2-5 VS疾燕
ホートワープへ向かう道中、ノア達の前に現れた疾燕は戦闘を挑んできた。
オートマタの二体が少年に襲いかかる。一体は四足歩行の脚部の上に鉄槌が設置されていた。もう一体は二足歩行で五体の中では最も出来が良い形をしており、手に槍を装備している。ノアは円盤を刀に展開させ、二機と距離を測りながら間合いを探るった。
がらくたじみたオートマタは、性能も各地で機能を停止している物と劣っていた。しかし弱点である赤輝石が小さい。動物型のオートマタは腹部にあり、飛びかからせでもしなければ壊すチャンスすらない。槍兵の胸元に光るそれを攻撃するには、確実に相手の間合いに入る必要があった。
「いくらだった訳。僕ら」
青年の質問に対し、疾燕は答える代わりに距離を離して武器を構え直した。剣と薙刀で何度かの打ち合いをした。ルークは振り下ろされる刃の回数を数え、相手の呼吸を聞き、確実に柄を捉えられるだろうというタイミングで剣を放つ。手の内を読みきった疾燕は一歩引き、完全に無防備な状態になった青年を視界に入れる。
確実にくる決着の一振り。しかしそれはいつまでもおとずれず、ルークが体勢を戻す頃にはまた戦闘が始まった。
不可解な商人の行動に青年は疑問を感じる。答えにたどり着けない以上、人間相手にもかなり戦闘に慣れていることだけを頭に叩き込んだ。
最初に自身の攻撃のリズムを覚えせた後に、わざとタイミングをずらすのだ。その様な動作は、オートマタとの戦いには必要が無い。
大振りで単調な動きの薙刀にルークの目は既に慣れ始めた。繰り出される攻撃の拍子を理解すると、武器を叩き落とすために、青年は最大速度で的確な一振りを放つ。
商人は自ら腕を差し出し、即座に反応を示した。
「! ばかお前……っ」
商人にむかって彼は狼狽した声を漏らす。
直後に辺りに響いたのは、相手の悲痛な叫びではなく無機質な金属が衝撃を受けて振動した音であった。
「義手……」
奪われる側には、なりたくないでしょう。
不意に以前商人の放った台詞を彼は思い出した。
そして武器を振り落としての無力化はもう望めないと悟る。疾燕が隙をつきそのままルークの剣を手で強く握り固定した。
剣を掴まれ身動きが取れない所を、もう一方から長刀が振り下ろされる。
護身用の短剣でそれを受け止めると、二人は
ハルシェに来るまで、ずっと夜間列車に乗り、そのまま休む間もなくホートワープまで歩く。そんな過程を経ていたルークは、体力も集中力も切れかけていた。
疾燕は、強い。
万全の状態で挑んでなお勝てるか分からない相手に、自分の今の状態では分が悪すぎた。そう考えながら息切れを起こす彼に対し、特定の角度から口元が見えぬ様にした商人が耳打ちをする。そして、ルークは剣を無理矢理に引き離し、仕切り直す様に距離を保った。
「驚いた。その義手すごいね。一般に普及されてるレベルじゃない。整備に結構金かかるでしょ」
そうして、彼は目だけ動かして周囲の機械を盗み見る。
「ご飯さ、一緒に食べた仲じゃない。会話してくれても、罰、当たらないんじゃない?」
ノアに向かった二体以外の機械は似た様な造形で、筒に二つの足がぎこちなく付いている物だ。
疾燕が彼に言った内容はこうだ。
あっしを監視しているモン壊してくれませんかね。
ルークが乱れた呼吸を整え、体力を回復させる。頃合いとみたのか、ようやく疾燕が口を開く。
「準備運動もばっちりでしょう。どうぞよろしくお願いしますよ。ハルシェのルーク殿」
「……面倒くさいなあ、もうっ」
「これが精霊機械を壊した奴らか……。なんでこいつら戦ってんだっけ。ああ、アタシが言ったんだ。ま、いーかどうでも」
スカーレットはある村や町で起こった奇妙な住民同士の皆殺し事件を調べていく内に、精霊機械の在りかとして王立図書館に目星をつけた。ノア達の元へ疾燕と自作オートマタ達が派遣していた。
彼らと戦うのは構いませんが、あっしは殺しを請け負いません。トドメはスカーレット殿の配下に任せます。疾燕は道化人形にそう言い残していた。
彼女は画面を見る。確かに商人は手を抜いている様子はない。ルークという男も、それなりに戦える人間だと推察する。
緑髪の青年は、既に疲弊していた。疾燕の腕であれば、彼を相手にする片手間に銃を展開させてノアを撃ち抜くことなど、造作もない。
