2.港町ハルシェ&学術都市ホートワープ

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 夏に向かう季節の外光を、うずたかく積み上げられた瓦礫が遮った。

 焼けつくような気候にそぐわぬ厚着の商人は、スプリングの飛び出たソファに置かれた機械人形へ対面する構図で座る。

 人形は道化師の装いをしており、血の通わぬ白色の顔は星と涙のペイントと、真っ赤な鼻と唇が強烈に印象に残る姿だった。着ている服の所々は破れていて、そこから見えるのはか細い金属の棒である。


 客本人と直接のやり取りでないのは、商人自身不本意であった。

 が、スカーレット=フォーカーはお得意様であるので、疾燕は少々の不躾な対応には目を瞑ることにしたのだ。


『情報屋。新しい精霊機械の情報』

 ノイズ交じりの声がスピーカーを通して発せられた。人形は片腕を前に差し出す。ぎこちない動作と共に稼動音をあたりに反響させ、大きな鉄くずをテーブルに見立てる様に、銅貨を九枚積む。

 再びの静けさが辺りを包みかけるが、貨幣の意図を知る商人は口を閉ざさない。


「ブロッシェン王国コクロト村にて、精霊機械確認。名称眠る聖域シェイナルベーブ

 硬貨を自分の手元に引き寄せるとそう言葉を発した。

 依頼主は、余計な会話を好まない。普段の口調と異なった、出来るだけ純な情報のみを商人は語る。


『詳細を話せ。契約者はいるのか、いるならどんな恩恵を受けている。加えて、他の人間に口外するな』

 すると、道化師は新たに銀貨を四枚積む。銀貨一枚にあたり、銅貨を五十枚積んでようやく同じ価値に届く。彼は自身に課す規定に則り、銀貨を十二枚出す人間がいない限りは守る。


 精霊機械は、金貨を千枚積み上げてもまだ足りない程に価値のある秘宝と呼ばれる。それを考えれば、いくら情報のみとはいえ銀貨を十枚積んだ所で安過ぎる。

 しかし、疾燕はそう思わなかった。


 銀貨四枚とて、決して安い金額ではない。崩落の日以降、機械技術は目覚ましく発展した。が、精霊の観測が叶ったなど。ましてや制御し得たなどの研究成果や論文を、彼はこれまで読んだことがない。技術が先にいくとて、費用も考えれば秘密裏に行うにも限度があり、どこかでは漏洩ろうえいしていく。


「かしこまりました。契約者はいます。能力は精霊との疎通によるコクロト全域を対象とした<知覚ちかく>とオートマタを灼き壊す威力の<灼熱しゃくねつ>の二つで間違いありません」

『へえ、要塞でも作ろうってのかね。いいじゃねえか、やりがいがある』


 道化師のスピーカーから聞こえる音声は、機嫌良く弾んだものだった。

「スカーレット殿。この精霊機械は」

『アタシの断りなく喋るな情報屋』

 道化師は無表情に吠える。スカーレットは、自分の意の沿わない出来事に対して、病的とも思える過敏な反応をした。


「伝えなくては私の仕事になりません。この精霊機械は解放されました」

『なんだ、どういうことだ』

 ひときわ感情を欠いた声が、スピーカーから発せられた。

 情報屋が押し黙らず述べたほどに重要な話。人形の主は、解説を求めた。


「精霊機械は数万に及ぶ封印術式にて精霊を支配下においた機械。機械は全て破壊され、精霊達は自身の名前のゆかりある場所へ戻ったものの、正しい機械の処分方法ではなかった。そのため中途半端な封印術式は未だに残っています。封印術式は契約者が解放術を使うことで解除が可能。コクロトにある精霊機械は解放術を使用されたことにより」

『もういい!』

 商人の声音から、その話の結末を瞬時に理解した依頼人の声は鋭さを増している。


『疾燕。テメー……アタシが探してること知ってるクセに、どうして止めなかった!』

「依頼はありませんでした」

 道化師の内側で、激しい破壊音が聞こえる。商人は癇癪玉の様だと思いながら、落ち着くのを待った。

 激情のままに発せられる怒号が、ノイズと混じり合いながら響く。


『術式を完全に解除だあ? 駄目になったってことじゃねえかよっ! どこのどいつだ、そんなふざけた真似した奴っ、力を捨てた?  精霊を、解放だと?! 舐めんなっ、なんてコトしてくれたんだ! くそ!』

 暴力的な震動が、笑顔の道化師の奥から聞こえる。沸き上がる憤怒をおさえられずに、周りの物に当たり散らす雑音を聞きながら、疾燕は道化師を眺める。


 相手の気の短さは知っているが、今回の怒りには彼も共感する。

 自身が追い求め、他者に夢だ幻だとされていた宝が、やっと手に届きそうな距離まで迫った。


 相手が精霊機械で巨万の富を得たり、力で他をねじ伏せていたなら。

 自身の欲に忠実に使い倒していれば、彼女は奪い甲斐のある相手に対して、熱意をたぎらせることも出来たのに。


 スカーレットはおさまりのつかない激情をおとす場所をみつけあぐね、暴れ狂う。

 奇跡の道具を自らの為に役立てず、あろうことか台無しにした。

 自分の夢もろとも踏みにじられた怒りは、止まらない。

 道化師は、銀貨を十枚積んだ。


「契約していた奴、解放に協力した人間の名前を言いな」

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