2-3 タニア・ハルシェ

 学術都市ホートワープへ向かうことを止められたノアは、ガンドナと港町ハルシェにてロジェの帰りを待つこととなった。


 ハルシェの駅から、革製の大きなバックを一つ持った青年が降りる。先週開通した王都ベスタからの夜行列車は、陽が昇り町の様々な場所から、生活の音がする頃に到着した。


 タニアはろくに手紙も寄越さず連絡もなかった義理の息子を叱りつけたい気持ちもあったが、無事であったことがなにより彼女を安心させる。

 教会より行方の知れなかったと報せられていた息子は、コクロトの村に滞在していたとあっさり告げた。他にも村に突然草木が生い茂った謎を探るべく国からの調査隊が派遣され、見物客が訪れる様になったこと。


 彼はクオーツとの衝突と精霊機械以外の情報で話を繋ぎあわせながら、その村を離れるにいたった経緯を明らかにさせた。


 駅の近くで、昼食のセットがある店に入ると、タニアがこれからのルークの仕事について聞き出す。

「神父をやめたのはもったいなかったわねえ。そうだ、ルークは剣が強かったじゃない。改めて教兵になったら? オートマタの壊し屋は駄目。危ないどころじゃないもの。認めないわ」

「教兵だとか壊し屋とか、冗談やめてよ。こづかい稼ぎにはしてたけどもうやめ。そもそも僕は力と力のぶつかり合いだとか誇りの真剣勝負とか、そういう 泥臭いの好きじゃない。痛いし」

「おや、タニアさんこんにちは。そちらは息子さんですか?」


 タニア達が店員から出されたトーストとコーヒーで胃袋を満たす中、ガンドナがにこやかに声をかけて来た。

 両の肩に掛けられている白頭巾から、ルークはその老人を薬師だと判断しながらコーヒーを一口飲む。


 そして、テーブルの下から突然出現した少年を見て、強烈にむせ返る羽目になる。

「よ。その後お変わりなくって感じだな。神父さん。あれ、神父やめたんだっけ」

「ゴホッ、げほっげほ。は、はは……え、なに? お前今日は保護者同伴なの?」


 そう悪態つくのが精一杯のルークは、自分の口周りを布巾で拭いた。

 コートで頭まで覆っているが、彼がこの喋り方で思い出す人物は一人だけだ。


 ルーク=ハルシェにとってノア=トルレイユは、人生を面白くかつ安定に生きる上で関わりたくない人間の十本指に入る。


 先のコクロトの件で彼には救われたし、感謝はする。した。

 が、相手の抱える謎の底知れなさゆえ、交友関係を継続していくつもりは毛頭ない。


「なんじゃ、ノア。タニアさんの息子さんと知り合いなのかの?」

「おれ大恩人。困ってた時助けたよな?」


 青年の背筋に悪寒が走る。彼は精霊の恩恵を失いはしたが、心の警鐘がけたたましく鳴るには充分だ。

「お前の仕事依頼の達成に、僕が、協力したんだろ。お互いの利害が一致してね。だからあの件は、あれでおしまい。でしょ」

「ルークくんさ、おれホートワープに行きたいんだけど。付き添い頼む」

「うっわいやだね。絶対嫌だ」


 なにが楽しくて、A級もとい永久お近付きになりたくない人物と仲良く学術都市に出向くのか。

 自分の勘は捨てたものではないと感じた。この懇願は断らなくてはいけない。間違ってもその場の空気や、半端な同情心に身を委ねるなど。

「ホートワープにお前と? ありえない。疾燕さんに頼みなよ」

「連絡したら別の仕事はいってるって」

「じゃ、縁がなかったってことで」

「ルーク、行ってあげなさい」


 彼の思わぬ方角から、声が上がった。

 ずっと黙りながら話を聞いていたタニアである。

「なんですか。小さな子に大人げない、情けない。隣町の買い物位付き合ってあげなさい」

「タニアさん、ノアはこう見えて二十歳。息子さんより年上ですぞ」

「はあっそうなの? 頭おかしくなりそう……ほんっきで関わりたくない」

「年の問題ではありませんガンドナさん」


 か弱い存在が自身の力を頼り庇護を求めているのだ、聖職に就いていた者として感じる所がないのか。

 そんな主張をしそうなタニアの剣幕を前に、彼は別の角度から拒否する。


「僕、長旅に疲れてるし」

「行きなさい」

 ルークはもう反論出来なかった。


 老人は、頭を抱える青年に申し訳ないと感じる所は多々ある。けれど、トルレイユからここまでの距離を考えると、少年には見慣れぬ町を楽しんで欲しい老婆心が勝った。

「お疲れの所すまないのう、ルークさん。ノアをよろしくお願いします。ロジェという薬師に会ったらそちらとも」

「…………よろしく。されちゃい、ます。よ」


 彼が手に入れた束の間の平穏は、こうして崩壊した。

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