1-7 精霊機械
ノアは疾燕を呼びだしたものの、合流にいたらなかった。
来ていることに違いないならば近々会うだろうと予測し、彼はそのまま村長の屋敷へ移動を決める。
昼飯を済ませたディアとルークは、痩せこけた樹ルベーブの前に立っていた。
「本当だったんだな、依頼。……そうだとは思ったが。彼は嘘を吐ける人間じゃない」
「ちょっとディア、なに
幼なじみの発言にルークはあからさまな異を唱えた。
ノアの、あの知識も命のやり取りがあったというのに非常に冷静な様子も、彼には年不相応の態度に感じたのだ。
「あいつやっぱりおかしいよ。僕は出て行ってもらうべきだと思う」
「オートマタを破壊する手助けもしてくれたんだぞ。年端もいかない子供を追い出すのは私の本意じゃない」
「でも」
「そうしたいのなら、君が彼の危険性を取り上げて私に証明するべきだ。違うか」
「証明出来たら追い出せる訳? 出来るの? 優しい騎士さんに」
気まずい沈黙が流れた。いつもこうなる、とディアは心をよどませる。
この幼なじみと再会したのは最近だ。昔はとても仲が良かったのに、今は意見の衝突を繰り返してばかりである。
そんな沈鬱な空気を破壊したのは、空からの舞い降りた大きな風呂敷を背負う商人であった。
「お二方こんにちは。書物音楽骨董品に世間の噂、退屈な貴方の生活を支える便利屋疾燕です。ああ、ちなみにこれは店名すなわち本名不明で通っております。お代は要相談。ははあ、これが聖樹ルベーブ。んー……薪にはなりそうですかね」
ディアは呆気にとられてしまった。その戸惑いが、初夏になりかけている季節に似つかわしくない服装からくるものなのか、弾丸の如く降り注ぐ売り込み文句からなのか。
知覚するのが難しい速さで移動した商人に、ルークもまた警戒した。そして、胸中を簡潔にまとめた言葉を発する。
「お前は誰ですか」
そして現在。
疾燕は各地を飛び回り商いをする人間で、色んな国や町の話を語り、ノア呼ばれてこの地に訪れた事も話す。三人に共通している知り合いの名であったためか、その話題をきっかけとして騎士と神父はすっかりと他人行儀の丁寧語が取れた。
本名を伏すという行為は相手との相互理解を拒絶するものとして、国に住む人間の誰もが嫌悪感を抱く行動だ。しかし仮の名と最初に本名は別にあると告げることで、生じる摩擦は最小限にとどまった。
「つまり、
「なるほどな。……疾燕さんは、どうして機械のことやあの塔のことを知りたがるんだ?」
「大した理由はありません。自分達に何が起こったのかを、理解したいんですよ」
風体の奇妙さとは裏腹に、商人の発する声音には誠実さがある。ディアはノアの知人である彼のことも、好きになれそうだった。
ルークは話題が機械関連のことになってからは、会話への参加が極端に減り周囲へ気の抜けた視線を配っている。
オートマタの一体が綺麗に動力部を一突きにされていたと疾燕が言えばディアが照れだし、商人は馴染みの薬師の手腕でない事実に驚き、騎士に賞賛を送る。
「あっしはオートマタの回収に来たという訳なんです。ディア殿は機械についてどの程度ご存知で?」
「オートマタを調べることによって発達したものが他の機械……くらいだ」
「機械は三種に分類されているんです。一つはご存知、
そういうと、疾燕は腰に巻き付けていた金属の太い帯を解き、留め具の部分を
すると帯は瞬く間に薙刀へと展開した。
「そのオートマタを解析、研究することで自分達の生活を豊かにしているあっし達がよく目にする機械。特定の動作や熱に光線などで認証して作動しますね。電話に蓄音機といった物からあっしの帯まで。世間様の目に触れる機械は全てこれらです」
柄の部分で三回地面を叩くと、薙刀は元の帯に戻り、疾燕は自らに装備し直す。
「最後に精霊機械です」
一拍置いた後に、ゆっくりと喋り始めた。
「自我を持つ高密度高濃度のエネルギー体……精霊を封じたとされる機械。発動方法は契約者の詠唱のみ。一体につき一人しか使用出来ません。精霊機械に認証されることを契約、契約した持ち主は契約者と言われています。金貨を千枚積んでも欲しい人もいます」
「何故」
金貨は基本的に上流階級が使う硬貨で、それ以下の階級の者で所持する人間は大変稀有なことだ。金貨一枚あれば少なくとも一ヶ月、節制などにつとめれば五ヶ月は生活に苦労しない。それを千枚積むとも言われれば、それがただならぬ物であることはディアにも理解できた。
「持ち主の願いを叶えるからです。望みとの相性はあるとも聞きますが……」
「自らの力で叶える願いであればこそ価値がある。私には理解できないな」
「そういうのって、契約を解くことはできない?」
今まで押し黙っていたルークの発言に対して、疾燕は表情を崩すことなく答えた。
「契約者が生きている限り、解けないと聞いてます。契約者を殺せば再契約は可能。機械と銘打たれてはいますが、話はどうも精霊術だとか古代に存在していた魔法技術に近しい性質とも」
「生きている限り、ね」
青年の笑顔は相変わらず絶えないが、今かなりの居心地の悪さを感じていると、ディアには見て取れた。
「僕はそろそろ戻るかな。二人ともごゆっくり」
「あ……」
壁にもたれていたルークは、黒い外套を翻して室内に戻っていく。
その背中を見送る騎士は、口を強くひき結ぶ。
疾燕は彼の感情は読み取れなかったが、ディアを観察して遅れながらに空気を察した。
「はっもしやあっしがディア殿と楽しく話しすぎて嫉妬の嵐に」
「それは万が一にもない。あいつはひたすらに水くさいんだ」
あからさまにむくれるディアに疾燕は口元を隠して笑う。身なりの良い騎士は想像よりも、非常に素直な人物だと商人は判断した。
ディアは常々、幼なじみの秘密主義じみた所に不満を感じている。自分は頼りにされていないのだろうと、何度も悔しい思いもしたのだ。
自分は非力かもしれない。ノアの協力もあったがオートマタもちゃんと破壊できた。だから少しは、評価を改めて、気持ちを話してくれてもいいじゃないか。
ルークの影が見えなくなる頃合いを見計い、疾燕が彼女へ声を掛ける。
「ディア殿。もう二体程が随分変わった破壊方法だったのですが、あれはどうなされたので?」
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