1-6 新たな来訪者
村へ襲来したオートマタの件はひとまず終着し、部品の回収などは翌日ノアが行う事となった。少年は孤児院の部屋にて手のひらほどの通信機を持つと、目的の人物に繋がる番号へダイヤルを回す。
『はいはいこんにちは悩める貴方のライフライン
「よ、疾燕。トルレイユのノアだけど」
『ノア殿こんにちは。ということはオートマタの破壊活動で?』
「壊したがりの連中ばっかだな。もうそれはした。誰も素材いらねえんだと。今王国にいる。コクロトのフィー…………切れた」
ついでに自分の依頼も聞いてもらおうと考えていたノアだったが、商人との会話は麦茶に一口つける頃にはもう終わっていた。
彼の関心は自分へ視線を向ける少女の気配へと向く。
昨日、機械を嫌いマナに抱きしめられていた栗色の髪をもつ娘だ。
五歳程の彼女は、今頃は広間で昼寝の時間のはずだ。孤児院の時間の流れを、ノアはそう記憶している。
「どうした。今は昼寝の時間だろ」
薄桃色をした半袖のワンピースの裾を握り、少女は顔を伏せてしまう。
少年は、それを引っ込み思案な彼女の性格から表れる照れではなく、叱責に怯える仕草に感じて質問を重ねる。
「何かあったのか」
「ノア、オートマタが出たんでしょ」
彼女の両親がオートマタに命を奪われた過去をノアは知っていた。
一呼吸ほどの沈黙のあと、少女は慌てた様にして付け足す。
「ううん、そうじゃ、ないの。あの……あのね、マナとオズがその機械見に行くって」
「あいつらのやりそうな事だな」
オートマタの恐ろしさを知っているのは、実際にそれに遭遇した人間だけだ。
刺激の少ないこの田舎で、大人をも震えさせる兵器の残骸など、好奇心を湧かせるなという方が酷である。
崩落の日以降も、時折出現するオートマタの脅威を彼女は知っていた。だからこそマナとオズを止めようとしたけれども、少女では力が足りなかったのだ。
「おれもちょっと外に出る用事あったから、ついでに様子見に行くか」
「あ、あと」
「ん?」
「わたしが話したこと。いっちゃダメ、ね」
そこには、二人の冒険に水を差したくないという彼女の想いがはっきりとあった。だからこそ大人ではなく、マナと同じ年頃の姿であるノアを頼ったのだ。
「分かったから昼寝に戻っとけ。他の奴にバレるぞ」
「ひみつね」
少女は少年にそう内緒話をして、広間に戻った。
「なあマナ。あいつちくんねえかな」
「大丈夫でしょ。壊れた機械見に行くだけなんだから」
好奇を含む口調で、軽やかに目的地へ向かう少女と少年はオートマタの残骸が転がる中心に先客を見かけた。
「おおっとすごい。これ溶けてるじゃないですか。使えそうな部分探す方が大変って……。斧にすれば良かった」
独り言を呟きつつ薙刀を豪快に振り下ろして金属の残骸を解体・回収するその長身の男は、二人の位置からは後ろ姿しか見えない。
頭にはヘッドフォンを装着し、紫のくせっ毛で後ろの髪を結んでいる。初夏も近づく頃なのにマフラーを巻き極めつけに青紫の長袖ジャケットを着込んでいた。下も、長ズボンの上から柄物の布と無地の布を重ね合わせている。その風貌は一言で表せば異端、二言では。
「なんだよマナ意味分かんねえよあの紫あれ絶対暑いだろ。絶対暑くね? ある種の変人じゃね? うさんくさくね? 意味分かんなくね?」
「あの人何してるんだろ……。オートマタを風呂敷にまとめてる」
「せめてノアの持ってる円盤みたいなの持って来いよ」
「うんうんあっしもこういう時、ノア殿の円盤欲しくなるんですよねえ。お二方ノア殿が何処にいるかご存知で?」
話題の男は、二人の子供が目を離した間に、背後へ移動していた。マナは悲鳴を上げながら硬直した友人の腕を引っ張り、力の限りを尽くしてその場から転げるように走り去る。
謝罪の暇すら与えられずにいた紫髪の青年は、黒の丸いサングラスのヒンジを同色の手袋で軽く押し上げた。
彼は王国騎士団に通報されたら面倒だなと思いながらも、作業に戻る。
「こんな物騒なモノの出所や経路は把握したいとは考えないんですかね。興味がないと言ったらそれまででしょうけど。獣との境界も曖昧なのか……ん?」
一体は動力部を一撃で破壊されており、そちらが自分の良く知る薬師の仕業だろうと見当をつけた。
問題は残りの二体だ。それらは焼き溶けるようにして壊れていた。こんな破壊の仕方が出来る人間は限られている。
「まさか、でしょうか」
今頃孤児院の人達は布団を片付けている所だろうか。そう考えながらノアは空を悠々と飛ぶ鳥を眺める。
円盤を自転車に変形させた彼は自分の元に走ってくるおさげの少女と、おでこに絆創膏を貼った少年を見た。
「おー二人ともおかえり」
「ノアっひ、人がオートマタを男の人が風呂敷にいれ、その人いきなり、私達の後ろい、ノアのこと知ってて……っ」
「紫でメチャクチャ服着てて意味分かんなくって、つうか何だよ俺達はオートマタ見に来たんだよなんだって不審者見て帰って来てんだよ!」
「もう疾燕が来てるのか。反則級にはええ」
ノアの感心を交えた口ぶりを聞いて、マナは少しずつ落ち着きはじめていた。
相手だけが一方的に知っていたらという彼女の予想は外れたのだ。
「あの人ノア、の、知り合い?」
「まあな。それよりおまえら、院長に見つかる前に早く戻れよ」
ノアは、マナとオズにひとまずの帰宅を促した。二人とも紫髪の商人とは既に顔なじみなので、孤児院で出会ったなら引き止めて貰おうと考えていたのだ。彼は本日もまた大樹の様子を見に、タウラ村長の家に行くつもりであった。
彼女達は、少年の言いつけに最初は渋る。二人にとって疾燕という商人は、得体のしれない存在だった。身近な孤児院の大人や、自分達に対しても真摯に対応するあの貴族騎士とも。いつも適当だが、いざという時には何かと頼りになる緑髪の青年とも異なるのだ。
「疾燕が変わってんのは否定しない。ただ、話が分からない奴じゃねえよ。おまえらをとって食おうとも思ってねえだろうし、そんなびくびくすんな」
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