満ちた!」
「ありったけの嘆きを捧げて、ついに僕らは成し遂げたっ」
マリオトラート達が狂ったようにせせら笑い、子供達は意図が切れたようにして倒れ込む。
尋常じゃない様子に疾燕と少女の表情はこわばった。
「わっ私失敗を」
「失敗じゃねえよ。解放術は成された。それでも手遅れだ。怒りや悲しみ、狂気や絶望の思念を蓄え過ぎたらな、精霊は変質するんだよ。嗜虐に身をやつす時間が長すぎた」
ノアは淡々と喋る。身を堕とした精霊は状況の打破する道が絶たれた者達の沈痛な面持ちに満足する。
濃い密度の魔素をまとい精霊が顕現する。
二人の子供の姿がそこにはあった。
自身らが一度は正気に戻るほどの驚きと畏怖を与えた少年との対峙に、今は一片の不安もない。
「ねえ、こうしてみたら分かる。分かったよクラップ! 僕らだったらあいつを殺してやれる」
「ステップ! 旅立ちの門出にそれは丁度いいね。やっちゃおうよ!」
興奮気味に放たれた声と同時に二人がノアの元へ駆け出す。
「ジュリエだっけ。あんた結構根性あるよ。似た奴思い出した。……疾燕っ全員避難させろ! こいつらは俺が倒す!」
先ほどまでとは打って変わった激しい口調で少年は商人へ命じる。
その意図をすぐさま汲み取った疾燕はジュリエと子供達を抱え込み戦線を離脱した。
クラップとステップ達はもはやノアにしか興味を持たず、彼らの動きを気にも留めずにいる。
すると、商人と入れ替わるかのように青年の薬師が息を切らしながらも現れた。
「ロジェっ疾燕達と行け! こっちくんな」
「子供達でしたら、疾燕さんが全員連れて行きました。俺は傍にいます。ノアが何者であっても、俺にとっては共に里で暮らしてきた仲間に変わりはありません」
ノアの剣幕をロジェは跳ね返す。
少年一人を置いて避難は出来ない。壁位にはなるつもりだと言い切るように彼は襲い掛かってくる相手の前に立ちはだかった。
「……おれが今からすること見ても、変わらねえって言えるか」
「ノアが相手を傷つける為だけに、動かないことくらい。俺じゃなくても分かってますよ」
「そっか、ありがとう」
少年は自らを信ずる青年の腕に軽く触れると、クラップの元へ駆けていく。
片方を援護しようとステップが近づこうとするが、その動きはロジェが阻んだ。
「其は万象の頂に立つ者。ノア=トルレイユに宿る繋がりをもって、その恩恵を享受する。
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