1-11 ゆるやかに旅は続く
「さすがノア殿。大変面白いものが見れました」
石と草原の村が花と木に埋め尽くされる一連の流れを見た紫髪の商人は、満足げに孤児院の屋根から飛び降りて地上に着地した。
普段であれば、窓や軽い出っ張りを使って移動なり地面に降りるなりをするが、眼前で起こった奇跡的な光景に彼は興奮していた。
ノアに手帳を渡され、描かれている図形と一致した石壁の文様の場所を全て書けと言われた時は何事かと惑いもしたが。商人の基本現金払いの方針に従い硬貨を渡してきた少年にかける言葉は"なぜですか"ではなく"期限も先に教えて下さい"だ。疾燕にとっては半日程もあれば容易く出来る作業だった。
「ふう、早速観測の情報をかき集めなければ。おや」
商人は、見覚えのある二人と目が合う。
焦げ茶色の髪の二つ結びに全体的に橙の服を来た娘と、黒の短髪におでこに絆創膏を貼ったやんちゃ盛りの少年は、自分がオートマタの部品回収をしていた時に。
そう、今みたいな信じられないモノを見る様な目をこちらを向けていたことを商人は思い返していた。
「こんにちはお二方。あの時は驚かせてすみません」
「な、な、なんであんな高い所から落ちて平気なんですか。三階建てですよ、大丈夫なんですか!」
「おいマナやめろよ。ノアに任せておこう変人だ変人っ」
「駄目よオズ、怪我してたらどうするの!」
「マナ殿にオズ殿、把握しました」
疾燕は二人の会話の中から、ここは一つおどけてみたが、彼らの表情が凍りついてしまったのでまた失敗したのだと痛感する。
どうにか場を和ませたいと自分の現在装備を確認するも、お届けの品にオートマタ入り風呂敷、薙刀加えて銃二挺に、弾薬と加えて手榴弾セットの機械づくし装備だった。
保護者まで現れたら信用度がどん底に落ちる物騒な品揃えである。そう考えた疾燕はサングラス越しに目をきつく瞑る。
「武器は子供なら大喜びなんですけどねえ。はあ、大人恐い」
「大人恐いとか言ってるぞ、マナこいつ変態だっ」
「せんせーっ」
高見台が大きく揺れた時、あまりのことにパメラは失神していた。
が、しばらくの震動の後ようやく意識を取り戻すと下から知っている村の人々の笑い声が聞こえてくる。
彼女は村の中を歩き草花がでたらめに狂い咲いているのを確認するが、いつもの光景とあまりにも違う空間をまだ現実と受け入れきれていない。
洋服屋の曲がり角で、この村の有名人の口論を発見してしまい慌てて身を隠す。
「ルーク。機械のこと、どうして相談しなかった」
「必要ないじゃない」
「私は話して欲しかった」
ディアが唇を震わせて、心中を吐露する。彼女の様子を見て、流石にルークも対応をあらためた。
「最初に炎を出した時、オートマタを壊せた時。僕は、自分が人間じゃなくなった気がした」
苔の生えた壁に身を預けて話す幼なじみを、ディアはただ見つめる。
「途方もない戦いをしたくもなったよ。深い悲しみや激しい怒り、この怨嗟が世界にどれだけ通用するのか。それだけの戦い。世界の果てまで灼き尽くしてね」
「それから」
「それでおしまい」
「…………そんなのは理性のない人間の考えだ。獣の理屈だ。道理じゃない」
彼の過去の一端を知りながらもなお、彼女はそう断言した。
真っ向からの否定に対して、彼はどこか嬉しそうに頷いた。
「うん。ディアは僕にとっては相談相手というより、決定的に間違いを犯した時に裁かれたい相手なんだ」
超常の力を自らの意志によって手放した彼女の友人は、そう微笑む。
まるで憑き物が落ちた様な、幼い頃の屈託ない笑顔のようだとディアはそれを眺めていた。
「君は神父だ。教義に背くことはしないで欲しい」
「僕には村の人や孤児院の子に、ディアもいた。だから、そうしようとは考えなかった。契約した人がとても孤独な人だったら。どうなってたんだろう」
彼の表情は真剣で、伏し目がちに後ろ向きな未来を仮定する。
やがて静かに告げた。
「あっ、ディア。僕とっくに神父辞めちゃったから。強制解雇?」
「辞めた。教会を?! 相手をからかい過ぎて不興でも買ったんだろう。私が五歳の時に会った君はもっと賢かったぞ。今すぐ謝りに」
「あっはっはっは、ヤだよ」
「いやっそれ以前に! 聖護符は大丈夫だが、ただちにその教会の黒い外套を脱げっいいか? 偽りでそれを身にまとえばそれだけで偽証罪だぞ?!」
「他の服がなかったんだってば。ふう、すっきりした」
村長の屋敷にて、ノアは振るまわれる料理を一心不乱に食べる。特にその食欲は肉類に集中していた。昨日は肉を食べる気分になれなかったが、その思いは今日の朝にはすっかりなくなっていたのだ。
「村長さん。コクロト周りの植物どうにかしとけよ。早くしねえと変な虫だの毒花だの溢れ返るぞ」
「そうなのかい? うーん。困るなあ。ノアくん除草剤の調薬とかは」
「おれはまだ見習い。扱える薬も提供できる薬も限られてるし、そん中に除草剤はねえよ。虫湧くだろうから虫よけとか刺された時の塗り薬なら作れるけどな」
「それは家にある」
「組合から頑張って処理できるやつ引っ張って来いよ。おれは一回トルレイユに戻る」
孤児院での挨拶も程々に、ノアは陽の明るい内に移動しようと考えた。
皆がくれた土産をまとめて金属の箱に入れ、一度円盤に戻す。
そして再び円盤の両面から取手を取り出す。そのまま垂直に引くと、円盤は自転車に変形した。
「つうか、やり過ぎだろシェイナ」
青々と茂る草と木のひしめきをみてノアは素直な感想を述べた。
舗装された道がそのままになっていることが幸いか。とりあえず自転車は使えそうだと胸を撫で下ろす。
少年は一人、過去に交わした約束を思い返す。
これでまた一歩近づいた。
風が吹き抜ける。
木々のざわめきは、村から離れ行く薬師を祝福する様だった。
「おかえり。それじゃ、またな」
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