激情に任せて商人をけしかけたが、試合の結果にさしたる興味をもたなくなった彼女はキーボードに数列を入力し別の作業と観戦を並行する。
「……ん?」
疾燕を監視していた一つの映像オートマタが、突然の場面転換をし、槍兵の形をしたオートマタが一瞬映ったかと思うと、あとはノイズが走るだけになった。それが居た位置などを計算すると、破壊したのはノアという少年になるとスカーレットは判断した。
「?! 冗談だろ。見抜いたのか、あのガキが? 二体からの攻撃をかわすので精一杯の筈だ」
少なくとも自身の命を狙う二体を相手にしながら、全体の敵の配置や役割を知ることなど、十歳程の子供が持つ判断力ではないと彼女は指で唇に触れ思案した。他の二体からの映像も、既に一体分の物しか起動していなかった。
「ルークが飛び道具を使ったのか、なら……ちっ疾燕の野郎がなんか伝えたな。気づけなかったのがムカつく……」
次に映された槍兵は壊れていた。もう一体の鉄槌を装備したオートマタも、後ろ足を破壊されて鉄槌の重みでそのままバランスを崩し倒れている。そして映像に映った少年は。
「亀に射出機じゃなくって、鉄槌つける発想は嫌いじゃない」
意味不明な言動を残し三体目を破壊した。呆気にとられたのち、スカーレットは笑い出す。ちょっかいをかけて、精霊解放などした奴らがどんな人間かを、精霊機械探しがてらに観察したかっただけだったのに。戦闘でずっと逃げて回るばかりであった彼は、各々の機械の特性を分析し、理解した。
「おもしれぇ奴だったな」
「え、あれ亀だったの」
「技術もある。こんなの完成させるんだし」
ルークとノアがそんな会話をする中、疾燕は今しがた破壊された機械達を風呂敷に包んでいた。商人は回収自体は頼まれていないため、そのまま木陰に置く。
「疾燕。仕事良いのか?」
「依頼は充分に果たしました。にしてもルーク殿。荒事の職に就くなら持久力を鍛えた方が良いのでは?」
「容赦なく暴れた挙げ句に……。あのねえ、僕はそんな道行かないよ。野蛮人はお前達だけで充分なの」
疲弊したルークには、疾燕の機械義手について問う気力は失せている。ただただ回収作業を進める彼の姿を眺めていた。
ノアは剣を杖がわりにもたれて休む彼を観察する。作った笑顔越しからでも、彼が弱っている様子は見て取れた。
護衛という点では、もうあまり期待出来ない。
「あんたホートワープに付き添わせても、問題が増えるだけか」
「じゃあ僕帰るね」
「戻ろうとすんなっての。おれがいなきゃ、あんたの母親とかじじいがうるさいだろ」
実質の戦力外通告であるが、ルークのリアクションは薄い。身体もだが、彼は精神的に疲れる部分が大きかった。予期せぬ再会と、その護衛。顔見知りの友人との切り合いと、彼の義手の存在。第三者の機械使いから来る、敵意と悪意。自分の望む日常から、刻々とかけ離れている今を、彼は限りなく憂う。
そしてノアは相変わらずマイペースで振り回すのだ。抗議の一つもしたくなる。
「そうだ、ノア。話の続き」
「ルーク殿? なにをしているので?」
不審を抱いたのは疾燕であった。依頼主の部下も一通り回収し終えた商人の前に。
ノアへ拳銃を向け、引き金に指をかけたルークがいる。その状況に一番驚いていたのは、まぎれもなく本人であった。
「……? 分からない」
片手で剣を鞘に納めて、ルークは拳銃を降ろそうとする。だがその動きは緩慢で、もうすぐで触れられる距離であるのに、そのまま腕は垂れ下がった。
抗議と制裁は違う。少なくとも、危害を加えるつもりは毛頭ないルークは、自分の身になにが起こっているのか誰かに問いたいくらいだった。
答えを持っているのは、少年だけだろうとも。
「やっぱ戻ってきてたか、
人形の精霊。それはコクロトに座す森の精霊に比べれば、遥かに格の劣る存在だ。
だが生物を対象とした操作の点において、他の精霊機械の追随を許さぬ力を持っていた。
滅んだ町や村に残っていた、血濡れの手帳には精霊を目撃したと書かれている。他の人間は、それを妄想として取り合うことはなかった。精霊機械を知る人間が、情報を組み合わせると内容はこうなるのだ。
「夜になって町の奴等が眠ったら、全員操られるだろうな」
すでに黄昏時が迫っている。その時は完全に彼らの世界だ。
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