2-7 VSスカーレット

 少女を守るように、一人の騎士が乱入した。


 コクロトの村での警護任務を終えると、誘拐の多発するハルシェ・ホートワープ近辺の見回りに加わった。ある一家の娘が、未だ帰って来ないという話を聞き、報告の書類を作成したあと、自主的に探し歩いていた。


 女騎士ディア=ロウ=セルベルクのこのホートワープにいたる経緯である。

 彼女の瞳は何処までも蒼く、彼女の心のままに澄んでいた。


 ディアの身なりから、騎士であることや先程の行動から自分を守ってくれる人間だと察した少女は、頷く。

「貴女、動けるんですか」

「…………。いいえ、先程の一撃が限界、で」

「ディア殿っ」


 機械の駆動音と共に疾燕はディアの元にたどり着いた。

 彼はジュリエへ向き直った。コクロトで出会った女性騎士と共にいた少女は、意識をはっきりと持っており会話もスムーズに行なわれている。ロジェから聞いた情報の観点からもこの人物が契約者であると商人は見当をつける。


 少女が女騎士の後ろに隠れた。それを出来る限りの優しい顔で受け止めながら、ディアはその場で身をかがめて自らの意志と関係なく動き出しそうな身体を抑える。

「疾燕さん、ありがとう。今、なにが起こっているのか分かるか? 体の自由が」

「精霊機械が発動しました。町は混乱していて事態は切迫しています。つきましてはその子に、術を解いていただきたいですね」


 商人らしからぬ性急な語りに、ディアは今の状況の危険性を感じた。ジュリエは、騎士の服をすがるように引っ張る。

「この子が契約者だという証拠でもあるのか? ……ジュリエさんは先程襲われて怯えているんだ。私は家までこの子を安全に送り届け」

『撃ち殺せ疾燕。そうすりゃ精霊機械は止まる。やらねえと故郷が滅んじまうぜ?』


 スカーレットの自作犬型オートマタが、三人を取り囲む様にして数体現れる。オートマタは五体あり、二体が近接、一体が遠距離の攻撃機能を備えていた。残りの二対から、持ち主の声が流れる。

 彼女達が驚く中、疾燕が沈鬱な表情を浮かべた。

「スカーレット、殿」

『機械の部分の方が多いクセになんで機械みてえに利口じゃねえんだ? ま、いいや。そのガキ、女から引き剥がせ』


 あるオートマタが、銀貨三枚疾燕の足元に投げる。

 ディアは一体のオートマタを睨んだ。


 強引にことを進めるのは容易であっただろうに、疾燕は話し合いの姿勢を見せた。

 少なくともこの場に姿を現さない、人をモノのように扱う人物よりは彼は信用出来る人間であると彼女は結論付ける。

『金さえ出すならてめーの頭脳、アタシが機械化させてもいいぜ』

「黙らないか機械使い。今のままでも彼は君よりはずっと利口だ」

『テメーに話は振ってねえ!』


 スカーレットは激昂する。結果的に、ディアの呼びかけは功を奏した。彼女の標的が、契約者であるジュリエではなく、隣からやかましい声をあげる女騎士に変更されたのだ。

 一体から放たれる銃弾を、騎士の身体を貫通する。ジュリエを庇うように避けた先で斧のオートマタの攻撃が掠める。

「ぐっ……」

「騎士さん!」


 少女は、騎士が自分の代わりに受けた傷を抑え込む手の奥から血が流れていく様から目を逸らした。

 機械使いと周りの人間達の会話を聞いていた内に血の気の引いていった。生きるも死ぬも曖昧になっていた彼女は、今は境界のようなものを心で感じる。


 私は、何かとんでもないことをしてしまったのではないのだろうか。

 しかし、それを今さら気付いたとて。

 弱気になる気持ちに対して少女は自分へ言い聞かせるように心中へ思いを吐き捨てる。

 戻れない。謝ったって。誰もゆるしてくれない。謝りたくない。私も誰もゆるさない。


 疾燕が負傷してなお少女を守るディアに対峙した。

「すみません騎士殿。擁護していただきありがとうございました。今は動かないで下さい」

「殺しに、加担するのか」

「命の秤なんてのは、あっしには荷が勝ちすぎますがね。その理論で語るのであれば、町中全ての無辜の人々をもてあそび殺す者を今は止めなくてはならない。でしょう?」

「あはは……」


 ジュリエは力なく、ふいに笑った。酷い正論だ。理にかなった発言だ。

 どうして私が孤独で、助けてほしくて、分かってほしい時には誰一人として振り向いてもくれないのに。こういうものばかりは、すぐに気づく人がいるのだろう。同じように私が苦しい時にも気づいて、その時にすくい上げてくれてたら。

