1-8 ルーク・ハルシェ

 ルークは帰路につきながら、先ほどのディアと疾燕達との会話を心で反芻はんすうしていた。

 機械の種類は赤輝石の動力として動くオートマタと、オートマタの構造等を研究した結果作られた自分達のよく見る機械、最後に持ち主の願いを叶える精霊機械に分かれる。

 彼は「知らない、どうでもいい。それが理解出来たからって、生活にどう役立つわけ?」と吐き捨てそうになった。


 緑髪をなでつけながらオートマタを跡形もなく灼き尽くさなかったことを悔いる。

 常に一人で戦ってきた彼にとって、ノアやディアといった他人のいる空間で、炎を扱う機会はなかったのだ。

 人を巻き込むためらいが結果的に残骸を残す結果を生んだ。


 あの少年薬師を追い払って彼女の不安を取り去ってやりたかった、が。

 素直で熱血な幼なじみとの付き合いの前では、限界とも感じていたのだ。


「ルーク殿は村から離れたこんな森小屋に住んでるんですか? 狼や野犬に襲われたらひとたまりもない」

 災厄が舞い降りつつある。

 彼の知覚は、疾燕がわざわざここに足を運びに来た理由を、既に報せていた。


「契約者でもシメに来たのかな。僕だって好きでこんなの使いたい訳じゃないんだよ。返答したら、契約が成立していただけだ」

「なにを願ったんですか」

「話したい、と。火が欲しい……だったね。その結果で村周辺の情報を得られる知覚と火は使えるけど、それだけだよ」

「まだ依頼もありませんし奪おうなんて考えてませんよ」

 疾燕は両の手を広げて首を振る。それは、もしも精霊機械が欲しいと依頼があれば、敵になるという宣言でもあった。

 差し込んでくる光がカーテンのように波打つ中、商人が提案する。


「精霊機械及び契約者などの情報口止め料。小兎級と思われたなら鉛貨四枚と銅貨二枚。鶏級でしたら銅貨十枚」

「牛とかあったら支払いはどうなるわけ?」


 質問に深い意図はない。今の商人は、ただの知り合いないし友人だ。

 ルークは調理の出来る一画に移動し、器具を取り出して軽食を作り始めた。

「牛。ふむ、厳密にするなら銀二枚いただければ銅貨十枚お釣りを渡しますよ。ちなみに口止め料を払った後、もしもあっしから情報が渡ったとしたら相手はその三倍支払ったと解釈して下さい」


 単純明快な解説と、漏洩ろうえいの際の諸注意にルークはおかしくなり笑った。

 他言無用にするとでも誓いだてれば色々と都合が良いだろうに。

 フライパンに油を入れて薄く伸ばす。今から作る料理の完成にいたる過程を考えながら、青年は疾燕と会話を続ける。

「それさ、結局喋るんじゃない」

「金次第ですよ。支払わない相手には、死んでも情報は流しません」

「契約制約盟約。ここに三つの誓いを立てる。謳え聖域。じゃあ質問。皆の為に町を発展させて、周りから慕われまくっているものすごーく良い人が、流出したらマズい情報の口止め料払うでしょ。それで皆のことなんて考えない自分の都合だけで動く極悪人が、料金の三倍払うからその情報をくれとか言ったら?」


 伝説的な機械をコンロがわりに使いながら、ルークは質問した。

 調理器具を熱しながら、鳥の胸肉を包丁で切る。その動作と共に必要な調味料を出し始めた。

 昨日の残りの野菜を入れる彼をよそに、疾燕は近くにある木製の椅子に腰掛ける。

「それぞれのものさしで定義された道徳や善悪に頓着とんちゃくしません。高く金を積んだ人間の指示に従います」

「つまり」

「今の話であれば悪い人に情報を流します」

「良い人の方が、そのさらに三倍払えてたらどうするの?」

「最初からそうしていれば良かったんですよ」

「違いない。でもさ」


 ルークは調味料を加えて、野菜に大体熱が通り始めたタイミングで、先程切った鶏肉をフライパンに投入した。

 赤みの部分の出ない様に気をつけながら、隣の棚からコップを二つ取り出してテーブルに置く。一瞬のためらいもなく自らの答えを述べた疾燕に、ルークは友として指摘する。

「疾燕さんさ、分かってる? そんなの雇兵や殺し屋と一緒だよ。ビジネスライクじゃ、結局誰も助けちゃくれない。ろくな死に方しないんじゃないの」

「意外です、貴方はあっしと同じモノだと思ったんですが……」

「どういう所が?」

「奪われる側には、なりたくないでしょう。ルーク=ハルシェ。ハルシェの、ルーク殿」


 商人は出会った時に名乗った相手の名前……故郷を指す姓名を述べる。

 疾燕の一言を、ルークは否定も肯定もしなかった。

 敷物の上に野菜炒めの入ったフライパンを置き、蒸留水の入った大瓶を持って来る。

「僕、金ないんだよね。食事でもどう?」

「ええ。いただきます」




 村長に挨拶をした後、ノアはルベーブの樹の元に向かった。

 そこにいたのは、葉のない樹を眺める騎士の姿がある。


「よっ騎士さん。何してんの」

「こんにちは、ノア。嵐が過ぎ去った後……とでも言うべきなのだろうな。うん」

 本人すら釈然としない説明は、お互いに首を傾げる結果となってしまった。

 大樹に触れて根元を調べ、少年は梯子を使って上に登り全貌を眺め始めた。


 ノアは小さな手帳を取り出し、それをめくる。

「この村って変な落書きあるよな」

「村の者から聞いていないのか。精霊が住む言い伝えがあると。あれらは全部文字らしい。私は見たことはないが」

「精霊はいる。超常を引き起こす自我を持った高密度・高濃度エネルギー体。細かい成分だとかは分析・解明出来ないか、公表されてないだけか。大洪水にしろ噴火や台風、地震を起こすでかいもんから、人の思念の寄り集まったような塊まである。万物全てに宿る魔素と関係する話もあるけど、おれは興味ねえ」

「精霊機械……というものか」

 ノアは彼女の意外な返答に目を丸くするが、また視線を村に戻す。

 少年は、おそらくこの会話もルークに聞かれているだろうと判断しながら、続けた。


「人間では不可能だった数千数万の封印術式の同時展開によって精霊の力を機械に取り込み、利用できるようにしたのが精霊機械。神父さんが契約したのは、森の精霊、つーかこの聖樹の精霊だろ。手に入れた力は、疎通に火って辺りか」

「ちょ、ちょっと待ってくれノア。ルークが精霊機械とその、契約しているというのか?」

「あんな埒外らちがいの炎、まず間違いなく精霊機械だ。ラベリングは眠る聖域シェイナルベーブ


 ノアは梯子を使って降りると、最初に変形させた時と同じ動作をして円盤に戻し、手に持つ手帳をしまう。慣れた手つきでポケットから缶を取り出し、錠剤を二粒飲み込む。

「準備に一日かかるかな。さっさと疾燕に会わねえと」

「どうするんだ?」

「解放術で、精霊を自由にする」

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