1-5 約束の唄


 すっかり緊張状態の解けてしまっていたディアには闘気以上に絶望感を与える。通常は三体以上が固まって動くのだと、ノアが話したを思い出したのだ。

 騎士はそのまま腰を抜かして、へたり込んでしまいそうになった。そうならなかったのはひとえに今、少年を落胆させる真似はしまいとした意地である。


「幸運だったな。先の敵は一体でいたからこそ、あの瞬間に破壊出来た」

「荷物置いてくるんじゃなかった。……服でも燃やすかな」

「燃やすなら私の服を使うか。身一つあれば他は不要だ」

「おれ達の会話にはツッコミが足りないと思うんだ騎士さん」

 やるしかないと眼前の敵にレイピアを向けるディアと、人の気配に振り返るノアの後ろから。


 声がした。

 ここにはいない誰かの、遥か太古の記憶をなぞるかのような、約束の唄。

「契約制約盟約。ここに三つの誓いを立てる」


 ノアは、その人物を無言で見つめる。男の黒い外套と浮かべる笑みには、覚えがあった。


うた聖域せいいき


 一度ルークの周りに模様が浮かぶと、瞬く間にオートマタ達は神秘の炎に灼かれ、動力となる赤輝石と共に溶かし尽くされる。

 透明な光線が接する面から離れるにつれ炎が赤々と燃え上がり、周囲には焦げ臭いにおいが立ち込めた。ディアは皮膚や取り込む空気に熱を感じながらもそのあまりに非現実的な光景をどうにか受け止めようと、ただ終わりまで、眺めていた。




「さっきの残骸は騎士団に連絡して引き取って貰おう」

「それさ。おれの所にああいうの好きな奴がいるんだけど、回収任せていいか?」

「構わない。私は警備の任には就いているが、オートマタの事後処理は入っていない。ルークはどうなんだ。不都合があるなら聞くぞ」

「お前ら仲良くなり過ぎじゃないかな?」

 三人で帰路につく最中の話題は、オートマタの事後処理についてが主だった。起動状態であればともかくとして、完全に動力を破壊したあの三体は、人が人なら垂涎すいぜんの品に化ける。

 ディアはこの警備の任にて、全く業務内に入っていないオートマタ素材の回収には興味を示さなかった。王国騎士団は配置した相手を誤ったのだ。ノアもルークもそう判断して言及は避けた。


 動力を破壊したオートマタを欲しがるのは教会とて同じの筈だとノアはルークの方を見やるが、彼も特に欲しがる様子を見せずにいた。自分の主張が通ったにも拘らず難しい顔をするノアに、ディアは尋ねる。

「どうかしたのか?」

「神父さんのあれさ」

「そうだルーク。あれは音声認証というものか? 変わった機械」

「ディア」


 ルークは短く発言する。あまり好ましくない話題の際、彼はいつもそうするのでディアも慣れており、希望の通りそれ以上話をするのを止めた。

 後ろを歩くルークに合わせて、遅い歩みにしたノアが、前方の騎士に聞こえないだろう声で囁く。

精霊機械せいれいきかいの契約者。あんただな」


 ルークは思わずノアに視線を向けるが、少年の赤い瞳はあくまで前を見ていた。

「なーんで十歳くらいの子供が精霊機械なんて知ってんのかな?」

「この村の聖樹甦らせたいなら、さっさと解放しろよ。狙ってる奴もいる」

「意味わからないし。……ディア守った位で、僕に恩を売った気になるのやめてくれないかな」


 ディアは背後の空気に軋轢あつれきを感じながらも、村の入り口に恰幅かっぷくの良い男性の姿を認めると走って行った。

「村長」

「ディアくん、パメラくんから聞いたよ。オートマタは……」

「破壊しました。ノアとルークのお陰です。それに、パメラがいてくれたから。彼女にはまた改めてお礼に伺いたい」

「そうかそうか! 報告を」

「その前に樹だ。報告は歩きながらでもできるだろ」


 ノアの発言にタウラはしばし思案を巡らせると、一度うなずいた。村長の家の使用人達が出迎えをする中、四人はある場所に向かう。

 ルベーブ。森の精霊の座す所。恵みの聖樹、豊穣の大樹と呼んだのは誰だったか。初夏に近付く今日も葉は一つもつかずに痩せこけていた。弱々しさや悲壮感さえ漂わせる。聖樹を見つめた後、少年薬師が円盤を横に滑らせると、中から幾つかの器具が見えた。

「ずいぶん昔から聖樹ルベーブはこの状態なんだが、なにせ森の精霊が宿るともされている。ノアくんに樹を元気にさせられないか相談したら、妙に食いついてきてね」


 原因は未だに掴めていない。根元の方に土石がある訳でもないし、苔を取り肥料を散布し、枯れた枝は切ったりもしたのだ。

 村の人々は、精霊がここに降り立つことを止めてしまったのではと話した。祈りが足りないからだと年に一度の祭りは盛大に行なわれているが、実を結ばずにいる。

「どうにかなるとは思うんだけどな。本人が見つかったのは運がいい」

「そうなのかノア。もしも協力出来る事があったら言ってくれ。オートマタを壊した仲だ」

「破壊活動じゃねえから騎士さん出番ない」

 そう言い切られディアはやや気落ちした。ノアはその先にいる青年を見た。

 ルークは笑顔でこそいるが、紫の瞳は冷たいものを帯びている。少年がため息をつくと、村長は屈託のない笑みをノアに送った。こちらは好意的なものだ。


「改めて、コクロトにようこそ。ノア=トルレイユくん」

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