 私はきっと、ほんとうにこんなことは、起こさなかった。

 全部手遅れ。でも――。


 ディアは自分が大怪我をするかもしれない危険を、微塵にも考えない動きで救ってくれた。死ぬかもしれないのに、一瞬程の躊躇いもなく。

 そのありように、ジュリエは尊敬の念を送る。彼女を、助けたい。そう思った時、少女は自分に出来ることを考えた。


 自分を助けてくれた女騎士を目の前で失うことを避けたい少女は、懸命に現状の打開策を考える。ぬいぐるみの首輪部分の感触が他と違うことに、ジュリエは気付いた。


「疾燕さん、でしたよね。さっきスカーレットという人から銀貨を受け取ってましたが。お金あったら、頼んで良いんでしょうか」

「はい。銀貨九枚以上の価値に見合う物でしたら」

 動力源である赤輝石が、どれも狙いにくい箇所に埋め込まれている。ディアのみで三体相手にするのは、厳しい状況であった。


 彼の身体は手足の機械化だけではない、肉体は耳や目に鼻も肌も、他の器官すら補助の機械を用いて奇跡的に機能しているに過ぎない。

 金は唯一自身の命を繋ぎ止める術を得る手段だと、彼は痛いほどよく知っている。

 

「これ……」

 使う機会もないだろうととうに忘れていた記憶。

 少女は、この贈り物をくれた祖父の言葉を思い出す。


 ジュリエ。もしも困った時は、これを使いなさい。優しい子だね。清貧の美徳を知っている。けれど、これを使うことはけがらわしい事ではないんだ。

 ……大事なのは自分自身で選ぶことだよ。ジュリエが、自分で決めて導いた結論なら、大丈夫さ。それを叶える為の。


 忘れてしまっていた。

 自分へ向けた伝言をジュリエは確かに思い出す。


 離れた距離に配置されていた銃を扱うオートマタが、彼方からの銃弾により破壊される。

 猟銃を帯に変形し終えると、疾燕はそのまま両の手を双剣に変えて次々と破壊していく。戦場を飛び回るその姿に、鳥の様だとディアは感じた。疾燕の行動に、スカーレットが問う。

『なんの真似だ疾燕。町捨てんのは勝手だが、自分への誓いを裏切るってのは見過ごせねえな。金受け取っただろ。テメー……自身に誓った信条すら裏切ったか?』

「とんでもない」


 一体だけ残された、非戦闘型のオートマタに疾燕はそう答える。おもむろに、彼は硬貨を取り出した。

 黄金の輝きが、一枚。


 先程疾燕に近付いて行った契約者の姿を思い出し、スカーレットはなにがあったのか気付いた。

『金貨だと……待て、ソイツよりアタシはまだ払えるっ』

「受け取れません。スカーレット殿」


 ご存知でしょう。疾燕は双剣を元に戻して手袋をはめ直す。

「初めに、そうしていただかなくては」


 二人の様子を眺めながら、ジュリエは倒れた騎士の元から離れない。ディアは目の前の少女の挙動から、以前に幼なじみが発した言葉を思い返す。


 契約した人がとても孤独な人だったら。どうなってたんだろう。

「ジュリエさん。もしも貴方が、契約者であるのでしたら。疾燕が連れて行こうとしている所に、一緒に行ってやってくれ。彼は貴方の命を奪う以外の方法をきっと見つけている」


 ディアはわずかばかりに口調を崩しながら語る。

 少女の歩んできた道は分からないが、根っこから腐った子ではないと彼女の勘が告げていた。逃げ場のないほどに、追い詰められた。まるで他の誰も自分の名前を呼ぶことのない暗い檻に閉じ込められている様な独りの子のように彼女には映る。

「貴方は賢い。自分がしていることの重さも、もう自分では止まれないことにも気づいている。だから、私の話を聞いている。だろう?」

「マリオトラートさんがいないと、私また一人ぼっちになっちゃう」

「精霊の名前か。友達なら、貴方にこんなことをさせ続けないさ。本当の友達になろう」

「……本当の友達って?」

「相手が間違ったことをしたら、叱ってやることだ」

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